屋敷の応接間にて
フォーダム家の邸宅のホールで立ち働く使用人たちは、仕事の合間を見てはある一つの話題に議論の花を咲かせている。
そこにノックの音が響く。
使用人の一人があわてて開いた玄関扉の中に、ロバートは神妙な顔で足を踏み入れた。
シャーロットが行き先を告げずに出奔してから三日が経ち、屋敷は騒然としていた。
令嬢失踪の報を受けたロバートは即座に約束を取り付け、フォーダム卿の元を訪れた。
応接間に通されたロバートの元に、卿は悄然とした面持ちで現れた。安楽椅子に力なく体を預ける彼の様子は、常日頃の堂々とした貴族らしい姿からは打って変わって病人のようであった。
ロバートはその沈んだ目元を見て身じろぎした。
本決まりでなかったとはいえ、ロバートはシャーロットと結婚するという期待を反古にしている。流石に気まずいものがあった。
その消沈具合も気がかりだったが、ロバートはまず丁重に腰を折って挨拶を述べた。
「お忙しいところお時間いただきありがとうございます、フォーダム卿。シャーリー……シャーロット嬢が行方知れずと耳にし、お力添えをしたく思い参りました。事情をお聞かせ願えますか」
シャーロットを最後に見たらしい若い御者は、まさか彼女が家人に黙って飛び出したものとは知らなかったらしい。隣町の鉄道駅まで送って行ったことを自分から証言し、可哀想なほどに取り乱していた。消息はそこで途絶えているらしい。
シャーロット付きのメイドたちは、エディスを筆頭にみな案じ顔で口をつぐんでしまっている。
ロバートがゆっくりと問うと、フォーダム卿は重たげに口を開いた。
「……かんしゃくを起こしたんだ。結婚するつもりはないなどと言い出して」
彼女は洗いざらい父にぶちまけたらしい。
そして、強い反対を受け、衝動的に飛び出した。
「だがそれからもう三日だ」
初めは雑貨屋の息子と示し合わせて駆け落ちをしたのではないかと疑った。
だが町に人をやって確かめたところマシューは在宅、何も知らない様子だったという。
そこで屋敷の者は事態に気づきあわて始めた。
別邸の管理人に連絡しても彼女が訪れたという情報はない。今に至るまで南北どちらへ向かう列車に乗ったのか、それどころか本当に駅を利用したかどうかさえ特定できていない。
フォーダム卿は深いため息をついた。
「まさかこのようなことをしでかす娘だとは思わなかった」
ロバートはその言葉にちぐはぐな印象を覚えた。
まさかも何も、シャーロットはしでかす娘だ。昔から一人で勝手に町まで歩いていくところからしてそれを示している。最近では旅行に来たエミリに積極的に接しに行くなど、活発さを惜しみなく発揮していた。
家族団欒の時間もとることのできないほど忙しいフォーダム卿は、娘のことを真には知らないのだろう。
卿は顔を片手で覆う。
「これまで何不自由ない暮らしをさせてきたつもりだ。一体何が不満だったというのか」
「……聞くところによると、決められた結婚を厭っているそうでしたが」
ロバートは訊ねた。承知のことだったが、卿の口から話を聞きたかった。
そうだ、と彼は力強く言った。
「資産も名もある申し分ない家々の御曹司を選んだ。この先時代が変わり、仮に我が家が安泰でなくなったとしても、子どもたちが困ることのないように。そう思ったのだが」
そしてすぐうなだれた。
富豪との縁組は家を次代につなぐためでもあり、それが娘の将来の助けになると、フォーダム卿は信じてきた。
「私は父として、何か間違えたのだろうか?」
「…………」
フォーダム卿は正しい。ロバートは思う。
貴族は良くも悪くも多くの人間や資産について責任を持つべき立場にある。利益に疎くてはまかり通らない。社交は仕事であり、婚姻もその一つだ。娘が富裕な家系に嫁げば、嫁ぎ先から支援を受けてさらなる繁栄が見込める。
シャーロットは今までそれほど表に立たず、この田舎町で裕福に、大切に育てられてきた。貴族として享受してきた恩恵の分だけ、貴族としての責務を果たすべきである。その点から言うとシャーロットの振舞いは自分勝手ですらある。
また親として、子に安定した道を敷いておきたいと考えるのが無理からぬことであるのも理解できる。
だが、ロバートはあえて卿を肯定はしなかった。
「……彼女が戻ってから話し合われるべき事柄かと存じます」
彼に間違いがあったとすれば、初めから娘の幸せを決めてかかって彼女の話を聞かなかったことだろう。そもそも彼は娘にとって縁談が望まないことであるとも認識していなかった。面と向かって反発されて、なお。娘が決定に背くならば、その理由を聞き、納得するまで言い聞かせるのは親の義務だった。
ロバートは「貴族の娘」ではない幼馴染の顔を思い、あわれに思った。
ただ、やけを起こしてそれ以上の話し合いを諦めたのは、彼女の責任だ。
そして、彼女にその場しのぎの説得をそそのかしたロバートにも責任はある。シャーロットの縁談が急に立ち上がったことに関してもだ。ロバートが上手く立ち回っていれば、シャーロットを苦しめることはなかったかもしれない。
彼女が戻ったら、今度こそは親子で互いの話を心から聞くのがいいだろう。
フォーダム卿は、その通りだ、とうなだれた。
「だが、話を聞くにしろ、娘が無事戻らないことには始まらないのだ」
フォーダム卿はいつもの堂々とした態度を覆い隠し、かわりにそわそわと落ち着かない様子で忙しなく膝を動かしている。
シャーロットに無事戻ってほしい。その親心は確かであると見て取れた。
「ロバート君、幼馴染の君になら何かわかるんじゃないか」
「……卿のお気持ちはよく分かりました」
できることなら悪だくみはしたくない。ただ、卿に向かって偉そうに意見できる立場でもない。だからこれは、シャーロットへのせめてもの罪滅ぼしだ。
ロバートは思いついたたくらみを実行に移すことにした。
弁舌を争う時の、また、大勢の人を前にものを言う時のように、張りと熱量をのせた声で述べる。
「実はひとつだけ心当たりがあるのですが、生憎私には父から任された仕事が山とあり、彼女の元へ出向くには身が足りません。しかし、私のほかに心当たりを知る者が一人おります。信頼に足る青年です」
そこで親愛なるフォーダム卿。
「その男にご令嬢を迎えに上がる栄誉を与えてくださいませんか」




