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登場イベント(2)

「もう知っているようだが、彼女は夏の間この町で暮らすエミリ・ウィルソンだ。エミリ、こちらは道の向こうの屋敷の」

「改めて、シャーロット・フォーダムよ」


 シャーロットはわざときつい語調で名乗る。


「彼とは幼い頃からの付き合いなの。彼も私も貴族階級の出身で、家族同士も親しいから。ねえロバート?」

「あ、ああ」


 急にペラペラと喋り出したシャーロットにたじろぎつつ、ロバートは相槌を打った。


「でもあなたは見たところ……卑しからぬ身分の方という感じではないわね?」


 シャーロットはずいとエミリに詰め寄る。

 ロバートは幼馴染の突然の発言に表情を変えた。


「都から来たのだったわね。その恰好は都の下町では最新流行なのかもしれないけれど、格式あるようには見えないわ。華やかな都会暮らしだからって田舎では礼節を払わなくても構わないとでも思ったかしら? この土地にもしきたりというものがあるのよ」


 何度も口を挟もうとするロバートを無視し、シャーロットはくどくどと語る。嫌味なくらいに貴族的な口調を強調して、形だけは忠告の体を装いながらも牽制していることは隠さない。

 人に言ったこともないような台詞なのに、言葉は台本を読むかのようにするするとあふれ出る。気分は一人芝居である。

 そして、最後に役者さながらにシメの台詞を言い放つ。


「人付き合いでは殊にそうよ。よそから来た人が簡単にロバートに近づけるだなんて思わないことね!」


 場は静まりかえった。

 鳥のさえずりが奥の林から流れてきた。


(やり切った……!)


 覚えるのは数々の言葉とは裏腹に清々しい充足感。「悪役令嬢のシャーロット」としてのふるまいを全うしたのだ。

 シャーロットは長広舌で上がった息を達成感と共に吐き出し――我に返った。


 しょげている。

 エミリはこれ以上ないくらいわかりやすく消沈していた。まだかろうじて口元の笑みはぶら下がっているものの、捨て犬のように眉尻が下がっている。うつむきがちなその顔は、まるで義務感だけで笑っているようだ。

 ロバートはその隣で端正な顔を青ざめさせ目を見張っている。

 そんな反応をするのも最もだろう。エミリにしてみれば深く関わったこともない高飛車な娘から突然言いがかりをつけられ、ロバートからしてみれば幼馴染がそんな礼儀知らずを働くのを目撃するのである。どちらの心中も穏やかでないことは確かだ。

 そして彼らの反応に現実へと引き戻されたシャーロットもまた、動揺に襲われた。

 何も予想せずに言ったわけではない。

 だが実際の反応を目の当たりにすると覚悟していたよりも生々しく浮かび上がる、初対面に等しい少女をいじめた事実と、罪悪感。


「べ、別に意地悪で言っているわけじゃないんだからね……」


 静寂と視線の圧に耐えかねてシャーロットは言い訳じみた台詞を発した。

 この流れではどうしたって意地悪な悪役の台詞としてしか響かない。


「シャーリー、いったい何を言うんだ」


 ロバートが動いた。目隠しになるようにエミリとの間に割って入ったのだ。シャーロットを見下ろす顔つきは真剣だ。

 つられてシャーロットは自身の表情を引き締めた。そうだ、これはもともとそういうイベントなのだ。ロバートにエミリをかばわせて、二人が接近するためのきっかけを作るという。

 悪役らしい印象を与えなければ。


「エミリは来たばかりなんだぞ、どうしてそんな意地悪を言う必要があるんだ。理由もなく人に噛みつくような人間ではないだろう君は。何かあるなら教えてくれ」


 ロバートはシャーロットを真正面に見据え、こんこんと訴える。まっすぐな表情からも声音からも、本気でシャーロットから何らかの事情を聞き出そうとしていることがうかがえる。

 しかしなんでエミリのフォローに回らずシャーロットに説教を始めているのだ。落ち込んでいるいたいけな少女が目に入らないのか。

 シャーロットは雲行きが思っていたのとは違うことを感じ取る。


「だいたい、彼女と俺が親しくするべきかどうかは君が決めることではないだろう」


 シャーロットは遠くを見た。雲のかかった空が綺麗だ。


 彼の言葉は見方によっては手ひどい拒絶の言葉ともとれる台詞だ。

 しかしシャーロットには分かる。心の底から幼馴染の関係とエミリとよしみを結ぶこととは無関係であると信じて疑っていない。

 シャーロットがエミリに嫉妬して嫌味を言ったとは微塵も思っていない顔だ。

 この男、何も分かっていない。


 それはそうなのである。近所で育ってきた十七年間、シャーロットはロバートを好いているような素振りはいっさい見せたことがない。本当にただの幼馴染だったのだから当然だ。彼が寄宿学校に通う間も手紙のやり取りは年に一往復するかしないかだった。人はそれを無関心と呼ぶ。


 それにしても朴念仁にもほどがある。十九になるまで遊びの一つも覚えてこなかったと見える。

 ロバートの猛攻は続いた。肝心のエミリそっちのけで生真面目な口調の説教が浴びせられてはシャーロットの耳をすり抜けてゆく。難しい顔を作って聞くふりをするにも限界がある。

 言葉の隙を見つけ、シャーロットは震える声で切り返した。


「わ、私のことを気にかけている場合?」


 その言葉でようやく少女のほうに気が回ったのだろう。ロバートは振り返る。

 シャーロットはその隙をついて彼の手を逃れ駆け出した。引き止めんとする声が聞こえたが追っては来なかった。



 振り向かずにあの場から離れ、自邸のほど近くまで来たところで、シャーロットは息をついた。

 出鼻はくじかれ、好きでもない嫌味を言い、エミリは落ち込み、ロバートは斜め上に叱り始めた。ぐだぐだである。誰が幸せになるのだこれは。

 無論シャーロットはロバートとエミリをくっつけるために行動し始めたのだからやりとげなければならない。

 しかしこんなことを続けなければならないと思うと途方に暮れた。


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