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青空の下にこぼした本音(3)

 エミリとロバートが向かった野原の方向を気にするシャーロットの耳に、気のない声が届く。


「よかったんですか」


 エミリらを送り出して気づいたらマシューと二人きりだった。

 マシューは温度の変わらぬ表情でシャーロットの方を見ていた。相変わらずその瞳が何を物語っているか読みづらい。

 シャーロットはいいのよと答える。


「あの男は紳士なの」


 気があるかどうかわからないのが困りどころだが、少なくとも若い女性を無防備にも一人にする男ではない。

 それにロバートがシャーロットの要望をはねつけたことは幼少期から今に至るまで数えるほどもない。貴族的な礼儀作法を身に着けてからも、身長で彼に抜かされてからも、最終的に主張を押し通すのはいつもシャーロットのほうである。

 そうですかとマシューは応じた。

 相変わらずのことではあるがそっけない態度である。もとより派手な反応など期待していないが、もうすこしくらい話してくれてもよいのに。シャーロットは唇を小さくとがらせる。

 こういう時は決まってシャーロットが話題を振る側に回る。


「どこまで行くのかしらね」

「そこまで遠くはないんじゃ? ロバートさんがいることだし」

「どうかしら。あの子前から町の周りを散策したがっていたし、護衛ができたのをいいことに案内させているかもしれないわよ」


 他でもない、それをもくろんでこの場のおぜん立てに一役買ったのだ。

 期待するシャーロットとは裏腹にマシューの反応は薄い。


「こんな田舎に見るところなんてありますかね」


 マシューはつまらなさそうに呟いた。シャーロットは言葉をつぐんでその横顔を眺めるほかなかった。


 マシューが田舎に倦んでいることは知っていた。

 雑貨屋の店番をしているときなど、退屈を極めるとマシューはよく都会がうらやましいと言ってぼやく。シャーロットはそれをよく聞いた。べつだん深刻に言っている様子はなかった。大した娯楽のない田舎に生まれた若者の憧れとしては、おかしくも、珍しくもないことだ。

 かといってその場の勢いや冗談で言っている風でもなかった。

 そして今のシャーロットにはそれを裏付ける知識がある。

 「若緑」のサブヒーロールートにおいて――「マシュー」は都会からやってきたヒロインと交流し価値観を交換し合う。そして最後には決意を改め、エピローグではヒロインを追って都に行ってしまうのだ。


 今やマシューにはエミリと特別な進展があるようには見えない。

 それでも彼はまだ都会へ行きたがっているのだろうか。


 胸の底に何かがふきだまるような感じがする。腹の立つのに似た、しかしそれともまた異なる感覚だ。

 シャーロットは振り払うように立ち上がって草地に一歩踏み出した。


「お嬢さん?」

「私も……ずっと座っているのも飽きたわ。少し散歩してくる」


 振り返らずにそれだけ言うと、シャーロットはエミリらが向かった方でも町に戻る街道沿いでもなく、明後日の方角へと歩き出す。今はとにかくがむしゃらに動き回りたいと思った。

 足を動かすうちに、突発的に湧き出した衝動が形をもつようになる。

 シャーロットは特別田舎が嫌いなわけではない。退屈なことは確かだが、やはり住み慣れた土地の良さはある。出ていきたいとまでは思っていない。

 それがマシューとの確かな隔たりのように感じられた。

 だれが悪いわけでもない。言いたいことがあるわけでもない。

 時間が解決してくれるのを待つしかこの気持ちは晴れそうになかった。


 丘の斜面をザクザクと踏み鳴らして眼下に広がる林の方へと猛進する。

 スカートをたくし上げていた片腕を後ろからつかまれ、シャーロットは危うく背中から芝生の上に倒れこみそうになった。

 そこには息をわずかに上下させたマシューがいた。


「一人で急に動かれると困るじゃないですか」


 マシューは手を離しながらも声を上ずらせてシャーロットを叱責する。その眼にはいつもとは違った力強さがあった。


「フォーダム家のお嬢さんに何かあったら俺が心配するだけじゃすまないんですよ。町の中ならともかく、一人で人気のない場所に行かないでください」

「……軽率だったわ」


 そんな風に言われたら素直に聞き入れるしかない。

 シャーロットは目を伏せて忠告を受け入れた。逃げるように出てきた手前、目を見るには居心地が悪すぎた。

 シャーロットが素直に頭を下げるとは想定していなかったのだろうか。マシューはとたんに気勢をそがれたように落ち着き、しかししばらくの沈黙の後、いつもの静かさとは質の違う声でつぶやいた。


「……すみません、つまんないことばっかり言って。八つ当たりでした。子どもみたいで情けないけど」


 何を言われているのかシャーロットははじめ理解できなかった。思いがけない謝罪だった。マシューが仏頂面で愛想のないことを言うのはいつものことだ。あまりにもいつも通りだから八つ当たりなどついぞ思わなかった。

 むしろ聞きなれた言葉に過剰に反応してしまったのはシャーロットのほうだった。


「謝らないでちょうだい。悪いようになんて思わなかったわ」

「いや、さっきのことだけじゃなくて。うちにいるときとか、いつも」

「それは、そうだけど」


 気まずい沈黙が落ちる。

 言うべき言葉を探して、シャーロットはおそるおそる訊ねた。


「田舎が嫌い?」

「いや、飛び出そうとか言うほどじゃないです。退屈ですけど」


 マシューは心底呆れたとでもいうように自身の顔を片手で隠しながらため息をつく。


「だけどこれだけお嬢さんに気にかけてもらっておいて退屈だなんてぜいたくなこと……」


 そして急に言葉を切った。

 しばらくして顔を押さえたまま再び口を開く。


「何でもないです。戻りましょう。荷物置いたまま来ちゃったんで」


 彼は目を合わさぬまま今しがた離した手をシャーロットに差し出した。シャーロットは突然の対応に心臓を跳ねさせつつもその手を取った。温かく乾いた手のひらだった。徹底的にしつけられた紳士のような対応ではないが、彼なりの気づかいだった。

 先ほどまでの不満や不安は風にさらわれるように霧消してしまう。

 それよりも、何だろう。掌で交わる熱に意識を持っていかれる。ずっと離してほしくないような、今すぐ振り払って逃げ出してしまいたいような、判断がつかなくなるほどに心拍数が上がっている。肌が熱い。あてどなく歩き回るだけでこうはならない。

 マシューのいる雑貨屋でおしゃべりしながら過ごしていても、これほどまでになったことはなかった。

 このままでは本当に離れられなくなってしまいそうだ。

 シャーロットは坂の途中でたまらず声を発した。


「あ、後は大丈夫。自分で歩けるわ」

「……そうですか。もう唐突な真似しないでくださいよ」

「やあね、誰がそんなことするのよ」


 口をとがらせて反論しながらも、普段通りに口をきける自分にほっとした。


「……ねえ、もうしばらく、できるだけ私の話し相手になってね」

「……俺でいいのなら」


 マシューは少しだけ振り向いてそう返事した。

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