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兆し

 マシューの気持ちを探る。

 口で言うのは簡単だ。

 しかしシャーロットは今まで前世の記憶をカンニングしながら切り抜けてきた女。エミリとロバートの件についてはシナリオ頼りで七転八倒しつつも解決したが、自分のことに関してはまるで事前情報がない。


 シャーロットは平静を顔に張り付けたまま途方に暮れた。


(どうすればいいのよ、マシューが私のことをどう思ってるか探るなんて!)


 これまでのように前例に頼ることができないとなれば、ますます下手な手を打って失敗したくない。相手は想い人なのだ。

 シャーロットは考え込む。

 例えば、限りなく婉曲な言い回しでそれとなく探ってみるとしよう。社交界デビューを控えた令嬢なら誰しも遠回しに気持ちを伝えるスキルを訓練されている。それはシャーロットもまた然り。

 しかしいくら気どった表現方法を熟知していても片思いの相手の内心を聞き出すための話術など習っていない。そもそもしとやかな令嬢は相手の恋心をずけずけ聞かない。

 第一、貴族的な言い回しに頼っても一般家庭出身のマシューに通じなければ意味がない。相手も理解できることが前提の話術なのだから。シャーロットは思いがけないところで身分の壁を痛感した。

 かといって「私のことどう思ってるの」などと問い質すのはストレートが過ぎる。恋心を告白するも同然だ。

 打つ手なし。


 これまでエミリとロバートを接近させるためにはずいぶん気をもんだが、それでも道筋が見えているだけマシだった。

 そう思ったところでシャーロットはひらめいた。

 これまであの二人の顛末のために注目していたのは、ゲーム「若緑」のメインルートのシナリオだ。

 そしてシナリオはそれ一本ではない。もう一方のサブルート、それはマシューの攻略ルートである。マシューの人間性や悩みが明かされ解決するまでの過程が描かれたあのシナリオであれば、彼の気持ちを知るための助けになるはず。

 それどころか、マシューの気を引くことさえできるかもしれない。


 喜んで記憶をたどろうとしたところで、シャーロットは再び頭を抱えた。

 マシュールートの通りだと、ヒロインに感化されたマシューは結末で都会に旅立ってしまうのだ。


 私の馬鹿。シャーロットは自分の浅はかさをなじる。今までさんざんマシューと離れることを阻止するための計画で動いてきたのに、最後の最後で彼を送り出してどうするというのか。

 第一、シャーロットは「ヒロイン」ではなく「ライバル」だ。都会からやってきた少女の役を演じたところで同じような結果になるとは限らないのだから、この方法は意味がない。


 となると残る手だてはやはり、直接的に訊くことになる。

 それは一番単純な手段で、一番難しい手段だ。からめ手も前世の記憶も必要ないが、ただただ度胸がいる。

 もしそれで気持ちに気づかれたら。


(……あら?)


 ふと不思議に思った。


 シャーロットはエミリにちょっかいをかけてばかりいた。それはロバートと自分が婚約しないためでもあったし、マシューを取られないためだった。

 だがそれなら、シャーロットのほうがマシューにアプローチをかけるという選択もあったのだ。どうしてそれをしなかったのか。その気になればいつだってマシューに気持ちを伝えられたはずなのに。


 頭が妙に冴え、ひとりでに巡る考えにくらくらする。


 なぜ恋心を知られることを恐れたのだろう。自分は気持ちを知られたくないのだろうか。それはマシューとの仲を進展させるための最短の手段だというのに。

 エミリに「男女としての発展は望んでいない」と言ったのは勢いまかせだった。少なくともそのつもりだった。

 あれは本心から出た言葉だった?



 ふいに横から目の前にぬっと腕がつきだされた。


「ひゃ、なに、マシュー?」

「ああいや、ずっと黙り込んでたからつい。すいません」


 気づくと不思議そうな顔をしたマシューがそこにいた。彼は確認のために伸ばしていた手をすぐにひっこめた。

 いつも物静かなマシューの子供のような挙動に、シャーロットはつい口元をゆるませた。


(そうよ、私は自然体のマシューが好きなのよ。それだけよ)


 そう自分に言い聞かせて、先ほどよぎった違和感を押し込めた。


 これ以上だまりっぱなしでは変に思われてしまう。

 一度思考が途切れてしまうともう考え直すのも無駄な気がして、シャーロットはぎこちなく口を開いた。


「――それにしてもエミリ、すっかりこのあたりの人間になった感じがしていたけれど、こうして帰ってしまうとやっぱり都会の人だったって実感するわね。あの子は今どんな気持ちかしら」


 結局遠回しに探りを入れることにした。

 まずは当たり障りのない話題で口を切る。自然かつマシューとも互いに知っている、どこにでもつなげられるような話を。

 共通の話題はやはり手堅く、マシューは帳簿に目を落としたままながら応じた。


「まあさすがに飽きる頃合いだったろうし楽々してるんじゃないですか」

「冷たいじゃない」

「そんなもんでしょう。彼女にとっては向こうが故郷なわけだし、最初は物珍しいから楽しくてもじきに飽きますよ」


 分かってはいたことだが、マシューはいちいち地元に当たりが強い。

 淡々としてやたら説得力のある意見にめげずシャーロットも言い返す。話題選びが悪かった。いや良すぎたのか。話の手綱を握られかけている。どうにか主導権を取り戻してマシューの恋愛事情を聞き出せるよう話を運ばなければ。


「だけど、エミリは田舎を気に入っていたわ。ずいぶん名残惜しそうにしていたしね」

「えー……そうですか?」

「そうよ! 定住もやぶさかでないはず」

「と言っても一回旅行に来ただけじゃないですか」

「時間は必ずしも物事の決断を左右しないわ。現にロバートはその気があるようだもの」

「ロバート? ……あー……」


 言わんとすることを察したか、マシューは語勢を失う。ロバートがエミリをもらい受けるという将来の話だ。

 シャーロットは逆に勢いづく。だんだんともくろんだ方向に誘導されている。友人たちの結婚を匂わせれば何かしらの反応をせずにはいられないだろう。十分揺さぶりにはなると思う。

 これで何かマシューが反応するようなら、そこから彼の気持ちが引き出せるかもしれない。

 さらに追撃をかける。


「悪くはない話だと思うのよ。エミリはここが好きみたいだし、ロバートには気を許せる相手がすぐ近くにいる必要があると思うもの。それに身分を超えて結ばれたら物語みたいでいいわ」


 とうとうと並べ立て、マシューの顔色をじっと観察する。


 さあどう来る。


「……まあ、なんというかシャーロットお嬢さん、けっこう寂しがり屋ですよね」


 不発であった。

 計算外の答えがまたなんとも不本意で、シャーロットは落胆を隠さずふてくされた。


「……だれが寂しがり屋よ」

「だって経ってすぐなのにそんな彼女のことばっかり言うからには……」


 なんだか体よく逃げられてしまったみたいだ。

 目論見が外れたのと唐突に弱みを指摘された形になったことのいたたまれなさをごまかすように、シャーロットは大声で言った。


「ともあれ、これからロバートは周りを認めさせるのに苦労するでしょうね」


 それもまた実際のところである。

 ロバートは正真正銘の御曹司である。将来的には父親から遠方の領地と貿易稼業、二つの経営を受け継ぐ身だ。それはつまり多大な責任を負うことが約束されているということでもある。

 そんな彼が突然よそ者の身分違いの娘を妻に迎えることを考えるとしたら、周囲を納得させるのは至難の業だ。

 家族の説得と周囲の意見をはねつけられるだけの威厳、それに見合う教養と立場を求められることになるだろう。

 きっと彼のことだから、そうと決めたら確実に成すだろうが。


 シャーロットはふふふとこっそり笑うが、マシューが少しも返事をしないことに気が付いた。

 彼の目元をよくよく見ると、むっつりと眉間がゆがんでいる。愛想がないのはいつものことだが、それに輪をかけて機嫌がよろしくなさそうだ。怒っているのではない。なにか堪えるような、物思いにふけっているような、そんな表情だった。

 心当たりも、前触れも、気に障ることを口にした覚えもない。

 シャーロットはたじろいだ。

 揺さぶりをかけようとは思ったが、こういう反応は期待していない。何が悪かったのか。直前に話題にしたのはロバートたちの婚姻のことだが――。


 シャーロットはこれまでさんざん頭を悩ませた不安から、ある懸念に行き当たる。


「ま、まさかマシューあなた、エミリに未練が」

「んなわけないでしょう」


 にべもない。

 目を白黒させたままのシャーロットから顔を背けて、マシューは後ろ頭をかきむしる。何か言いたげだ。


 だが彼が言葉を発するよりも先に、シャーロットの耳にドアベルの音が割って入った。

 マシューと同時にそちらに目を向けて、おや、と思った。予想していたような町内の買い物客ではなかったからだ。

 お仕着せの地味な格好をした二十代半ばのその男性は、シャーロットの家で家事働きをしている使用人だった。


「ど、どうかしたの?」


 見知った者がこの空間に入ってくるのが気恥ずかしくて、シャーロットは慌ただしく小椅子から立ち上がって彼に聞いた。

 使用人はずいぶん急いでここまできたのか、息が上がったまま頷いた。

 そして、お父様がお戻りです、と言った。


続き遅くなってしまいました、お読みくださりありがとうございます!

超絶今さらですが一話ごとの文字数バラつきまくっててごめんなさい

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