青空の下にこぼした本音(1)
約束の日は来た。
キングズリー邸でエミリ、ロバートとともに卓を囲んだあの席で、シャーロットはほとんど巻き込まれる形で二人とピクニックに出かけることになってしまった。
(しかもこれデートイベントよ。乙女ゲーのヒロインとヒーローが何をにこやかにライバル誘ってるのよ)
時間が経ったことでうやむやになってしまわないかと切望したが、後日ロバートから詳細な予定の記載された案内状が届いたことで望みはついえた。
すっぽかす検討も一度は本気でした。しかし能天気を二人にしたところでくっつくものもくっつかないのではという心配が勝ち、シャーロットは仕方なく参加を決めたのだった。
待ち合わせ場所として指定されたのはエミリの滞在している町唯一の宿である。ロバートやシャーロットの家では目的地とは反対方向で、かつ近辺に不案内なエミリを迎えに行くのが最も効率的だという理由でロバートが決めた。
気は乗らないながら、愛想ばかりに動きやすい恰好を整える。飾り布の少なくくるぶしで裁った軽い空色のスカート、袖はひらひらとたなびかず腕に沿う形のドレス。
差し入れの甘い焼き菓子を詰めたバスケットを携えて、シャーロットは宿の戸を叩いた。顔見知りの女将に会釈をして中に入ると、食堂と酒場を兼ねたホールの窓際でもうロバートとエミリは待っていた。
「シャーロットさん! おはようございます」
エミリはシャーロットの姿を見つけるなりパッと笑って手を振ってきた。今日の服装は若草色がさわやかな襟付きのワンピースだ。肩までの短い髪の表面を後ろに流して留めているため、いつもとは幾分か異なってこざっぱりした印象だ。少なからず今日を楽しみに準備していたことがうかがえた。
年季の入った焦げ茶のテーブルの天板は二つのバスケットトランクに占領されている。ロバートが持参した茶道具と軽食らしい。
「もう支度は出来ているのね。行きましょうよ」
「いや、少し待ってくれ、まだ人数がそろってないから」
「? 聞いてないわよ」
窓辺から振り向いたロバートは口をつぐむ。だがその口元には笑みが浮かんでいた。彼にしては珍しいもったいぶった態度にいらだって、シャーロットは問い詰めんと口を開く。
だがぶつけようとした言葉は、その時ちょうど入ってきた人影を見るなり雲散霧消した。
「マシュー!?」
「こんにちは。けっこう待たせました?」
「なに、ついさっき集まったところだよ」
「ちょっと、ロバート! どういうこと!?」
シャーロットはロバートの袖を引いて囁いた。
なぜマシューがここにいるのか。口ぶりからして彼が呼んだことは明白だ。
「俺は人を楽しませるのは得手ではないからな、助っ人を呼んだ。君もその方がいいと思うだろう?」
ロバートはそう説明した。
つまりあの笑みの、いたずらを仕掛けた子供のような雰囲気はそういうことだったのだ。ささやかなサプライズのつもりなのだろう。
「マシュー、お店は今日はいいの?」
シャーロットは目をしばたかせてマシューに詰め寄る。
マシューの家の雑貨店は彼の父が仕入れに出ている間マシューか彼の母が番をしている。
「今日は両親とも家にいるんで」
「そ、そうなのね」
ようやく驚きの余波が静まり始め、シャーロットは湧き上がる感情の整理をつけようとする。
認めよう、マシューと一緒に出掛けられることはかなりうれしい。一方で気を利かせたつもりであろうロバートの厚意に訳もなく腹が立つ。
何か言ってやりたい気持ちでいっぱいだったが、最終的にはマシューと外出できる喜びの方が先立った。
目的地の農場は町から歩いてすぐのところにある。
町の西側を走る街道を北へ道なりに行くと、左手には浩々とした芝生の囲い地が広がっている。長年町に住んでいる一家が管理している農場は都へ運ぶ野菜をたくさん育てており、畑にしていない土地は好きに出入りしてもよいことになっている。ちょっとした丘があり、季節によっては一面花の咲く一角も見られるのどかな所である。
小高い地点の一つに到着すると、エミリは身動きも忘れて野生の風景に見入りだした。いっぱいに見開いた目に草原から町までの景色を映している。
「わあー……すごい、絵画になりそう」
「そんなに珍しいかしら、ただの田舎の野原なのに」
ぼやきつつシャーロットも同じように景色を見下ろしてみる。さして高い丘ではないがあたり一面が見渡せる。なだらかな丘の斜面を下るとふもとから向こうは何面もの野菜畑が盛りだ。農場の敷地の端を示すのは緑の濃い森である。畑の真ん中に管理小屋が二棟建っている以外、眼下に見える土地は人の手が入っているところもそうでないところもすべて草木に覆われている。一面の緑のさらに先には刈り込みの終わった金色の小麦畑が絵葉書ほどの大きさに見えた。そこから視線を左にずらすと、日ごろ親しんだ町の家屋がちっぽけに見える。青空を阻むようなものは何もなく、吹き抜けるそよ風が草の香りを涼やかに立たせる。
地元民であるシャーロットにとってはいつもの夏の風景だ。近所の農場など改めて見物するようなものではない。
だが町から一歩外に出れば景色は案外違って見える。風に乗って運ばれてくる鳥の声には若者たちの声が重なって、いつもよりも新鮮に聞こえた。
敷布を広げていたマシューとロバートに呼ばれてシャーロットたちはそちらに腰を落ち着けた。平たい頂上は長居するにはちょうどよい。
菓子を広げ、茶は全員にいきわたり、ささやかな集いが始まった。




