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仮面の男

 西洋料理と和風料理の対決は、まだ続いている。そして終わらない。

 暗い宇宙で今もなお相対し続ける二体の巨人の姿が、それを語っていた。


「随分とやってくれましたわね……!」

「そちらこそ……」


 けれど、もはや互いに満身創痍。

 ローザの操るアシュラの自慢の六本腕は二本しか動かず、よしこのダルマはレーザーブレードしか武装が残っていない。

 加えて両軍ともに他のウォリアーは全滅。母船すらも共に半壊し、もはやこの宇宙において戦える存在は彼女達のウォリアー二機しか残されていない。


 だが、戦えるのならば戦う。たとえ機体が壊れようと、腕が無くなろうと、戦い続ける。

 二人は今まで散っていった命のため。己の意地を通すためにも、どちらか一方を倒せねばならない。

 その決意は変わらなかった。



「いやいや、素晴らしい戦いだった! 感動的だ!」



 しかし、突如として二人の通信に男の声が入り込む。

 それと同時に半壊していた日本料理側の母船から、流星のような一筋の光が流れる。


 その速さ故に視認するのは厳しく、その姿を確認できたのは彼女たちの前で静止した時。

 鮮血をぶちまけたかのように真っ赤なウォリアーが、二人に姿を見せた。


「ご苦労だったなぁ、上級概念のお二人。ここからはぁ、このナルヴィクが世界の覇権というものを握らせてもらおう!」


 二人の通信モニターに映ったのは、鉄の仮面で目元を隠した一人の赤い髪をした男だった。

 彼の名はナルヴィク。筋骨隆々のたくましい肉体をした彼は彼女達と同じく上級概念の一人で、カップ麺を擬人化した存在である。


「ナルヴィク! カップ麺の擬人化が何故ここに!」

「狙ってたのだよこの時を、この瞬間をぉっ! 戦場が荒廃し、大将首二つが熟すのをなぁ! いくぞマサムネぇっ!」


 ナルヴィクの搭乗する機体『マサムネ』は白兵戦特化型のウォリアーだ。

 故に素早く、力強く。遠距離攻撃という要素を潔く捨て去り、そのデメリット以上にメリットを伸ばした機体だ。

 そのマサムネが二人に向かって、両手に握った二本のブレードを勢いよく振るう。


「な、なんてスピード……! それにパワーも!」

「私達が戦っている間に、なんで貴方がこんな力を!」


 赤黒く光る刀身が二機を撫でる。それだけで装甲が焦げて、溶ける。

 既存のレーザーブレードより出力を高めたこの『ハイレーザーブレード』はそれだけの威力を持っていた。


 その威力に、二人は受け流すだけで精いっぱいだった。手負いということはもちろん理由にあるが、ナルヴィクの操縦技術にマサムネの機体スペック双方とも高い。

 彼は今、間違いなくこの戦場で最強の存在である。


 事実、今のは本気ではなかったのだろう。数発の攻撃を披露したマサムネはそのまま二機を通り抜ける。

 そして彼は狼狽える二人を眼前に、言葉を返してみせる。



「だからこそだ! 貴様らのつまらぬ意地の張り合いがぁ! 我々に斯様な力を与えたのだ!」



 この脳内世界における戦争の長期化は、そのまま現実世界のころっけぱんだに影響を与えた。

 二人がメニューを決めると言い出してから四十分。本人の腹のすき具合はとっくの昔に限界を迎えていた。


 今からパスタ茹でるなんて面倒くさい。ましてやパスタソースを使わずに料理など到底考えられない。

 などの意見は可愛いもので、実際はそれ以上。


「あの二人はまだ言い争ってんの? バカじゃねーの、もう昼の一時過ぎたよ?」

「もうさ、カルボでもキノコパスタでもどっちでもよくない?」

「四十分待たせるってどうなの? 四十分ってつまり、その……。四十分てことだよ?」


 そういった怒りと知能低下が混ざった考えが、この人物の中で渦巻いていたのだ。


 だからこそ、ころっけぱんだの意識はカップ麺に向いていた。具体的には激辛カップ麺に向いていた。


「なんて野蛮な男……! これだからカップ麺は!」

「ナルヴィク、私はあの悲劇を恥じて仮面を着けているのだと思ってました! ですが、それを恥じともせず、こんなことを……!」


 何故に、彼はここまで言われるのか。


 それは彼(カップ麺のことです)のせいでころっけぱんだが胃腸をおかしくしまった過去にある。


 初めてコンビニで手に取り食した、激辛カップ麺。その辛さと旨さに、惚れた。

 激辛カップ麺の美味しさにハマったころっけぱんだは、ひたすら激辛カップ麺を食べた。コンビニに行くたびに三個は買い、ストックし、週に一度は欠かさず食べたのだ。

 辛さと旨さと手軽さがもたらす幸福な時間。それは時折現れる精神的不安定さを駆逐し、ころっけぱんだの心中に平和をもたらした。


 だがその代償に、胃腸が大変なことになった。


 あまり体質的に辛い物が得意ではなかったのだろう。連日腹を下しながらも「なんでポンポン(お腹のことです)痛いかなー」と言いつつ激辛カップ麺を啜る日々。

 やっと「なんかポンポン調子いい!」と思ったときは、少し激辛カップ麺に飽きた時であった。


 それからころっけぱんだには激辛カップ麺が禁止され、ナルヴィクもこの脳内世界で後ろ指を指される存在となってしまった。


「そう言い続ける貴様らのような人間がぁっ! 私をこのような姿にしたのだ! この仮面は貴様らの罪だ! そして、これが貴様らへの罰と知れ!」


 ただでさえ「カップ麺は健康に悪い」という烙印を押され、先の件を受け人前に出るには仮面をつけるほどになったナルヴィク。


 そんな彼の心は歪み変質し、ある野望を持つに至ったのだ。


 またカップ麺に溺れたころっけぱんだを見たい。

 またカップ麺が大手を振って歩ける時代を見てみたい。

 あの輝かしき時代を再び取り戻すために、彼はマサムネで剣をふるい二人を切り刻む。


「いやぁーっ!」

「ローザさん!」


 ダルマは彼の攻撃を受け止めきれたが、アシュラは避けきれなかった。

 バキバキと鳴らせてはいけない音を立てて、アシュラの機体は分解する。当たり所が良かったのか爆発こそしなかったが、その機体は動かずただ宙を漂うだけである。


「ほう、流石はダルマ。この攻撃によく耐える」

「くっ……! この機体の装甲、そんなナマクラが通ると思わないでください!」


 ハイレーザーブレードとダルマの装甲の勝負は、後者の勝ちである。傷こそ付いてはいるが、それでも断ち切ることはやはり困難。

 けれど、その状況にナルヴィクは狼狽えはしない。

 むしろ「返す札」を彼は持っていた。


「だが、大口径の砲弾ならば話は別だろう?」

「ふっ、何を言うのかと思えば……。そんな手段などとっくの昔になく、なって……?」


 その視線の先には日本料理側の母船ツバキがあった。壊れかけではあるが、ゆっくりとではあるが、動く船の姿が確かにあった。

 けれどもツバキの機能はかなり前に失われたはずである。よしこが先の通信で聞いた話では、西洋料理側の攻撃が、構造的欠陥を持つ箇所に被弾し内部に致命的ダメージが至ったのだと。


 あの船は動かぬはずだと「聞いた」のであった。


「もしや、あれは演技!」


 その通りだった。

 壊れかけてはいるものの、このツバキは未だ健在。残った砲台をよしこへ向けていた。


「はっ! まさか深潭(シンタン)、あなた!」

「すみませんなぁ、よしこ様。こうでもしないと儂達『病人食』の出る幕などないですからなぁ」


 突如よしこのモニターに映ったのは年を取った禿げた男。まるで即身仏を思わせるほど肉がなく、これでよく生きていると感心してしまうほどだ。

 もちろん彼も上級概念の一人。いわゆる病人食の擬人化であり、おかゆやうどんをまとめ上げる存在がこの深潭(シンタン)だ。


「血迷ったのですか! それに何故、カップ麺のナルヴィクに……!」


 今回の戦いにおいて深潭(シンタン)はよしこの部下としてついていた。参謀役として、また彼女に代わりツバキの艦長として日本料理側を勝利へと導くはずだった。

 その彼が何故、ナルヴィクの側についたのか。


「ククク……。激辛タンメンを召し上がった我らが主の胃袋を癒すのは、我ら病人食の役目。そうは思いませぬかな、よしこ様?」

「マッチポンプ、ということですか……!」


 激辛タンメンを食べると胃が大変なことになるが、それを癒すのが病人食。柔らかなうどんや雑炊が、主の荒んだ胃を癒す。そしてまた激辛タンメンが食べられる。


 この循環こそ、このシステムこそが彼らの狙いであり同盟を結んだ理由であったのだ。


「この深潭(シンタン)、確かによしこ様に仕えておりました。もちろん先ほどまでですがなぁ!」


 裏切りの言葉を皮切りに母艦から斉射される砲弾の雨あられ。

 ウォリアーの装備するライフルとは文字通り桁の違う弾が「彼ら」に向かって降り注いだ。


「なっ、ナルヴィクごと!」

「ふんっ、このマサムネの運動性能を持ってすればなぁ! この程度の砲弾の雨等、止まって見えるわ!」


 同射線上にいたナルヴィクは臆することなく弾に向かって駆ける。

 その様子はまるで舞踊。軽々と明らかな余裕を持った動きで砲弾を躱していく。


「あ、あなたにできてこの私にできないことなど……!」


 搭乗者の操縦技術でいえば互角だろう。よしこは間違いなく彼に劣らない才能を持っている。


 だが、機体コンセプトが違う。よしこのダルマは「戦場でウォリアーの攻撃を受ける盾役」という開発構想の下で造られた。

 ウォリアーの持つ武装のほとんどを無効化するために、装甲を厚くして、追加し、重ねていった。


 そのために、スピードを犠牲にして。


「きゃあっー!」


 避けきれるわけがなかった。

 速度も、小回りも。とにかく機動性が追い付かなかった。


 奇跡的に直撃こそしなかったが、艦砲射撃によりダルマは中破。腕部パーツは弾けてなくなり、さらにその衝撃で大きく吹っ飛ばされていく。


「ふん、あれでまだ原型を保っているとはつくづく頑丈な機体だ。だがまぁ、あれでは助かるまい」


 壊れて動けないのか、搭乗者に意識がないのか。ダルマの残骸は力なく宇宙を漂っていた。

 ローザの言った通り、よしこはぶざまに他のウォリアーと同じくこの戦争で負けたのだ。

 もちろん、そのローザも負けた。二人はカップ麺と病人食にぶざまに負けたのだ。



 西洋料理も日本料理も舞台から消え、残るはカップ麺と病人食。


 今や彼らの覇道を阻むものは無し。

 この暗い宇宙で、ただ二人の男が笑っていた。

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