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先行き

「シャーリー、最近またエミリに変なちょっかいをかけていないか?」


 シャーロットは目を落としていた雑誌から顔を上げた。

 場所はフォーダム邸の庭園、天候は晴れ。敷地の端の柵に絡みついたつるばらとそれらを飾り立てるように植えられた清楚な花々が、穏やかな光の下で優美に咲いている。

 季節の草木を一望できる場所に設えられた小卓の向かい側には、真剣な面持ちの幼馴染がいる。

 花を背負っているわりには表情が堅苦しい。


 ロバートは父親の仕事の手伝いをしており、その代理としてよくフォーダム邸を訪ねてくる。今日も彼はシャーロットの父と面会して帰途につこうとするところで、シャーロットはたまたま邸内を歩いていた彼をつかまえて茶につきあわせたのだった。


 その真剣さを内心でからかいながら、シャーロットは口角を上げてみせた。


「あなたが心配するようなことは何もないから安心なさい」


 ロバートはまだ気がかりげではあるものの、ひとまず安堵したように肩の強張りを解いた。シャーロットはその様子を笑いをかみ殺しつつ眺めた。

 よくよく考えれば先の台詞、シャーロットに対して中々不躾な物言いである。幼馴染とはいえ同格の家柄の、それも妙齢の娘を相手にして、まるで姉か妹を諌めるようではないか。そう言わせる原因がシャーロットにあるのは事実だが。

 シャーロットはそれを聞いて怒るわけではなく、むしろ機嫌を良くしていた。


(ロバート、あの子のことがずいぶん気になるみたいじゃない?)


 まさしくそれがシャーロットの望むところである。


 ゲームシナリオ内の「シャーロット」の存在理由は、ロバートとヒロインとの恋の当て馬、障害、ライバル役である。

 ではなぜライバル役が必要か。答えは作中時間の短さにある。

 設定ではヒロインは夏の二か月間町に滞在することになっている。この二か月という期間、一人の人間と心を通わせるには十分なようでいて短い。

 このゲームではキャラクターが抱える問題を解決するのに協力して仲を深めるという形で解消されるのだが、ことロバートについてはそれだけでは不十分だったのだろう。

 ロバートという人間を幼い頃から見ているシャーロットにはよく分かる。厳格な家に育って教養作法を教え込まれた生真面目で不器用な男、ロバート・キングズリー。シナリオ内でも厳しい家訓に従うことと逆らうことへの葛藤が描かれていたようなお堅い青年だ。出会って間もない少女に心情を吐露するとは普通では考えられない。よほど距離を縮めるほどの波乱でも無ければ。


 そう、「シャーロット」はいわばロバートとヒロインとの関係の起爆剤なのである。

 ロバートの様子を見る限りどうやらその作用は有効なようだ。


「気になるなら自分で会いに行けばいいじゃない」

「いや、今は君から聞けただけでいい。だけどそうだな、時間を見つけて話を聞きに行こうか……いや、すぐにというわけではないが」


 シャーロットが煽るとロバートは取り繕った声音で、しかし隠し切れない動揺をにじませてぶつぶつと言い出す。

 その様子のおかしさも相まって、シャーロットは機嫌よく高笑いを立てた。




 見たところ、エミリとロバートの仲は順調に進展しているらしい。

 確信を得たのは先日のピクニックの後である。あのとき周辺を散策するためにシャーロットらと別れた彼らは、たっぷりと時間をおいて戻ってきた。二人とも何やら妙に落ち着きなくそわそわとしていた。何かあったと言っているも同然だった。紳士かつ奥手のロバートが強引に迫ったとかいうような真似をしたとは考えられないが、互いを意識するほどのことがあったのは想像にたやすい。急いた真似をせず健全に距離を縮めたのなら何よりだ。


 そしてロバートにその気があるらしいというのがシャーロットにとって好都合だ。

 これまでシャーロットはエミリをうまいことロバートと接近させようと誘導を試みては、その予想外の行動に手を焼かされてきた。

 しかしロバートがあるていど自分から動いてくれるのなら格段に楽なのである、



「やあこんにちは、エミリ、マシュー」

「! こんにちは!」

「いらっしゃい……二人で来たんですね」

「ごきげんよう。ここに来る途中でたまたま会ったのよ」


 ピクニックを円満に散会してからというもの、自然とあの時の面子で集う機会が増えた。多いのは雑貨屋に集合するパターンである。

 はたから見れば不思議な取り合わせの四人ではあるが、シャーロットには願ってもいないことだ。いつものように雑貨屋に訪れてさりげなくロバートらの動向を探ることができるのだ。


「シャーロットさん、こんにちは」

「どうも。……それで、最近は何かあった? ほらロバートと」

「今度町の近くにある湖を案内してもらうんです」

「ふうん、悪くないじゃない」


 楽しそうに寄ってきたエミリと何気なく言葉を交わしあう。

 彼女はもうすっかりシャーロットへ話しかけるのに抵抗がない。シャーロットとしてはむやみにおびえられることがなくなったのはいいが、彼女とロバートの結末を見届けるまで気を抜くことはできない。まだ強気の態度をつらぬく心づもりである。とは思いつつも、知らず浮かれる現状だ。

 それにしてもロバートが存外真っ当に恋愛ゲームの攻略対象らしい行動をしているのがうれしい。と同時に、旧知の仲としてはじわじわとこみあげてくるものがある。

 シャーロットはさりげなくロバートににじり寄る。


「…………」

「な、なんだ?」

「いいえ? ただもう二人で外出に誘ってたんだなと思っただけよ。なかなかやるじゃない」

「その言い方はやめてくれ、変な意味で誘ったわけじゃない。そうだ、なんなら君も」

「ふざけないでちょうだい」

「いや、ふざけてなどいないぞ」


 シャーロットはそのまま小声でロバートに耳打ちする。


「で、どういう予定よ」

「来週末だ。俺がなかなかまとまった時間を作れなくてな、仕事をついあれこれ前倒しにしてしまったら忙しくて」

「お父上とのお仕事ね? 心置きなく楽しめるようにまあ励みなさいよ」

「言われずともそのつもりだ」


 日付を確かめシャーロットは満足する。

 シナリオも終盤にさしかかる頃に起こるロバートルートの一大イベントの一つ、湖デート。日暮れ時、町はずれの湖畔にロバートがヒロインを連れて行き本音で語らうという内容のイベントである。

 二人が計画している遠出とは日付からしてもおそらくこれのことだ。

 神秘的な雰囲気漂う光景の中で男女二人きりとくれば、互いをより一層意識しあうようになること間違いなしである。この機会を逃さずに成功させてほしいところだ。

 そしてロバートのこの様子だと心配もいらなさそうである。無茶な仕事を入れるくらいだ、今までの様子と合わせても浮かれていると見える。

 ロバート本人にその気があるのなら、もうエミリをへたに誘導しなくたってことは上手く運ぶのではないか。ロバートをたきつけるようにしたほうがシャーロットとしては気負いなく自然にできる。それならこの際、シナリオに従って悪役を演じる必要だってもうないかもしれない。

 それならシャーロットにはよいことだった。元々彼女に恨みがあっていじめようというつもりではないのだから。まして今後エミリがロバートと婚約するなどして近所に住むようになるのだったらなおさら。

 シャーロットはロバートのいぶかしげな視線を気にすることなくにやにやと笑った。





 陳列棚のそばの窓ぎわで顔を寄せて囁きあうシャーロットとロバートを、エミリとマシューはカウンターのそばから眺めている。

 そろって手入れの良い服装に身を包んだ二人は実に貴族然としており、並んで立っているとしがない雑貨屋の窓枠をも絵画の背景のようにしてしまう。金髪の令嬢は幼馴染の青年と話しながら時おり彼にしか見せないようなとりつくろいのない笑顔を浮かべ、青年のほうもまた困ったり口ごもったりと普段以上の表情の豊かさを見せている。


 最近では彼が自分といるときにもそれを見せてくれるのが、エミリにとってささやかな誇りであった。

 彼はこのあたりで責任ある立場のように扱われている。エミリは町に滞在するうちにそのことをわかってきた。貴族の自負からだろうか、しばしば町を見回ったり町の人々と談話して働きをねぎらったりと人々のために時間を使っているらしいのだ。

 はじめ訪れたばかりのエミリに話しかけてくれたのもその一環らしい。不慣れな客人の緊張をほぐそうと。だがこの土地に慣れてしばらくしても、友人のように親しく話してくれるのがうれしかった。

 その誠実そうな気真面目な顔にふっと笑みが浮かぶのを見るとエミリは浮かれてしまう。

 だれかにそう思うのは初めてのことだった

 二か月の滞在期間が後残りわずかであることが惜しくてしょうがない。帰れなくてもよいとさえ思う。


 それでもやはりあの二人の絆は格別だ。


「……いいなあ」

「今何か言った?」

「わ、あ、なんでもないです!」


 独り言に気づいたマシューに尋ねられ、エミリは慌ててごまかす。


「ただ仲がよくていいなって思ったんです。幼馴染でずっとあんな感じって、憧れちゃって」


 それも嘘ではなかった。シャーロットとロバートが昔からの友人であるというのは本人たちが言っていたことだ。近い土地、近い身分で育ったのですっかり家族同然なのだと。二人の仲の良さには見ていてすがすがしいものがある。気安さははた目に見てもよくわかる。

 そのような縁があるならうらやむのも見当違いだ。そうとはわかっていても、エミリはつい憧れを口にしてしまう。

 言葉を交わす二人を眺め続けるエミリの耳に、だろうね、と温度の無い声が響く。


「二人の仲の良さは町ではよく知られてる。きっと将来は結婚されるんだろうな」


 エミリは一瞬問い返すことを忘れてカウンター内のマシューを振り返った。

 マシューは遠くを見るような目で窓際に並ぶ二人を見ていた。


「……そうなんですか?」


 エミリの小さな声で青年は我に返る。


「……ああ。だってそうだろ? 貴族の結婚は家同士のものだっていうし、二人の家は実際親交がある。遅かれ早かれ、結婚しないわけにはいかないんだから、身分が釣り合っていて本人同士が親しければ周りは喜んで決めるだろうし。いつ婚約が本決まりになったっておかしくない」


 普段より言葉数の多いマシューの説明も半分エミリの耳を素通りしていく。

 考えてみれば納得のいく話だ。

 そんなそぶりは見せなくとも二人はしばしば一緒にいた。本人たちは兄妹のようなものだと言っていたが、それが親しい仲を証明している。周囲が勧めればそれを受け入れるであろうことくらい簡単に想像がつく。


 本当に、どうしてそのことに思い至らなかったのだろう。

 不思議に冴えた頭で考えながら、エミリは「そうですか」とだけ返事した。


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