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フラグ

 今日もシャーロットは町に出向いてきていた。

 目的はロバートのライバルイベントだ。今回のシャーロットの役どころは、エミリとロバートが談笑する最中に現れ、ちょっかいをかけて追い払われること。言葉にするだけでも屈辱的、目的なんてほっぽり出して帰りたいくらいには気が進まない。


 先日の顛末がそれに拍車をかけている。

 結果としては一応目的を果たした。ロバートとの仲を引き裂かんとばかりに姿を現し、エミリに宣戦布告する。そんな芝居は打った。

 それだけ見れば首尾は上々、好調な滑り出しといえるかもしれない。

 しかしいざ実行してみるとなかなか負担が大きいことが分かった。なにせエミリは委縮するわロバートは説教を始めるわの悲劇である。シャーロットが一番こたえた。もともといたいけな少女に嫌味を浴びせるなど、計画のためとはいえ気乗りがすることではなかったのだ。

 ほとぼりが冷めるまで彼らとは顔を合わせぬよう屋敷にこもりたいのが正直なところ。

 しかしそうもいかない。エミリとロバートの仲を成就させるという目的があるからには、シャーロットはまだ彼らのイベントを見守らなければならないのだ。

 それというのも元々は、マシューをエミリに奪われることを確実に妨害するため。



 町の端から端までを貫く、往来の多い区間の土をならしただけの通り。その半ほどをおざなりに広げたような半端な大きさの広場が、イベントの起こる場所である。

 広場の入り口に差し掛かったところでシャーロットは目当ての二人を見つけた。

 彼らはたまたま行きあったという風に、家屋に囲まれた広場の真ん中で立ち話をしている。その様子は親しげで、出会って間もない二人としてはずいぶんと打ち解けて見えた。ロバートはあの後彼女のフォローをしたのだろうか。

 シャーロットはタイミングを見計らって、つかつかと二人の方へ歩み寄った。


「ごきげんよう」


 まず反応したのはロバートだった。表情を固くこわばらせ、それでいて戸惑うようにシャーロットに視線を送る。また何か言いだすのではないかと気が気でない様子が見て取れた。幼馴染というより森から出てきた冬眠明けの猪を見る目である。

 原因が先日のシャーロットの振舞いであることは百も承知であるため深く突っ込むことはできない。

 それに今はロバートを攻撃したいわけではない。


「……シャーリー」

「この短い間でずいぶんと仲良くなったみたいね」


 つんと表情に険を乗せ、徐々に詰め寄るようにエミリとの距離を縮める。

 ロバートが肩でエミリをかばうように、シャーロットとの間に割って入った。

 シャーロットは顔色を変えぬまま内心でロバートに称賛を送った。幼馴染ながらかっこいい。貴族として培った紳士精神は伊達ではない、ぜひエミリの前ではヒーローぶりを惜しみなく発揮してもらいたい。

 しかし言葉ではあくまでつらく当たる。


「ロバート、あなたの人付き合いの趣味は知らなかったわ。家のことも考えて、品位を疑われたくなければお友達は選んだ方がいいわよ。それとも、彼女に簡単にそそのかされたんじゃないでしょうね」

「シャーリー、君それは……」

「あなたは黙ってて」


 シャーロットは話の矛先を向ける体で冷たい視線をエミリへと送り、その表情をうかがう。


(どう出るかしら)


 ゲーム内では、このイベントには選択肢が存在した。

 「シャーロット」につっかかられたヒロインは〈黙り込む〉か〈反論する〉かの選択肢を選ぶ。黙った場合はロバートがシャーロットを怒り、ヒロインをかばう展開になる。一方、後者ではヒロインが直々に「私にも彼にも失礼だ」と強気に反論し、シャーロットを追い払う。

 シナリオ内では〈反論する〉を選ぶのが正解だった。

 つまりエミリには今、反論してもらわなくてはならないのだ。


 シャーロットは彼女の言葉を待った。

 待った。

 待ち続けて十秒が経過した。


「……どうして言い返さないのよ!」

「ええ!?」


 シャーロットはロバートを押しのけてエミリに詰め寄った。

 記憶通りの日付、記憶通りの場所に彼らがいたのだから、大方この先も記憶の中のゲームシナリオ通りに進行するだろう。どこかでそんな油断があった。

 ところがエミリは期待の逆を行った。

 なぜ正規の選択肢から外れる。地団太を踏みたいほどに荒れ、シャーロットはエミリの肩を揺さぶる。


「失礼だとか何か、言いたいことはないわけ!?」

「い、言ってもいいんですか!?」

「言いなさいよ!」


 言ってもらわないと困る。

 動転のあまり演技を忘れるシャーロットを、一連のことに放心しかけていたロバートが慌てて押さえに入る。


「シャーリー、君、道理の通らないことを言ってるぞ」

「分かってるわよっ」


 ロバートにたしなめられ、動きを制限され、エミリから引き離される。

 それでもシャーロットの気は収まらない。


「どうして言われっぱなしにするの。私が悪者みたいじゃない」

「みたいというかそのものだぞ」

「うるさいわよ。ねえエミリ・ウィルソン、普通怒るところでしょうこんなこと急に言われたら」


 半分八つ当たりをこめてエミリに食って掛かる。


「怒る……というか、私のせいでロバートさんが悪く言われるのは申し訳ないです」


 答えあぐねるのに踏ん切りをつけたらしい。思ったよりも毅然としてエミリはそう答えた。

 ロバートに関心がなくて黙っていたとかいう話ではないことにシャーロットは内心ほっとした。


「それでいいのよ。思ったことははっきり言ってちょうだい」


 いい!? と念を押せば、エミリは力強く頷いた。

 シャーロットは頷き返し、その場でくるりと二人に背を向けた。


「シャーリー、まさかそれだけ言いに来たのか」

「そうよ」

「そうよって君」


 おざなりに返事をしてロバートの脇をすり抜ける。今度は止められることはなかった。


 シャーロットは二人から離れ、足どり軽く風を切る。

 今回はロバートにみっともなく叱りつけられるような羽目にはならなかった。彼の口出しを抜きに収束したのはライバルイベントの正しい流れと同じである。

 それに言いたいことを言ったらすっきりした。円満解決である。

 いや全然よくない。誤答はしている。

 シャーロットが口を挟んだため、最終的には思っていたイベントと同じ流れにはなった。

 しかしあろうことかあのエミリ、正解選択肢をしょっぱなから外してみせたのだ。

 先行きは大丈夫だろうか。

 シャーロットは冷や汗とともに噴き出した疑惑を首をぶんぶんと振って振り払った。


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