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登場イベント(1)

 記憶にあるイベント通りにエミリを誘導してロバートとハッピーエンドを迎えさせ、マシューのルート入りを阻止する。

 そのための第一歩として、シャーロットにはしておかなければならないことがあった。

 自身の登場イベントだ。


 エミリとの邂逅から一夜明け、並木道を西にそれたところに位置する公園。周縁は刈り込まれた生垣で形作られ、いくつかの花壇とベンチが設置されている小さな憩いの場だ。

 まだ日は頂点に昇り切っておらず、どこの家庭でも朝食からそう時間も経っていないであろう時刻。辺りにまだ人気はない。

 シャーロットは一人で周囲を見張っていた。


 ゲーム「若緑」の中では、今日はメインルートにおけるライバルこと「シャーロット」の登場イベントが起こるはずだった。ヒロインとロバートが再び出会い話をしていたところ、彼女が唐突に現れてヒロインにつっかかるのだ。エミリとロバートが出会ってからたった一夜での行動、よくよく考えれば情報が早いことである。


 これからメインルートを再現するため、手始めにこのイベントにのっとってライバルとしての所信表明をするのが、今日ここにやってきた目的である。


 シャーロットとしてはこのように張り込んだ挙句やってきたか弱い少女にジャブをかますなど、冷静に考えれば何となく情けなくて気乗りはしない。

 だが、今後の展開のためにはやらなくてはならない第一歩である。悪役令嬢の辛いところだ。



 手持ち無沙汰に公園内をうろうろと歩き回っていると、待っていた人物が現れた。

 亜麻色の髪はこざっぱりと整えられており、乗馬服のような実用重視の服装は簡素ながらに上等であることが見るからに分かる。若い紳士然とした風貌。

 この町に館を構える富豪の長男かつ「若緑」メインヒーロー、ロバート・キングズリーである。


 ロバートはシャーロットの姿に気づくと歩み寄って声をかけてきた。


「シャーリーじゃないか」

「あら、ロバート。ごきげんよう」


 あだ名で呼ばれ、シャーロットはさも意外だとばかりに白々しく応答した。

 

「朝早くから君と会うなんて珍しいな。抜け出して来たのか? エディスに叱られるぞ」

「余計なお世話よ。だいたいあなたこそ一人で出歩いているじゃない」

「俺は変わったことがないか見回りをしているんだ」



 普段のように軽口を叩きながら、心の中でゲーム内のロバートの人物説明をそらんじる。

 「貴族階級の子息で文武両道・眉目秀麗であることに加え、生真面目で誠実な性格の好青年。名門寄宿学校を卒業した後実家に戻り、今は父の手伝いをして仕事を学んでいる」。シャーロットの知る現実の彼と異なるところはない。

 ロバートとシャーロットは元々幼馴染だ。同じ町に住む近しい身分、同年代の子どもとあって、幼い頃は頻繁に家を行き来して顔を合わせていた。ゲーム内での関係はともかくとして、互いの使用人の名前まで承知しているほどの間柄、悪い仲ではない。

 ――だからこそ、この後エミリに宣戦布告を仕掛けるのに腰が引ける。

 ゲームでの「シャーロット」は、ロバートを見知らぬ余所の娘にかっさらわれると思い主人公をヒステリックにいびる、というキャラクターだった。

 しかしロバートに恋しているでもなくそれを演じるというのはけっこうな難役である。ふとした拍子に我に返ったら羞恥で地獄を見るだろう。


 エミリがやってくるまでに心の準備をしなくてはいけない。シャーロットは頭の中で登場の段取りを反芻した。作中の自分はどう言っていたか、どうすればうまくライバル役を演じられるか。

 シャーロットの思いつめた表情を気取ってか、ロバートは案じたように声の調子を落とす。


「何か考え事か?」


 邪魔をしたなら悪かった、と踵を返しかけたロバートのベストの裾を、シャーロットはすかさずつかんだ。


「どうした?」

「まだ行かないでちょうだい」


 予定の通りならばロバートとシャーロットが話しているところにエミリがやってくるはずなのだ。

 その前に当の本人に去られてはかなわない。


「俺に何かあるのか?」

「あなたがどうというわけではないけれど、あなたとここで話さなきゃいけないのよ」

「は、はあ?」


 ロバートは困惑をあらわにする。シャーロットの言うことは筋が通らないのだから無理もない。

 それでも思いつめた、どころかもはや血気走るシャーロットの形相に負けて、ロバートはしぶしぶといったように承知した。シャーロットはひとまず納得して手を放す。

 解放されたロバートは状況から目を背けるかのように惑う視線を並木道に向け――何かに気付いたかと思うと、声を上げた。


「やあ、君か」


 来た。

 肩までの茶髪を揺らし、膝丈のスカートが可愛らしい身軽そうな格好でやってくるのは、昨日邂逅を果たしたエミリの姿だった。

 公園内にいるシャーロットとロバートに、エミリもすぐ気づいたようだった。目を丸くして二人の方へと駆け寄ってくる。

 シャーロットが口を開くべき時が来た。

 そちらは都会からの方、と問う前に、エミリが驚いたように声を上げた。


「昨日の!」



 シャーロットは閉口した。

 失念していた。本来の出会いとは食い違う出来事があったのだ。シャーロットは思いがけず昨日エミリと顔を合わせているのである。まさかあの些細な出来事が早々に出端をくじくとは思わず、内心ほぞをかんだ。

 一人いきさつを知らないロバートは不思議そうな目でシャーロットに問いかけている。

 シャーロットの負う気まずさに気付くことなく、エミリは無邪気に言葉を続けた。


「お二人はお知り合いだったんですね」

「……そうなのよ」


 エミリの言葉に相槌を打ちながら、言うべきことを脳内で幾度も繰り返す。

 出端はくじかれたが些細なことだ。

 これからシャーロットは目の前で快活に笑う少女に意地の悪い台詞を言うのだ。

 心苦しくないとは言えない。何しろ何の罪もない少女が相手である。加えてシャーロットには前世で彼女が主人公のゲームをプレイしていた記憶があるのだ。どちらかというと感情移入の対象である。

 ――今ならまだ引っ込みがつくだろうか?

 いや。

 マシューを巡って恋敵になるかもしれないのだ。

 そう思うと罪悪感は引っ込んだ。

 決心はついた。こうなればとことんやってしまえ。

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