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最後の舞台

 あれから数日後、かつての公園でシャーロットとロバートは対面した。

 エミリを伴った彼の表情は神妙にこわばっている。まるで以前、シャーロットとエミリの不仲を警戒していた時のように。


「今日の用事はわかっているわよね」


 格式高いドレス姿で背筋を凛と伸ばしてたたずむシャーロットは、いかめしい面持ちで幼馴染に問いかける。

 ロバートはシャーロットの目を見たまま頷いた。


「エミリのことで話があるそうだな。以前の、君の……不可解な態度について」


 彼が思い浮かべているのは一か月半さかのぼる、エミリがやってきた当初のことである。町にやってきたエミリにシャーロットがいちいち攻撃を仕掛け、そのたびにロバートがエミリをかばっていたことだ。

 シャーロットもまた頷く。


「あの時のことについてあなたにも話しておく必要があると思ったのよ。無関係ではないから」

「ぜひそうしてほしい、ずっと気になっていたんだ、君がどうしていきなりああいうことをしたのか、まだ納得しきれていないんだ。本人の口から聞けるのならそれが一番だから」


 ロバートが以前にもシャーロットに追求したことだ。

 ロバートは幼馴染であるシャーロットが人を恋に傷つけたがる人間だとは思っておらず、事情があっての態度であると疑わない。

 現に今ではエミリとシャーロットの関係は良好である。今になってシャーロットが蒸し返すとも想定していなかっただろう。

 

「いいわ。私が彼女にちょっかいを出した理由、それはね……」


 シャーロットはもったいぶって一度言葉を切り、ちらりとエミリを見る。


「彼女があなたの身分を狙って近づく不届き者でないか確かめるためだったのよ!」


 そして、きっぱりと断言した。

 

「……は……?」

「あなたってほら、寄宿学校育ちであんまり女性慣れしていないじゃない。なのに知らない人にも軽々しく親切にするから簡単に取り入られそうでいちいち心配なのよ。だってもし変な人があなたと結婚でもすることになったら我が家とも家族ぐるみの付き合いになるじゃない? 困るわ」


 あっけにとられるロバートにシャーロットはとうとうと説明する。

 シャーロットの勝手な言い分を絶句したまま聞いていたロバートは、やっとのことで口を開いた。


「……そのために、エミリに……?」

「そうよ」

 シャーロットはきっぱりと言い切った。




 数日前、ロバートの家でエミリはシャーロットに切り出した。


「気にしてるのは私のことでロバートさんと衝突したことなんですよね」

「ええ」


 エミリが濁しながら確認したのは、序盤でシャーロットが悪役として振る舞うため、エミリに嫌味を言うなどしていじめた時のことである。シャーロットの非が際立つ点であり、後のトラブルの種になりそうな点だ。

 そもそもロバートには通じていなかった感じは否めないのだが、だからこそなあなあのままで進んでしまって今悩んでいるともいえる。

 それにやきもちを焼いてエミリにくってかかったようになったのも問題だ。そういう風に誤解されているようなら、放っておくのは屈辱だ。


 逆に言うなら、初めのそのあたりさえ払拭しておけば、そのほかは蒸し返されてもどうにかごまかしようがある。


「じゃあ簡単なことじゃないですか。私にあれこれ言ったのは事情あってのことだったって説明すればいいんですよ。そうしたら問題ないですよね?」

「説明って、どうしたらいいのよ。さっきと同じこと説明してもあの男が信じるとは思えないわ」

「大丈夫です」


 エミリは自信ありげに言った。


「実は前にロバートさんとあの時のことで話したんです。シャーロットさんはただ、友達が少ないから知らない人間が入って来るのに警戒してるだけなんだろうって、ロバートさんそう言ってました」

「なに友達が少ないとか言ってくれてるのよあいつ」

「口が滑りました! とにかく、ロバートさんは怒ったりしてないんです。私のこと心配してくれましたけど、でもシャーロットさんのことだって気にかけてます」

「……」


 シナリオ内でのロバートは、エミリをいじめたことで今ぐらいの時期にはシャーロットへの不信感を隠さないようになっていた。

 しかし現状のシャーロットは路線を途中で切り替えてエミリと関係を築くようになったため、幼馴染の信頼は失われていないようである。

 そのことに気が緩むのを感じ、シャーロットは悪役になり切る覚悟などなかったことをつきつけられる。


 つまりエミリはこう言いたいのだ。今なら円満に修復可能であると。


「まあ、確かにあなたの言う通りにすれば納得はされるかもしれないわよ。でも嘘の言い訳がばれたらどうするの」

「心配性だなあ、大丈夫ですよ。私が知らんぷりしてればいいんです。だって私たちしか知らないんですから」

「豪胆じゃない」


 こうして計画は整った。

 ようするに、うまいこと丸め込もうという計画だった。




 ロバートは言葉を選びながらためらいがちに訊ねる。


「……その、エミリにはもう話したのか?」

「いいえ、言うのはこれが初めてよ。ようやく! 確証をもてたから言うの」


 嘘である。

 だがエミリが追及されれば口裏合わせが難しくなるし、口裏を合わせていることを知られるとまた言い逃れができなくなるので伏せておく。

 エミリを見ればシャーロットの意をくんだか、ちゃんとロバートの半歩後ろで神妙な顔をして黙っている。共犯とは思えない、完璧なしおらしさである。

 ロバートはたっぷり黙ったまましばらく苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「……まったく、君は……疑う理由はもうないだろう。エミリに謝るべきだ」

「そうね」


 シャーロットはエミリに向き直った。


「前にいろいろ悪いこと言ったの、謝るわ。もう二度としない」


 そして頭を下げる。

 エミリは一歩前に出てシャーロットに言葉をかけた。


「頭を上げてください、シャーロットさん」

「エミリ」

「もう終わったことじゃないですか。ロバートさんを思ってしたことだってわかってます」


 エミリは聖女のように優しく微笑んでシャーロットをなだめる。繰り返すが発案者は彼女である。

 アドリブにしては彼女は演技が上手く、見事「心を入れ替えた悪役を寛大に許すヒロイン」という構図を作り上げている。社交界のお世辞も顔負けのおためごかしに、シャーロットはひそかに感服した。

 エミリはシャーロットにだけ分かるようにこっそりとばつの悪げな顔で笑った。




 実は、謝罪のやりとりはこれが一回目ではない。

 キングズリー邸の客間で計画を相談し終え、カップの底でぬるくなった紅茶を飲み干したシャーロットは、帰らんと立ち上がる前にぼそりとつぶやいた。


「……悪かったわね、前は、いろいろと」


 何を、とは断定しない、そっけない謝罪であった。シャーロットは正面の壁に視線を投げたまま黙り込む。

 エミリは目をぱちくりと瞬かせ、一呼吸ののち口を開く。


「……さっきしてくれた話、もっと早くに聞かせてほしかったです。そしたら私も協力できたし、シャーロットさんとももっと早くから仲良くなれたと思います」


 そして沈黙して言葉の続きを待つシャーロットににっこりと笑いかけた。


「だから、この後の計画は絶対乗らせてくださいね!」


 シャーロットは彼女の笑顔を見て二の句が継げなかった。

 謝罪しているのに明るく笑われてしまうとこちらが擁護されているようで、名付けようのない複雑な感覚がする。

 身のおきどころがなく、シャーロットはもごもごと適当な返事をした。

 だが、自分がロバートと橋渡ししようとしていたのが彼女であったことには間違いがなかったと、シャーロットは思った。




「ね、ロバートさん。このことはそれでいいですよね?」

「……君がそう言うなら、この件はおしまいにしよう。だが、シャーリー」


 理解しあぐね困惑していたロバートは、一転して表情を引き締め、シャーロットと対峙した。

 

「心配してもらわなくても、俺も人を見る目は養っているつもりだ。付き合う相手には自分で納得している。口出しはけっこうだ」

「ええ」


 厳しい表情で主張するロバートに、シャーロットは口角を上げて応えた。

 彼が聞かせるつもりで言ったのかは知らないが、彼のとなりではエミリが目を丸くして頬をうっすら染めていた。


「それから、今度何か企むようなら、必ず周りに相談してからにしてくれ」

「さすがにここまでのことはきっともうしないわよ。でも、一応覚えておくわ」


 シャーロットはロバートの忠告を軽く流しながら、二人の脇を通りこそうと歩き出した。


「あのね、それと私、エミリがこの町に永住するのには賛成よ」


 そしてすれ違いざま、ロバートに耳打ちする。

 彼がその意味を悟り顔色を変えて追いかけてくる前に、シャーロットは早足でその場から離れた。

 あとは二人きりにしてあげよう。ライバルはここで退場だ。


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