お久しぶり
時間をかけて減速した末に汽車は停まり、シャーロットはホームに降り立った。
駅は人でごった返していた。性別も年も格好も異なる人々がひしめき合い、視界がちかちかとする中、シャーロットは知った顔を見つけた。彼女もまたシャーロットを見つけると、大きく手を振って人を器用にかわしながら駆けてきた。
「シャーロットさん!」
「ごきげんよう、エミリ。迎えに来てくれて助かるわ」
昨日の口論から一夜明け、シャーロットは家族や使用人がみんな動き出すよりも早く屋敷を飛び出して、朝一番の列車に乗り込んだ。そして揺られること三時間、単身都にたどり着いた。
駅まで送らせた後すぐ帰した御者にも行き先は告げていない。今頃屋敷は大騒ぎであろう。
出発駅から打っておいた電報は無事エミリの元へ届いたようである。おかげでこうしてエミリと合流することができた。以前聞いた住所が思わぬところで功を奏した。
都には別邸があったが、そちらに行ってはすぐに家に連絡がいってしまう。他に行く当てのないなかエミリに頼ることができたのは幸いだった。
「とりあえずうちに行きましょう。ちょっと歩きますけど大丈夫ですか?」
「ええ」
エミリの自宅は駅から歩いて三十分ほど、町の中心から少しはずれた住宅街にあった。
中心部の喧騒からはやや遠く、それぞれ似た造りの住宅が立ち並んで形成された区画だ。
「さ、小さい家ですけどどうぞ!」
エミリは二階建てのレンガ造りの建物の前で立ち止まると、扉の一つにシャーロットを招き入れた。
すぐに出てきたエミリの両親はすでにシャーロットのことを聞いていたらしい。夏の滞在中のことまで伝わっていたようで、母親はしきりに喜んでいるし、父親は恐縮していた。
そのまますぐにダイニングに招かれ、お茶を囲んであいさつした後歓談に移る。一家の明るい声は、未だ緊張の解けずにいたシャーロットを安心させた。
ひととおり歓待の儀式が終わった後、シャーロットはエミリの部屋に通された。
ベッドと小さな机、小物棚がみっちりと並べられた部屋は屋敷のシャーロットの部屋の四分の一ほどの広さもなかったが、清潔感のある淡い色の壁紙や家具にかけられた手編みのレースがエミリの雰囲気にぴったり合っていて、かわいらしかった。
「……いいお家ね」
「間借り物件ですけどね。どうぞ、座ってください」
シャーロットは建物のことを言ったわけではないのだが、エミリの誤解をあえて正しはせず、勧められるまま椅子に腰を下ろした。雑貨屋で定位置としている木の小椅子と似ていて、気持ちが和らいだ。
エミリは自分のベッドに腰かける。
「それで、いきなりどうしたんですか? なにか事情があるんですよね?」
シャーロットは黙ってうなずいた。家に着いて落ち着くまで彼女が何も聞かずにいてくれたことに、内心感謝した。
ずっと気になっていたのだろう。夏の終わりにエミリと別れてから今まで、手紙を送る間もなかったから、近況を何も説明していない。そこにシャーロットがエミリに送った電報の文面は「キョウミヤコニイク シバラクトメテ」の二言きりだ。
加えてシャーロットは浮かない顔。なにかあったと白状しているようなものだった。
面と向かって説明するとなるとまた勇気がいる。シャーロットは明後日の方向に視線をやったまま小声で言った。
「……マシューに、都に連れて行ってって言って、断られたのよ」
「……えっ、それは……これから合流する、とかじゃなく?」
エミリは見るからに困惑している。
シャーロットはぽつぽつと一から説明した。マシューが都に移り住むと宣言したこと。父に婚約者選びを急かされたこと。それでたまらずマシューにすがったが押しとどめられ、父にはついに彼と会うことを禁じられたこと。
「――それで、そのまま家にはいられなくて、一人で飛び出してきたの」
「なるほど。つまり、家出なんですね」
家出である。
ただ、幼子が拗ねて家を飛び出すのとはわけが違う。やや衝動的なところは似たようなものであるが、はるばる汽車で数時間のところまで来てしまっているし、夕飯までに帰る気は毛頭ない。
それに何よりの動機は単なる反抗期ではないのだ。
ははあ、と、エミリは感嘆とも呆れともつかないため息をついた。
「そっか、立て続けにそんなことが起こるなんて……すごいタイミングですね」
大変でしたね、と、エミリはしみじみ言う。
そう、急にさまざまな変化が訪れて、気持ちの整理がつかなくなり、その末飛び出してきてしまった。
シャーロットは自分の行動を振り返り、我がことながら笑ってしまう。
迷いを断ち切ったつもりではあったが、それにしても思い切ったことをしてしまった。田舎町から都までの大移動。一人でこんな移動をしたことなどついぞない。それも覚悟を決めて来たというよりは衝動的な行動だ。
都までの道中、手持ちの小遣いで切符を買った二等客席に座って到着を待っている間も、自分にこんなことができたのかと心臓がずっと早鐘を打っていた。
「お父様が折れるまで帰らない計画ってことですか?」
「そういうことに……なるのかしら」
実のところ、それすらも考えていなかった。
確かに抗議のつもりでしばらく行方をくらませば父も降参するかもしれないが。
「今さらかもしれないわ」
沈んだ声で言った。
それで縁談がなくなって帰ったとしても、もうマシューは都へと去ってしまう。そうなったらもう帰る目的はない。
シャーロットは最後のマシューとの会話を振り返る。
結局好意を伝えられなかった。駆け落ちを持ちかけて振られただけだ。
その時のマシューの答えは「俺はお嬢さんを幸せにはできない」。
やけになるな、身分が違うからと、シャーロットの訴えは一蹴された。
目の合わないマシューの顔を思い出し、シャーロットは膝に置いた手を握りしめた。
「どうして連れて行ってくれないのよ」
シャーロットが遠方の富豪に嫁がされることを、マシューは何とも思ってないのだろうか。自分の気持ちを語らず背を向けた彼を思い切りなじりたかった。
シャーロットは彼が連れ去ってくれるのなら、立場や資産など捨て去ったってかまわなかった。マシューはその覚悟を軽く見たのだろうか。
(……違うわ)
シャーロットはため息をついた。シャーロットを押しとどめた、その行動が答えなのだろう。
シャーロットはマシューが好きだったが、マシューはそうじゃなかったのだ。
「……身分を気にして身を引いた、とかは? だって、マシューさんは身分のこと気にしてたんでしょう?」
推し量るようなエミリの慎重な返答は、しかし確信に近い響きを持っていた。
果たしてそうだろうか。シャーロットは喜べない。突き放されたことに変わりはないのだから。
それにだ。
「身を引くほど気にしてるのなら、身分を言い訳にして逃げるなんてことしないでよ」
この場にいないマシューに恨み言を言う。
結局は身分をくつがえすほどシャーロットへの思いが強くないのを、言葉でごまかしているだけではないか。迷惑なら迷惑と、はっきり言えばいいのだ。
「……そういうのって、けっこう重大ですよ。大事な人だからこそ、安泰な暮らしを捨てさせることになるって感じちゃうんだと思います」
エミリはしんみりと、一人ごちるような声色で言った。
シャーロットはどうかしらとつぶやき、うつむいた。
(私が貴族でなければよかったのかしら)
そうしたらなんのしがらみもなく好きな道を歩けただろうか。
うち沈むシャーロットにエミリはかける言葉を探しているようで、小さな寝室にしばし沈黙が流れた。
気を使わせてしまっていることを申し訳なく思い、少し冷静になる。
貴族に生まれて悪かったばかりでないことは承知だった。それにあの家に生まれていなければマシューと今の間柄にすらなっていなかったかもしれないのだ。
だから、生まれがどうと言うのではない。足りなかったのは自分を押し通す覚悟だ。
自分の気持ちと向き合うことを避け続けた報いを、今ここで受けているのだ。
「決めたわ」
「なにをですか?」
「私、これからは天涯孤独の掃除婦シャーロットとして生きるわ。しばらく住み込みで働かせてちょうだい」
「思い切りすぎですよ!」
早まらないでくださいと全力で止めにかかるエミリに、シャーロットは唇をとがらせる。
「だって、役立たずの箱入りのままでなんかいたくないんだもの。……迷惑なのは分かってるわよ」
元貴族の令嬢を雇う側もいたたまれないだろう。
夏の滞在でつっかかるなどして彼女にはずいぶん迷惑をかけた。加えて今も世話になっているし、これ以上厄介になるのは悪いと、シャーロットは分かっている。
「違います!」
エミリは大声で言った。急に強い口調で言われるとは思わずシャーロットは驚く。
「いつまでだっていてくれていいです。マシューさんへの気持ちも応援します。人に決められた結婚なんて時代遅れですよ!」
エミリは力説した。
あっけにとられた後、少し笑う。身分違いの恋愛をやってのけた先駆者はさすがに言うことが違う。
いや、きっと逆だ。シャーロットは思い直した。そういう人間だったからロバートは惹かれたのだ。
「でも、家族には祝福してほしいですもんね」
「……うん」
距離があっても、気持ちがかみ合わなくても、大切に育ててくれた家族だ。認めてもらえたらどれほどよかっただろう。
家を捨てて一人で生きていくよりも、本当は家に認められて好きな人と結ばれるならそれが一番よかったのだ。
だがシャーロットは天秤にかけざるを得なかった。
「とにかく、家のことは手伝うわ。何もせずに世話になるわけにはいかないでしょう」
「シャーロットさん、家事できたんですか?」
「見よう見まねでもやってみせるわ」
「え、遠慮なく聞いてくださいね!」
せめて今はできることをやってみよう。彼についていくためではなく、自力で未来を切り開く力をつけるために。




