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どうしよう


 今日もドアベルは軽やかに鳴る。


「マシュー」


 そして今日も店番はマシューだ。

 彼は眺めていた帳簿から顔を上げ、シャーロットを見ると少し意外そうな表情で迎える。


「シャーロットお嬢さん。今日じゃなかったですっけ」

「ええ、今ごろロバートが見送りに行っているはずよ」


 夏は過ぎ、ついにエミリが都へ帰還する日となった。列車で帰るのだという。一番近くの駅は馬車で二、三十分かかる街にあり、さすがに全員で見送りに行くのは大掛かりになる。

 そのためロバートに代表して行ってもらったのだ。もちろん一緒に行くことも可能ではあったが――今の彼らは二人きりにしておくのが一番だろう。それにシャーロットは、どうせ彼女はまた戻ってくるだろうと思っている。

 そのため全員での別れは事前にささやかなパーティーを開いてすませていた。


 マシューはあまり興味もないかのように「そうですか」と返事をした。


 こうしてみると、エミリの滞在した二か月というのはずいぶん長く、そしてあっという間のことだった。エミリとロバートと四人でこの雑貨屋をたまり場のようにしていたのは後半の一月足らずの間だったが、今の静けさと比べるとそれが当たり前だったかのように感じる。

今雑貨屋の店内にいる客はシャーロット一人で、店内は声がいつもよりも大きく聞こえるほどにがらんとしていた。


 シャーロットは定位置の小椅子に腰かけて息を大きく吸った。

 大きな南向きの窓から差し込む日の光が、大きな梁や踏みしめるごとにぎいぎいと鳴る床板のくすんだ木目一つ一つをくっきりと浮かび上がらせる。このあたりの家屋によくある年月を重ねた造りの店舗は、シャーロットにとって落ち着く場所だ。伝統と格式で形作られたような自分の屋敷とは違うところも気に入っていた。

 幼いころから通い慣れた雑貨屋は第二の我が家のようなものだった。


 この夏を経て、今までと比べるとその意味は様変わりしたが。


「…………」

「……き、今日はめずらしくいい天気ね」

「そうですね」


 シャーロットは帳簿整理をしているマシューに話しかける。異様にぎこちなくなった言葉でどうにか受け答えは成立したものの、それ以上続かず、再び暖かい店内に静穏が戻る。頭を抱えた。



 シャーロットの脳裏に浮かぶのは、宿で行った送別会のことだ。

 それは昨日のことである。エミリの父母の知人であるという宿の主人夫妻の厚意で、普段料理や酒を供している宿の一階の一部を会場として提供してもらった。


 別れを惜しんだり歓談したりしてにぎわう最中、二人で話していたタイミングでエミリはシャーロットに訊ねた。


「ねえシャーロットさん、マシューさんに気持ちを伝えてはいないんですか?」


 シャーロットは手にしていたカップの中身をうっかりこぼした。


「急に何言うのよ!」

「だってシャーロットさん言ったじゃないですか、マシューさんと私が親密になるのを阻止したかったって。じゃあシャーロットさんは彼と交際してないのかなって思って」


 エミリの言葉はいちいち直接的だ。


 シャーロットは少し離れた壁際で会話しているロバートとマシューに聞こえないよう小声で反発する。


「べ、別に男女としてどうこうなろうなんて思っているわけじゃないわよ。ただ私は彼と話したり、たまに出かけたりできればそれでいいんだから」

「それっていつも通りってことですか?」

「そうよ」

「私にはロバートさんとのこと思いっきり要求したのに!?」

「声大きいわよ!」


 ひそひそとした言い争いの後、エミリは一呼吸おいてシャーロットに詰め寄った。


「正直になってくださいシャーロットさん。好きなんでしょ? マシューさんのこと」

「う……そうよ、悪かったわね」

「悪くないです。だから彼がどう思ってるか探ってみるくらい、いいんじゃないかと思うんです。きっと」

「ええ……?」


 シャーロットをそう言って丸め込んだまま、エミリは今日の列車で帰って行ってしまった。


 残されたシャーロットは今、一人頭を抱えている。


(エミリがあんなこと言っていくから、変に意識しちゃうじゃない)


 マシューの気持ちを探る。

 エミリは簡単に言ってくれたが、今まで思っても見なかったことを実行に移すというのはなかなか難しいのである。

 シャーロットは動揺のあまりひきつる頬を押さえながらマシューのいるほうをうかがった。

 無表情で淡々と事務作業にいそしむ彼はいつもシャーロットが訪ねた時と何一つ変わらない冷静さである。

 これではマシューがどう思っているかなんて分かるはずがない。


「…………」


 分からないとなると急にその鉄面皮が不公平に思えてくる。エミリの言ったこともこうなればもっともらしいように感じる。いっそ本当に聞いてしまおうか。

 開き直って口を開きかけたが、何も言葉にならず、再び口を閉じる。

 思わずシャーロットは顔をおおった。


 これまで頼りにしてきた前世の記憶は今回は参考にならない。

 エミリとロバートの仲を誘導するならただ記憶の通りになるよう動くだけで済んだが。

 ないのだ、ライバル役のシャーロットがサブヒーローを攻略するルートなんてものは。


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