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夜会の内緒話


「ああもう、こんなに気疲れしたの久しぶりよ! もう二度とこんなことしたくないわ!」


 シャーロットはテラスから夜の空に向かって声を荒げた。

 普段着よりも襟元が開き腰回りから足元まで布を重ねて飾った、薄緑色の品のよいドレスで盛装してはいるが、長年つちかった性格までは覆い隠せていない。


 父の宣告から数日たち、シャーロットは予定通り夜会に連れ出された。町から馬車をしばらく走らせたところにあるそれなりに栄えた小都市の、フォーダム家の別邸で開かれた、近隣の名士だけを集めた小さな催しだ。

 とはいえ貴族のみならず医師や法律家、新進気鋭の実業家といった中上流階級の人間が入り交じる略式の晩餐会は、かなりのにぎやかさにあふれていた。

 そこでシャーロットは、田舎暮らしののんきな令嬢には目が回るような挨拶と歓談の嵐を浴びることになった。



 隣に立つロバートが疲れた声でシャーロットをなだめる。


「よくこらえたな。でもあまり大声を出さないほうがいいぞ、人が聞きつけて飛んでくる」

「わかってるわよ。……あなたもね」


 彼も同じ夜会に招待されていた。

 歓談が盛りを過ぎた頃合いに、すきを見て人気のないテラスに出ていたところ、彼がやって来て合流したのだ。


 シャーロットはロバートに重たい視線を送る。


 もともと文武両道かつ裕福な名家の嫡男である彼は社交界の注目株であった。これまではシャーロットとの婚約のうわさが広がっていたために縁談が殺到するなどと言うことはなかったが、それでも放っておくには惜しい令息である。婚約が正式でなかったため、あちこちの貴族から誘いをかけられていたそうだ。


 さらに今回は「キングズリー家嫡男が平民の娘を見初めた」という話がすでに一部で広まっていたらしい。おかげで今日のロバートは質問攻めを受けていた。いったいどこから情報がもれているのか、有力な家に関するうわさはさすがに早い。


 それでも日ごろの慣れのおかげか、ロバートは多少の疲れは見せながらも落ち着き払った顔をしている。



 大変だったのがシャーロットである。

 「縁談がご破算になったフォーダム家の令嬢が婚約者固めに乗り出した」という不本意なうわさも、すでに広まっていたらしい。顛末をはぶかれ結果だけ伝わると外野目にはこうもわびしい報告になるのかと愕然としたものである。

 これまでの夜会であれば同年代の令嬢と適当に歓談しながら比較的平和に過ごせていたところ。

 今回は「左団扇を約束され慢心していたところを逃げられたあわれな令嬢」として同情の視線を送られた。


 そしてそれだけならばまだしも、傷心につけいろうとする独身男性からの猛攻にあった。

 すでに相手がいると噂になっているロバートにエスコートを頼むことはできず、シャーロットは事前に覚えさせられていた「相手にふさわしい男性リスト」と照らし合わせながら愛想を振りまくはめになったのである。

 ただでさえ事前に参加者の予習や振る舞い方の復習で目を回したというのに、本番ではさらなるあわただしさ。気分は縦横無尽に駆け回る羊の群れをいなす牧羊犬であった。



 慣れないことをした疲れで今のシャーロットは不機嫌の絶頂だ。


「その様子だと、お眼鏡にかなう相手はいなかったようだな」

「当たり前よ」


 シャーロットはむくれたまま返答した。

 今日、事前に父の同意を取りつけていたのであろう様々な男性が声をかけてきた。多くは貿易や紡績などの会社経営者、医者、法律家といった裕福な人々だ。

 シャーロットの家柄狙いである。


 新興の実業家が社会的地位を求めて貴族との縁談を狙うことは珍しいことではない。これまでの社交でそうした人々から声をかけられることはままあったし、そのこと自体を気にしたことはなかった。


 だが仮の相手がいなくなった今、こうもあからさまに寄ってこられると。

 そしてそれが、父の同意するところであると思うと。


 感情のやり場がなくて空にうなる。


「ろくに知りもしない人と人生の苦楽を共にするなんて誓えるわけないじゃない。お父様はそのあたりをなにも考えてくださらない」


 父はシャーロットにいくつも釣り書きを見せてきたが、「この家は父の代から議会で強い発言力を持っていた」だとか「彼は穀倉地帯に広大な土地を所有している」だとかしか言わない。シャーロットは彼の父の発言力やら穀倉地帯の土地やらと結婚するわけではないのだが。

 これではただの家同士の政略だと白状しているようなものではないか。



 ロバートは悩みながら言葉を選ぶ。


「卿は君の将来を案じているだけだろう」


 そう、貴族の娘にとって身の振り方は死活問題だ。

 貴族に生まれたからといって血筋が生涯を保障してくれるわけではない。

 フォーダム家はいずれシャーロットの弟が継ぐ手はずになっている。行かず後家のままでは弟が困るから、いつまでも実家の世話になるわけにはいかないし、いつまでも一人で生きられるかはわからない。

 だから父は早いうちに、安泰な家に娘の幸せを託そうとしている。

 それがわからないわけではない。


 だが納得できるかといえばまた別の問題だ。


「だったらせめて、相手くらい自分で選ばせてくれたらいいのに」


 娘に幸せになってほしいと本当に思うなら、娘がどう思っているかを聞いてくれてもいいのではないか。

 資産がどれほどあるか、どんな歴史ある家柄か、そういうことはどうでもいい。

 シャーロットが寄り添いたいと思える相手は一人だけだ。



 気持ちは分かるが、と前置きして、ロバートは言う。


「君が決めなかったとしてもお父上は決めるだろう。本気で君の婚約者を探すおつもりのようだから」

「…………」

「君が結婚したくないというのならそれも一つの選択だろう。だが、お父上を説得する方法を考えておくべきだと思うぞ」

「わかってるのよ」


 シャーロットは欄干に視線を落としたまま、彼の言葉をさえぎるように言った。

 それはあまりにも正論で、今のシャーロットには厳しい意見だった。


「だけど無理よ。説得したって聞き入れてはもらえないわ」


 その推測がシャーロットの腰を重くする。

 この夜会にしたって、散々行きたくないと抗弁したが聞き入れられず引きずられてきたのだ。


「それはただ要求だけ伝えたからだろう。ちゃんと筋道立てて、納得してもらえるような理由を説明すればいい」

「納得してもらえるような?」

「例えば、『真剣に選ぶためには時間が必要だ』とか」


 父は娘を持つ貴族としての真っ当な理由でシャーロットに結婚を強いている。

 ならばこちらももっともらしくてさわりの良い理由が必要だとロバートは説く。家族が相手となると、泣き落としなど情に訴える方法が有効らしい。


「本当の理由を伝えられるのが一番いいが、君の父上がどう思われるか……かえって難しい事態を招くよりかは、方便に頼った方が得策だと思う」

「本当の理由って」

「マシューとのことだろう?」


 まさか言い当てられるとは思わず、シャーロットはのけぞった。


「あ、あなた、知ってたの!?」

「ああ。幼いころのつきあいに留まらず、七年間も毎日のように通っているんだ。それに俺と態度が違いすぎる。流石に気付いていたさ」


 まさか。以前はエミリと接近することにもためらっていた彼が。あの堅物鈍感とばかり思っていたあの彼が。

 シャーロットは赤くなったり青くなったりする。この口ぶり、おそらくシャーロットが思う以上に昔から知っている。負けた気分だ。

 恥ずかしいやら腹立たしいやら整理のつかない気持ちに揉まれるが、とにかく、ロバートの提案は一理ある。うまくいけば、少なくとも縁談を先延ばしにはできる。

 結婚自体を帳消しにするような言い訳などあるものだろうか、不安は残るが、試す価値はある。


 それにしても。


「……こんな『悪だくみ』をあなたがするなんてね」


 ロバートは基本的に正しさを重んじ、嘘を嫌う青年だ。

 そんな彼の口からごまかしを提案されるとは思っても見なかった。

 ロバートは苦笑する。


「協力はするよ。事態が早まったのは俺のせいもあるだろうからな……」


 父がシャーロットに見合いを勧めたきっかけは、ロバートがエミリと結婚するためフォーダム家との仮予約の話を解消したためだ。

 ロバートはそれで罪悪感を抱いているようだ。

 シャーロットはいたずらっ子の顔で聞く。


「あの子となにか連絡は取っているの?」

「手紙を、二度ほど」


 期間を考えれば上出来な頻度だ。

 彼は今、身分違いであるエミリとの結婚を周囲に認めさせるだけの能力と実績を身につけるために忙しい。再び町に招いて正式に婚約となるともう一、二年の辛抱だろうか。


「あなたも大変ね」


 シャーロットが背中を叩くとロバートは口ごもりながら小さく「うん」と返事をした。


 彼女の住所はシャーロットも聞いている。あちらの近況を聞きがてら、一度くらい相談の手紙を送ってみるのも悪くないかもしれない。


 シャーロットはいくぶん開けた気持ちで前方に広がる街の夜景を眺めた。


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