ヒロインとライバル(2)
彼女はどうして、どういう思惑で、ロバートとの話し方を突然シャーロットに相談などするのだろう。
不信感を押し殺した問いにはい、と強く答えて、エミリはずいと身を乗り出した。
「私、貴族の方とお話しするのなんてここに来るまで経験がなくて。だから知らないうちに失礼なことを言ってるかもと思ったんです。それで、フォーダムさんは正しい作法をご存知のはずだから、どうか教えてもらえないかと」
「ちょっと待って。どうしてそうなるのよ」
勢い込んで話すエミリを片手で制し、シャーロットは額を抑える。
「なに、まさかロバートに何か注意でもされた?」
「いえっ私が勝手に考えてるだけです。シャーロットさん前、おっしゃいましたよね、貴族には相応のつきあい方があるって」
「あーそうね私が言ったわね!!」
言った。確かにライバルキャラを意識して高慢な貴族っぽいことを言った。時間差でカウンターを食らった気分である。
聞くエミリもエミリだ。あからさまに嫌味を言われたことを理解したうえでシャーロットに教えを請おうとするのか。
「……その、私、散々なこと言ったと思うんだけど。いやだとか思わなかったの」
自分で指摘するのも馬鹿馬鹿しいが、普通であれば近づきたいとも思わないはずだ。
「でも私がよそ者なのは本当ですし。変に遠巻きにされるよりかはずっとありがたく思います」
聖人君子の回答だ。
シャーロットは頭の痛みを覚え、眉間をゆがめる。
「少なくともいやだとは思ったんでしょう。それならはっきり言った方がいいわよ。私とだって今、無理して話してたりするんじゃないの」
「そんな、そりゃ緊張しなかったわけじゃないですけど」
「正直じゃない」
「でもロバートさんも言ってましたから。フォーダムさんは優しい人だって」
「……優しい人は酷いこと言わないわよ」
胸のささくれがひねくれたことを言わせる。シャーロットはそっぽを向いた。
エミリは食い下がる。
「それもただの照れ隠しだって聞きました」
「適当なこと……まって、何言ってくれてるのよあいつ、照れってなによ」
「あっすみません口止めされてました、聞かなかったことに」
「口止めするようなことなのね!?」
先日訪ねて来たときにもらった何やら慈しみに満ちた表情が思い出される。シャーロットに友達がいないとか憐れんでくれたあの時だ。
あの後この娘にあることないこと吹き込んだのではないだろうな。この場にいないロバートにいら立ちやら何やらが交じった、やるかたない思いが湧いてくる。
幼馴染とはいえいたいけな少女を理由なくいじめた性悪を「本当は優しい」なんてむずがゆい。それこそそんな風に人を見るロバートのほうがお人よしだろうに。
シャーロットは咳ばらいをした。それから何か言おうとしたが、なにも思いつかなかった。
一瞬落ちた静寂を割いてエミリがつぶやいた。
「フォーダムさんしか頼れる人がいないんです」
シャーロットは目を瞬かせた。
エミリの声は光のはじけるような普段の調子とは異なって、非常に静かに聞こえた。
「ロバートさんは私にとって……ここにきて初めてのお友達なんです。私、育った街や家族のもとから一人で二か月も離れるのって生まれて初めてで。ここに着く前から人とうまくやれるかなとか、慣れなかったらどうしようとか、むやみに考えちゃって。でもあの人がいろいろ案内してくれたり、気にかけてくれたり」
エミリは宙を見て語る。ゆうべの夢をひとつひとつ思い出すように。
「あんなに立派で親切な人と仲良くなれたこと、本当に誇らしいんです。でも、だからこそ、実は疎ましく思われてたりしたらいやだなーって、気になって」
その横顔は並木の葉から洩れ射す夏の日差しを受けてまばゆく見えた。親愛と善性の輝きをそのまま形にしたようだった。
シャーロットはそっと目をそらし、居心地悪さに身じろいだ。
シャーロットの嫌味も大人しく聞き入れるような素直な少女が、ロバートのことを想って不安がるいじらしさ。
その情の深さに感服すると同時に己の非道が際立った。我ながらとんでもないことをしているという自覚がいま改めて生じた。罪悪感がうずいてたまらない。
ごめん。ごめんなさい。心よりお詫び申し上げる。言葉にできない謝罪が胸中を疾走していく。
エミリは唐突にはっとして言葉を切り、苦い表情になった。
「あ……すみません、こんな話して」
「なんであなたが謝るのよ?」
「だって、いやですよね? 私からロバートさんの話なんて」
最初は何に謝られているのか本当にわからなかった。自分が無意識に謝ったのかとさえ思った。
だが今の言葉を聞いて得心がいった。
(私がロバートのこと好きだと思ってる)
確かにシャーロットはこれまでそう見えるような演技をしている。
思い当たる。これまでのイベントで見てきたエミリの挙動。いまいち縮まっているのかわからないロバートとの距離。シャーロットの言葉を逐一気にする様子。
ライバル役の意地も忘れ、表情を作り損ねたまま呆けた声で訊ねた。
「もしかして、ずっと私に遠慮していたの?」
「えーと、受け止め方によっては、そうとも言えるかも?」
思いのほか小賢しい婉曲表現をする。
シャーロットは思い切り背もたれに寄りかかった。全身が脱力感に包まれるのを感じる。
シャーロットに委縮し、遠慮して、迷走。それもこれもシャーロット自身が難癖をつけていたせいである。エミリとロバートをたきつけようとちょっかいを出したのが、かえって裏目に出たということだ。
それはイベントもうまくいかないはずである。正面から来た人に道を譲ったらあちらも同じく譲ってきたようなままならなさだ。
悔恨。人に意地悪を言ってはいけませんという人間として大前提の教えが、今この時実感をもって身につまされた。
(この子も呆れたお人よしだわ)
こっちがゲームの通りに進めようと裏から手出しするのに馬鹿正直に反応するような娘だったから、ややこしいことになっていたのだ。
悪意に満ちた言葉などあしらい無視できる娘だったらこれほど気苦労を重ねずに済んだろう。
エミリの眼は気まずそうに伏せられ、唇は言いたいことを我慢するかのように引き結ばれている。彼女もまた悩んでいる。それがひしひしと伝わる表情をしていた。
悩みの原因の一端はほかならぬ目の前のシャーロットの戯言だというのに、恨み言一つ口にせず。それどころか気遣いさえして。
こんな馬鹿ならいっそあの堅物にはお似合いかもしれない。
シャーロットは自然と持ち上がっていた口角を引き締め、さも気に食わないというような表情を形作って鼻を鳴らして見せた。
「都会のおてんばに気なんか遣ってもらわなくてけっこうよ」
そして目を見開くエミリにぺらぺらとまくし立てる。
「いい、ロバートと仲良くしたいなら、今みたいに素直に物言うのがいいわ。別に彼は堅苦しいしゃべり方が好きなわけじゃないもの。あとそうね、彼の愚痴でも聞いてあげなさい」
本当ならゲームでのこの場は「私の方がロバートについて理解している」とかなんとか誇示するもので、プレイヤーがロバートの背景を推察するためのイベントだった。
それと比べるとなんだかストレートなヒントになってしまった。
けれどこの娘に遠回しなことを言ったところで、積極的に動くかどうかなど分かったものではないではないか。
「欲しいものがあるのなら余計なこと考えていないで、それを得るに値するよう行動することよ」
先日聞かされたばかりの受け売りを言いながら、シャーロットは立ち上がった。
「あ、フォーダムさん?」
さっさと話しを打ち切ろうとするシャーロットをエミリは呼び止めた。
シャーロットは目線だけで振り返る。
「いいわよシャーロットで。みんなそう呼ぶから」
「! ……はい! シャーロットさん!」
元気な返事を背に受けながら、シャーロットは公園を後にする。
気配がわからないくらい遠ざかったところで、大きく息を吐いた。
ロバートといいようになるかどうかもまだ分かっていないのに、中途半端に親切ぶった顔をしてしまった。
この先どのような顔でエミリをいびればいいのだろう。
悩むことはまだまだ多いのに気持ちはどこか晴れやかだった。




