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ヒロインとライバル(1)


 並木道の向こう側に町の屋根屋根が小さく見えている。薄茶色のレンガが薄雲漂う高い空を縁取って、田舎らしい風情を醸し出している。曇り空が常の地方だが、夏場は晴天を享受できる日が続く。

 歩き回るにはちょうどよい、今日も能天気な気候のこの地方である。


 シャーロットは並木道の上を行ったり来たりを落ち着きなく繰り返していた。

 一度は勇ましく町の方角へと歩き出してはみるものの、途中でぴたりと足を止め、恐る恐る屋敷のほうへ戻ってみる。

 そんな奇行を道の半ばで何度も行っている。幸いにして周囲に見とがめる人はいない。

 シャーロットとて無意味に不審行動をとっているわけではなかった。

 ただ少々歩き出すに踏ん切りがつかない事情があるだけだ。

 言わずと知れたエミリのことである。


 思えば初めから、彼女の行動については散々頭を悩まされてきた。言い返すことを予期して煽ってみればおとなしく黙り込み、ロバートとの仲は進展しているんだか進展していないんだかわからない。その一方でシャーロットの想い人とはごく普通に親しく接している。


 いつまでたってもこの調子ではシャーロットのほうもどうしようもない。

 シャーロットの見立てでは、エミリは決してロバートに気がないわけではないと思う。以前雑貨屋で問い詰めた折には、少なくともマシューよりかは意識しているような反応が返ってきた。断定はできないが。

 そこでだ。

 ライバルイベントを利用して、エミリのロバートへの印象を探ることを思いついた。


 今日予定されているイベントにロバートは登場しない。シャーロットがロバートと仲良くなり始めたヒロインの腹を探り、自分のほうが彼をよく知っていると主張するというライバルイベントの一環。シナリオ的には牽制、メタ的にはプレイヤーへのヒントである。

 探りを入れるためエミリと接触するには都合の良い機会ではある。

 ただ、これまでのイベントとは違うことに、彼女と一人で対峙しなければならなかった。


 覚悟を決めかねるまま、弾まない足どりでのろのろと土をならした道の上を踏み鳴らしていた時だ。

 道の向こうから、徐々にこちらへと近づいてくる人影が視界に入った。

 シャーロットは一瞬にして表情を引き締めた。

 肩までの短い栗色の髪と、膝下までしかない短い丈のスカート。遠目にだがそのシルエットは彼女のものだと分かった。

 彼女が来ることは予定調和だった。ことごとくイベントを失敗している現状からしてむしろなぜか来たといった方がよいのかもしれないが――ともかくエミリ・ウィルソンは、メインルートのライバルイベント通り、今この場に現れた。

 彼女との距離はまだ遠い。シャーロットは悠然と、しかし足早に距離を詰める。これまでいじめてきただけに、気づくなり逃げられないとも限らない。

 さらに近づき、エミリと目が合った。

 シャーロットはどきりとする。

 しかしエミリは逃げ去ろうとはしなかった。

 それどころか足を速め、猛然とシャーロットの元へ歩み寄ってきた。


「フォーダムさん! こんにちは、ちょうどお会いしたかったんです」

「へっ?」


 逃げられることを半ば覚悟していたシャーロットは、逆に猛攻してきたエミリにぎょっとして半歩後ずさった。用意していた悪役らしい台詞をとっさに思い出せなかった。


「え、な、え、エミリ・ウィルソン。なに? 私に?」

「はい!」


 エミリははきはきと返事をして、訊きたいことがある、と宣言した。


「貴族の方と話すときってどうしたらいいんでしょうか!」


 シャーロットはいよいよ面食らった。




「ロバートのこと……と思っていいわよね」


 立ち話を続けるには込み入った話題になりそうだったため、シャーロットらは道端から場所を移動した。その場から歩いてすぐ、いつぞや対面した公園である。

 並木道に背を向けて設置されたベンチに横並びに腰かけると、シャーロットはそう切り出した。声音は自然とうかがうようなものになった。

 エミリは慌てふためいた。


「わかります?」

「そりゃあ分かるわよ」


 貴族との話し方。彼女がそれを欲するならロバートのことしかないだろう。

 それは分かるが――エミリの言いたいことがさっぱり分からない。

 言いたいことというか、シャーロットに声をかけた理由が、だ。


 正直なところ、シャーロットはエミリと二人きりで話すのが怖い。

 エミリとは決して良いコミュニケーションをとってきたとは言えない。主な原因はシャーロットにある。散々いじめてきたのだ。今まで態度に表れなかっただけで、恨まれていてもおかしくはなかった。

 確執のある相手と面と向かって話すのは恐ろしい。

 今まで他の者がいない状況でエミリと話すことはあまりなかった。雑貨屋では顔を突き合わせて話しはしたものの、棚を挟んだところにマシューがいたから厳密にいえば二人きりではなかった。今は通行人すらいない、正真正銘の一対一である。


 また、こうも警戒するのはエミリの性格がわからないためでもある。

 ゲーム「若緑」のシナリオにおいて、ヒロインの性格について明確な設定は存在しなかった。はっきりとした個性付けによってプレイヤーの想像や感情移入を妨げないためらしい。そのためゲームファンの間では盛んに考察が行われており、ロバートルート攻略時のヒロインはおおむね「明るくて素直」という共通認識が固まっていた。

 では目の前の「エミリ」はどうだろう。

 シャーロットは隣に座る少女の顔を見つめる。大きな目をさらに見開いてまっすぐにシャーロットを見つめ返すその視線には、力強い意志の熱が宿っている。見るからに真剣で混じりけのない表情だ。人は見かけで判断できないとは言うが、こんな顔をする人間に二心あるとはとても思えない。ただの純真な少女だ。

 だからといって、シャーロットが思っていた性格と一致するとは限らない。

 何しろあれだけ予想外の展開を重ねてくれたのだから。


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