治療術士ですが傭兵くんに懐かれています<なろう版>
※ヤンデレ(恋をして病んだ)ではなくヤンデル(病んだ人が恋をした)です。苦手な方はご注意下さい。
※ムーンからのベタ移植、加筆無し。
※イラスト注意
「ごめんねせんせぇ、治してくれる?」外にふわりと跳ねた綺麗な白色の髪に深い青の瞳の、天使みたいに綺麗な顔の男、リオが言う。
「またアンタこんな惨状、もういい加減にしないと別料金取るようにするわよ!」私は答える。
「せんせぇにケツの毛まで毟られるならオレは本望、いてて」顔を歪めるリオ。
「痛いなら軽口きかなくていいのに。治すよ!」
私は黒髪黒目の23歳女性。異世界トリップして来た日本人。なお本名はこの世界の人には発音して貰えなかったので、もっぱら『先生』で通っている。
こちらでの職業は治療術士をしている。それもかなり腕はいいみたいだし、魔力量も結構なもののようだ。この世界に来たときにこの能力を既に得ていた。
私はなんとかこの治療術士としての力を最大限に活かしたかった。何が出来るだろうと試行錯誤し、最終的に、凶悪な魔物が頻繁に飛び出て来る『闇の渦』から最寄りの砦、人類と魔物の戦いの最前線で負傷した兵士や傭兵たちを治すという、女としてはちょっとどうかと思う結果に落ち着いた。お陰で婚期は逃している。女性の少ない砦内でモテない訳ではないのだけれど、私がなるべくなら兵士や傭兵を相手に選びたくなくて。
最前線というのは、地獄だ。いつ何時魔物の群れが奈落から飛び出して来るか分からないし、朝まで元気に挨拶を交わした若く活きのいい兵士が夜には簡単に死んでいたりする。私自身はだいたいに置いて砦の中でぬくぬく守られてはいるのだけれどね。
特に今、目の前にいる白髪の顔の可愛い顔の男、リオ、約二十一歳――孤児なので正確な歳が分からないらしい――傭兵部隊所属は治療術を受ける常連だった。毎度毎度、酷く危険な斬り込み隊に好んで加わる子だ。普段はふわふわとか飄々とかそんな柔らか目の雰囲気の子なのに魔物討伐数トップの常連で、可愛い顔して凄く強い。
毎度命だけは失わずに運ばれて来るのだが、その戦い方は無謀で生きているのが不思議な位で、見ていると心配でこちらがはらはらして心臓がつぶれそうになるし、治療頻度も最多で肩入れしてしまうとこちらの心が持たない。
けれど既に、私は随分この子に肩入れしてしまっている。
怪我して治して怪我して治して。
ここは全人類を守る最前線にして要だ。周囲に他の砦もあるものの、一般人の住む街もある。そうそう魔物を討ち漏らす訳にはいかない。切り込み隊に進んで入る彼の行いは尊い。
だけどそれにしたって、いつもいつもボロボロになって帰って来るなんて。もっと自分を大切にすることも出来るだろうに。
これまでは単に運が良かっただけで、きっとこの子はそのうちに死んでしまう、なんて酷い事を私は思ってしまっていて。
けれど何がいいのか知らないけれど、リオはこんな私に懐いてくれている。
「うひいいいいいリオ、あんた左手取れてんじゃん、うわまた傷口自分で焼いたの!?」
「血を失わないように自分で魔法ですぐ焼いた、せんせぇが治してくれるのは分かってるし」
「あんたねえ、そんなの良くできるわね……、よっと、よし。くっついたと思うんだけど動かせる?」
「完・璧♪」
「ああああこっち骨見えてる」顔を歪めながら私はつぶやく。
「今、戦いの興奮が冷めつつあるから実況は止めてせんせぇ。段々痛くなってくるんだよねぇ戦ってる時は全然気にならないのにねえ」
「左足噛まれてぐずぐずになってて中が……、あかん実況すると私まで気持ち悪い」
「やーい自爆ー」リオがくすくすと笑う。「いてててて」あ、笑ったりするからリオも自爆した。
「リオはこれだけ負傷してよく意識あるよね。ショック死してもおかしくないよ?」
「戦ってる時のオレは頭おかしいし、軽い止血の術だけはオレも使えるようになったからね」
話しながら私は治療魔術を施す。私の手から生まれるきらきらと優しい金色の光。引き換えに私の体を気怠さが急速に支配してゆく。
「あんたが討伐数ぶっちぎりなのはいいけどね、毎度毎度こんな無茶して、いつか死んじゃうよ」
「せんせぇを守れるなら、まあいいかなーって」
「出来るだけ長生きしてよ、そのほうが人を守れるよ。そんなに強くなれたんだから命を粗末にしないで、あんたは神様の傑作よ。もっと自分を大事にしてよ、それで幸せになりなさいよ、いつもいつもボロボロで、そんなのって、ない」
「そんな風に言われると嬉しくてせんせぇに惚れちゃう。あ、もう惚れてたやー」
「ハイハイ完治したわね、っと」
挨拶みたいな口説き文句に素っ気ない返事をしていると、くらり、と私の鈍った頭に眩暈がおこる。ああクッソ怠い。治療魔術って使うと物凄く怠くなるんだよね、あと眠くなる。頭が重く鈍くなって、気にかけられる視界の範囲が狭くなる。無駄口を叩いていると余計怠くなるのについリオにつきあってしまうのは、私がリオを心配で、かつ話すのが好きなんだろう。
「だるそうだねせんせぇ、お仕事終わりにして部屋に戻る?」 リオが心配そうに私の様子をうかがう。
「……まだまだ負傷者がいるからね、頑張るよ……」
「せんせぇ仕事頑張るよねそういうとこ好き。んん、分かった、オレ着替えて来るからそれまで倒れないでね、オレがせんせぇを運ぶんだからね? 他の奴に運ばれちゃヤだよ?」
「……着替えるだけじゃなくて、ちゃんとお風呂も入りなさいよ……、生活魔法覚えたんでしょ」
「うん」リオは破顔する。この子は私のちょっとした小言を何故か喜ぶ。
さて、眩暈に負けてなぞいられない。治療術士の数は限られているのだ。せっかくこんな力があるのだから、最大限に活かさなければ。
運ばれて来る別の患者の為に魔力を練り集め、私は次々と傷ついた戦士たちの傷を治して行った。
* * *
「限界。……寝る。リオ、部屋、連れてって」
私の怠さがピークを迎えた頃、リオは私の側に黙って控えてくれていたので、部屋まで運んで貰うように頼む。彼はいつもこうして私が限界を迎えるまで側にいてくれて、私を運んでくれるのだ。
「うん。ご指名ありがと。オレが部屋まで運んで、せんせぇが寝てる間に既成事実作っておいてあげる♪」
「やっぱ自分で行くわ……」
「ごめん嘘、安心してオレ、せんせぇの愛が伴わないなら何もするつもりないから」
リオは私の代わりに、この部屋まで負傷者を運ぶ係の人間に私の限界を伝えてくれて、私を抱き上げて運ぶ。傷を負い苦しんでいる者を目の前にして限界まで頑張らない治療術士はいない。だから治療術士は皆よく倒れる。限界が来た治療術士を兵士が抱えて運ぶのはありふれた光景だ。最初は凄く恥ずかしかったけど今では慣れた、だって毎回リオが運んでくれるから。
リオの体からさっきまでしていた血の匂いは薄れ、石鹸の匂いに変わっていた。
この子に抱えられて運ばれる時間が私は嫌いじゃない。他の兵士が私によこすみたいに視線が下卑たものではないし、むしろ瞳の奥に見え隠れするのは至上の宝を運ぶような丁寧さで、気だるさに支配された体が、鋼のように鍛えられた暖かな腕に守られているようで安心出来た。
「ねぇせんせぇ、デートしようよー」
私を抱えながらゆるぅくリオが言う。この子はいつもこんな感じのふわふわした喋り方だ。軽いとはいえデートなど誘われて私の胸がとくんと躍る。
「いつもお世話になってるお礼。オレ、なぁんでも奢っちゃうよ? 場所は近くの街とかになっちゃうけどー。何か欲しいもの無い?」
「んー、家?」
「分かった買おっかー。大豪邸は無理だけどいい?」
「待って、さらっと乗らないで」
「屋根は赤くてー、子供は沢山でー、あ、オレ犬飼いたいー、大きいもふもふしたヤツ。結婚式は砦と街どっちの教会がいい?」
「具体的に進めるんじゃなーいっ!」
だって俺、討伐手当がっぽりで金持ってるけど使い道ないもーん、けらけらとリオは笑う。押せば本気で小さな家くらい買われそうで怖い。
「ね、いこー。デート」
「しょうがないなあ。奢るとかナシで、ピクニックにしよ。お弁当作るよ?」
「え、せんせぇの手作り? ヤバいマジ嬉しい♪」
白い髪の下で緩むふんわりとした笑顔につられてつい了承してしまった。
実は自分の心を守るために兵士も傭兵も好きにならない、と決めていたんだけれど、結局私はこの子が好きになってしまっているんだと思う。
++++
休日。例のデートの日だ。リオにお姫様みたいに馬の前側に乗せて貰って近くの湖に来た。体勢が体勢だから滅茶苦茶ドキドキすると思いきや馬での移動は予想以上に大変だったよー! 治療術が無ければ私のお尻は死んでいたね。
湖畔は黄色い小花が咲き乱れ、澄んだ水面は陽の光に輝いて美しく、土の匂いは心を落ち着かせた。何も知らずにこの地に立てば、すぐ側に人類を守る戦いの最前線があるなど想像もしないだろう。
リオは私の作ったサンドイッチのお弁当の彩りをスゲースゲー言いながら喜んでくれている。
「砦の朝食よりはマシだけど、街の食事の方がもっといいものが出るでしょうに」
「せんせぇがオレの為に作ってくれたって所がすごいんだよー」
オレこういうの憧れてたんだよねー、とリオはへらりと呟く。
「ねえ、せんせぇは異世界の落ち人なんだよね?」
サンドイッチにもぐもぐと噛り付きながらリオは私に聞いて来る。私は頷く。
そう、私はある日いきなり死んだと思ったらこちらの世界の人間に転生していた日本人。神様には会わなかったが、このチートみたいな高い治療術の能力をさずかっていた。
「元の世界でも治療術士だったの?」リオが私に訊く。
「前の世界には魔術自体が無かったよ」
「え、そんなのどうやって生きて行くの?」
「問題を一つ一つ試して解決していくんだよ。二千年以上も全世界の人間で試行錯誤していれば、魔法がなくても問題なく生きて行けるくらいの文明は築けてたよ」
「二千年すっげー。うちの王国の歴史は五百年だよね。ねえ、そこではせんせぇは何してたの? 魔法が無いなら治療術士じゃないんだよね?」
「誰でも出来るような仕事をしてたよ……私、仕事が出来ない人間だった。どんくさくて何の役にも立たなくてね、良かれと思ってやるような事でかえって他人の仕事を増やすような奴だった。無能な働き者って奴」
「せんせぇが鈍なのは分かる」へらりと笑うリオ。「あっ、そんなせんせぇオレは好きだからね?」
「……ある日事故で死んだんだけど、死ぬ間際に、次は役に立つ人間になりたい、誰かの力になりたい、そんな事ばかり思ってた。気がつけばこの世界にいて治療術の能力を持ってたよ」
「とってもお世話になってるよ! オレ、せんせぇがいなかったら百ぺんは死んでる。昔の傷も綺麗にしてもらえたし」
リオは屈託のない笑顔で笑う。
「せんせぇがこの世界に来てくれて本当に良かった。ありがとう」
屈託のない笑顔のままぎゅうされる。
「こーら」どきどきするからやめれ。
「ねえせんせぇ、聞こうと思ってたんだけどさ、耳につけてるそれなに? どうやってつけてるの?」
「ピアスだよ。耳に穴を開けてそこに金属を通してるの」
そう言えばこの世界にピアスをしてる人を見たことがないかも知れない。私のピアスは地球からずっと付けてるアクアマリンの水色のピアスだ。
「それオレもしたい。せんせぇの耳につけてるやつ一つ頂戴」
「えー」
「お願い」
「消毒とか色々大変だよ」
「そのピアスで今ここで俺の耳貫いて、それからピアスつけたまませんせに治療して貰ったら、穴がすぐ完成するんじゃない?」
「……多分するし内部に入る悪い菌も死ぬ」
「じゃあやってみよう、決まり♪」
「冷やさないと痛いし、針とか無い、やっ」
リオが私の耳に触れる。ぞくっとして変な声出してしまった。
「そんなに反応がいいと、やらしく触りたくなっちゃうよ? せんせぇ」 熱く低く耳元で囁かれる。
「だだだだ駄目ぇっ」
「あはは、ピアス貰っちゃうよー」
くすくす笑いながら自身の耳に私のピアスをぶちりと突き刺すリオ。針状じゃないのに貫通させるとか色々突き抜けてるわーこの子。
「うわぁ……、自分でそんなのよく出来るね」
「これくらい出来ないと自分の傷口も焼いたり出来ないよ。んん、これでいいのかな? 治療お願い、せんせぇ」
私は人差し指でリオの耳に軽く触れ、治療術の金の光を軽く出す。ふわふわと小さな光がリオの耳のそばをただよい、消えた。
「ふふ、これでお揃いだねー、せんせぇ♪」
リオは上機嫌で笑った。アクアマリンのピアスは彼の青い瞳と白い髪によく似合った。私の耳と反対の、まるでリオと私で一対だとでも言うような位置だった。
そういうの、実は嫌いじゃないんだ。
して貰えて、嬉しかった。
++++
魔物たちの襲撃。戦闘で傷ついた兵士と傭兵たちが治療術士隊の元、つまりこの部屋に運ばれて来る。まずは一刻を争う重体のものたちを最優先に、次に意識のない重傷者、次に意識ある重傷者。リオは大体この意識ある重傷者グループでやって来る。
「またこんなに怪我して! もう来たくならないようになるべく痛く治してやる!」
「やめて、オレどんなせんせぇでも好きだけどなるべくなら優しいせんせぇがいい」
「優しくない私でも怪我をしなければどうということはない!」
「どうしようオレ優しいせんせぇにもう一生会えないかも」
私はリオに手をかざしながらふわり、と金色の光を出す。
「……」
「何リオ、意識があるのに静かだね」
「せんせぇが、綺麗だと思って」
「リオからお世辞が出た!」
「なんでそうなるの、お世辞じゃないよせんせぇ、治療魔術を使ってるせんせぇは金色の光を生み出して本当に綺麗なんだよ、素直に受け取って?」
リオがマジ顔で私を見て言ってくる。茶化す言葉が見つからなくて、恥ずかしくなって私は目を逸らした。
「金色が好きなら夕焼けでも見てて」
「せんせぇの金色のほうがいい」
とくん、と私の胸が弾む。見られているのがなんだか酷く恥ずかしい。
落ち着け、私。
「すごい傷を負ってるときに急にふと素になって、痛くて嫌でああ俺ももうここで終わりにした方がマシ、もう怪我したくない戦いたくない、って思うこともあるんだけどね、せんせぇの金色を見るたびにああ、戦って良かった、助かって良かったって思う。俺がこのキレイなせんせぇを守ったんだって胸をはれる」
「ほ、他の治療術士の人も金色だよ」
「オレの特別はせんせぇなの」
「……つ、次の負傷者、来るから」
顔が赤くなってるのを抑えるのに必死で、リオの顔を見れなかった。後で来るから今日もオレに運ばせてね、とリオは部屋から消えて行った。
「ありがと」と呟いた私の声が空に溶けていった。
+++
せんせぇ、デートしようよー、とまたリオに誘われて二人で街の酒場に来た。カウンターの片隅に並んで座りまったり飲んでいる。私達はとりとめなく色々な話をする。カウンターに投げ出されたリオの長い指が綺麗だと思う。軽鎧でない私服のリオは筋肉の厚みがありながらも手足が長いので細身の印象を与える。そのすらりとした色気にいちいちどきどきとさせられる。
「リオは何で傭兵なんて仕事してるの?」私は訊く。
「死にたがりだったから」
「うわ引くわー」
「ああんせんせぇになら引かれてもちょっと気持ちいい、もっと引かせてみたいぃ」
「そうくねくねよじれると変態っぽいよ。で?」
「俺駄目なんだよね、孤児のくせに女みたいな可愛い顔に生まれちゃったから人生色々えぐい事あって普段は飄々へらへらしてるけど実は心に闇を抱えた薄幸の美青年」
へらぁ、と青い目を細めてリオは言う。手にした酒をぐい、と飲み進める。
「ろくな生まれじゃないと忘れたい事が多すぎるんだよね、だからそういうのぜえーんぶ消したくて、死にたがり。だった。食い詰めてたってのもあるけど」
あんまり話してもらった事は無いんだけれど、どうも色々抱えてるんだよねえこの子。
「まあ、最前線で戦ってる人間はどこかそういう所があるよね」
リオの頭を撫でると、へへ、と子供みたいに笑った。
「でも、せんせぇに逢えたからね、もうそんな風には思ってないよ? せんせぇはオレの希望だから」ころりとカウンターに寝そべるようにもたれるリオ。見上げてくる上目遣いが可愛い。睫毛が長い。
「えらいえらい」リオの頭をわしゃわしゃ撫でてやる。
「これでも口説いてるのにこの子供あつかいー」
「も、もっと綺麗なお姉さんに言ってあげなさり、うわ噛んだ、かっこわる」
「そういうしまんない先生も好きですり」リオは私の口調を真似てへらりと笑った。
「まあ、ガキの頃稼いでた方法が嫌になって死にたさ紛れに傭兵になって暫くしたら意外と強くなれて、死にきれずにここにたどり着いて、でもここの初陣で右腕喰われたんだよね魔物に。それでああ、また昔みたいに惨めなオレに戻るのか嫌だな死にたいなーってなんか泣けてたらせんせぇが俺の治療担当になってさ、『大丈夫、絶対治すから!』って力強く言ってくれてさ」
「そうだっけ」残念なことにその頃のリオを個別認識していなくて、私は覚えてないんだよね、それ。
「金色のあったかい光に包まれて俺の手が生えて来てさ、その時のオレの驚き分かる? まだ傭兵で食っていけるんだ、戻らないでいいんだ、ああ、オレ今女神様に会ってるんだわって思ったんだよね」
「治療術、私が努力して獲得した力じゃないんだけどね」
腕が再生するような協力な治療術は一般には存在すら知られてないんだなあ。
「右腕についてた古い傷も綺麗になくなっててさ、ああこの腕は女神様に貰ったんだ、新しく生まれ変わったんだって思った」
「評価が過大過ぎだよ、治療術が凄いだけで私個人はただの鈍くさい使えない女だよ」
「でも、せんせぇはそのすっごい治療術の力を持ってこの世界に来てくれた、オレを救ってくれた、オレの女神様なんだよ? だから大好き。 ――別にせんせぇがオレを好きじゃなくてもいいんだ、こうして側にいさせてくれれば」
「ど、どういうリアクションを取ればいいか分かんないよ、リオ」多分私の顔はめっちゃ赤くなってる。
「こいつ馬鹿だなーって笑ってればいいよー」
けらけらとリオは笑った。カウンターのテーブルの下でこっそり手を繋がれて、ますますどうしたらいいか分からなくなった。
好きじゃない訳じゃない、んだけどな。
リオが襲撃で死んでしまったら、それを考えると、想いを伝える勇気が出ない。自分の心を守りたくなってしまう。
私は臆病だ。
+++++
魔物の襲撃、今日は外で正規の軍隊兵士達についている当番である。砦でぬくってる事は出来ない。
だからリオの戦い方を見れるかもしれない。リオが戦っているところを見るのは久しぶり。
ちなみに傭兵が魔物のヘイトを買ってくれるので攻撃は治療術士の所までは滅多に来ない。魔物は大体あまり頭が良くないから。
「ンン、今日はせんせぇが戦場にいる日。俺張り切っちゃう。せんせぇに愛されたい。ンン、俺を愛して貰うための素材様・魔物がいーっぱい。いいネ♪」
遠くでよく見えないがリオは何かブツブツと呟いている。戦いになると彼は変わる。
魔力との関係で、半分狂戦士化っていうの? ちょっとしたトランス状態になるんだそうだ。半分だから味方に攻撃するほどまで狂わないが、人格がちょっとおかしくなる。
戦闘が始まった。思い思いに上がる男たちの掛け声。様々な大きさの黒いもやのような獣たち、魔物が戦士たちに飛びかかる。
ああああリオ、あの子単独で傭兵部隊から飛び出して敵を斬っては戻ってる。ちゃんと敵のサイドを取ってるけど良く死なないなあれで。
他の兵士も頑張ってはいるが、それにしてもリオは極端に抜きん出て速い、強い。どんな反射神経してるんだ。
「オレが、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して貰う為に、お前らみんな死ねえええええ」
リオは笑いながら戦う。狂戦士化しているリオはイタイタしいし痛々しい。戦いながら笑いつつ寂しさを訴えているみたいだ。
けれど、目にも止まらぬ戦い方は美しかった。跳ねるように戦場を舞い一撃で敵の首を落としては襲い来る攻撃をかいくぐって生還する。見事過ぎてつい目を奪われる、見惚れる。魔物も目を奪われてくれるからこちらへ攻撃は来ない。
「ねえ、オレいい子でしょ? 魔物なんかみんなやっつけてやるよあははははっねぇだからオレのこと、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」
魔物の首を屠り鮮血が弧を描いて飛びちる。
「討伐数一番だよあははははっ! タングル、お前のこと好きだけど一番はやらない! せんせぇ! みんな! オレが一番だよ! だからオレのこと愛して愛して愛して愛して愛して! 見てよこの動き! 人間止めてるでしょ!? オレの他に誰がこんな動き出来るっていうのさあああ、みんなを守るからだからオレを愛して愛して♪」
タングルっていうのはリオと同じ部隊のリオと仲のいい傭兵さんだ。
「ああ、今オレが全人類を守ってる! オレがいなきゃみんな困る! 嗚呼みんなに愛してもらえる♪ 殺す殺すみんな殺す♪ だからせんせぇオレを愛して愛して愛して愛して愛して」
舞う血飛沫が、ある種の美しさを持って戦場を飾る。
「ほらタングル、サイドぉっ!」
同じ部隊の戦友に迫る視界外の敵を、リオが仕留める。
「すまねぇ」タングルがリオの背をカバーしつつ答える。
「いいよぉタングルはオレを愛してくれてるもんなぁ! だからもっとオレを愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」
一際速い、大きな黒豹形の魔物がリオに襲いかかった。
「おらああああっはっはっははあ!」
避けるのが無理目なタイミングだったので自ら左手を魔物に喰らわせてその隙に右手でその魔物の首を落とすリオ。
私はいやあああああと焦りながら金の光をリオに届ける。
「あははせんせぇが見てくれてる! 治してくれると思ってたんだやっぱりせんせぇサイコー! 今サイコーに幸せ! 今のオレ愛されてる嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいよ♪」
トランス状態で喜ぶリオ。笑いながら敵を屠り続ける。
私の心臓は、はらはらして息もつけない。一瞬でも油断したらリオが死んでしまいそうで、リオばかり見ていたら他の誰かを死から救えずに取りこぼしそうで。
私胸中の焦りを知ってか知らずか、リオは笑いながら戦場を駆け抜け、獣を屠り続けた。
***
血塗れのリオの全身を治療する。戦闘が終わって治療用ベッドに横たわるリオ。大きな傷はその都度治したがそれなりの傷がまだ沢山だ。
「引いた? せんせぇ。戦場でおかしくなってるオレ見るの久々でしょ」
「引いたわー」
「そう言いながら頭よしよし撫でてくれるせんせぇがオレは好きー」
「ぶっちゃけ守ってもらっておいて引くとか、しないよ。……一生懸命守ってくれてありがとう、リオのお陰で私もみんなも生きてる」
死のリスクを背負ってまで守って貰って、引くわとかそんな事思わない。リオの肌に優しく触れて傷を治していく。
「大体の女の子は戦ってる俺を見ると去っていくし、残ろうとする子は俺よりもっと病んでたり、過度に『私が救ってあげなくちゃ』みたいなタイプだったりしたけど、せんせぇはなんか普通に扱ってくれて安心する。変にプライド高いとこもあるから、同情されちゃったら嫌だし。オレ、可哀想ではないつもりだし」
なんだよ、日本で病んだ二次元キャラは好物だったんだよ。リアルで関わった事がないからどう扱っていいか分からないけど。
「もっと綺麗なお姉さんに言ってあげなさい」
「言っておくけどオレせんせぇに恋してから娼館とか行ってないからね!?」
「物好き」
「そんなことないやい」
治療術の後遺症により、くらくらと眩暈がして来る。ふらついた私を、完治したリオが優しく抱き止めて、そのままぎゅうと抱きすくめられた。
「ねえせんせぇ、お仕事終わったら、オレの部屋で一緒に眠らない?」耳のすぐそばで囁かれた。位置的に表情は見えない。
「そ、それは流石に妊娠させられそうなんでお断りします」
耳元で囁かれたのが恥ずかしくて、どきどきする。
耳にキスされてもおかしくないような、唇の近さ。
「えー。いやそりゃオレだって男だからしたいけど嫌がるなら何もしないよ? ぎゅーして寝たいだけ。心配ならオレのちんこ、ちょん切っていいからー。あ、でも後で治療してね」
「しししししませんっ! ちょんぎるとか恐ろしい事を言うなぁっ! 私には付いていない器官だけど聞くだけできゅーっとするぅ!」
「あはは今の顔可愛いー。ねえ、オレ魔力残してるよ、お湯出せるよ、専用のバスタブあるよ? ――オレ戦闘後ってすっごく寂しくなるんだよ。一人で眠るの嫌い、寂しい。ねえ、来てくれない?」
う。専用のバスタブには惹かれる。他の女性とお風呂の予定のすり合わせをしなくていいだと?
「……」
「本当に、来ない?」
しゅんと寂しそうな顔をされる。
『私が別にリオを好きでなくてもいい、側にいるだけでいい』なんて嘘ばっかり。
あれだけ愛して欲しがってるくせに。
主人の仕事終わりを待つ忠犬のような顔。
ああああもう、そんな顔に! 私は弱いんだよぉっ!
「……もっと負傷者治療してからね」
「やった! 嬉しいー」リオは子供みたいに無邪気に笑った。
++++
治療を粗方済ませたので引き上げる事にした。私を迎えに来たリオに身を委ねる。一旦私の部屋に連れて行って貰って、着替えの準備をして、またリオの部屋に向かう。抱きかかえて運んで貰うのはいつもの事だけど、今日は行き先が違うのでなんだか気恥ずかしい。
傭兵部隊所属のリオは正規軍じゃないから砦ではなく隣の建物に部屋を借りている。討伐数が一番多いから大事にされているのか角部屋の良い部屋だった。平民としては最高級と言っていいんじゃないだろうか。
一度魔物の襲撃が来た後は暫く次の襲撃は無いので、休息の必要ない戦士は大体街の酒場なり娼館なりに出かけていて、人は殆どおらずに建物全体が静かなものだった。私がこんなところまで抱き抱えられて来るのを誰にも見られなかった。
リオの部屋に入るのは初めてで少し緊張する。割合に広くて意外にもきちんと綺麗にしていた。それとも傭兵部隊全体の世話役のメイドさんがいるから当たり前なのかな。
リオが「風呂準備できたよー」と白い陶器のバスタブに魔力でお湯を作って来てくれて、時間に追われずゆっくりと入浴する事が出来た。砦に女性が少ないせいで女性用のお風呂は狭いし交代で使わなければいけなくて色々気を使うんだよね、異世界なんてお風呂に入れるだけマシと思っていたけどうう、ゆっくりリラックス出来るお風呂はやっぱりいいなあ。気持ちいい。
何を着るか迷ったけど、リネンのワンピースの夜着を着て部屋に出る。部屋には食事――砦内でだされるものだけど――が準備されていて、それをありがたくいただく。小さな食卓に蝋燭の明かりがオレンジに揺らめいて綺麗だ。その中でリラックスしているリオの、見える首筋にどきどきした。リオの耳でたまに私の片割れのピアスが光る。付けていてくれて嬉しい。
リオは軽めのお酒を飲んだ。私も飲むかどうか聞かれたけれど私は自重しておいた。治療術を沢山使った後だと悪酔いするんだ。
お風呂場で歯磨きしてから、ソファーに置いてあるクッションが可愛らしい月と星の模様ので、その柔らかい固まりに体重を預ける。治療術の後なのでだるだるなのだ。
気づけばリオがすぐ隣にいて。
ぎゅっと抱きしめられて、せんせぇこっち、と柔らかな寝台に運ばれ優しく下ろされる。
「だるそうだね、せんせぇ。来てくれてありがと。オレ、幸せ。――お休みなさい」
あれ、本当にただ眠るだけのつもりなの?
リオは寝台で私に抱きつきお休みなさい、と目を閉じるので、てっきり襲われるんだろうなと思っていた私は拍子抜けして、私から触れるだけのキスをした。
リオが少し驚いて、私の反応を確かめるように優しくキスを返して来て、私はそれに答える。ちゅ、ちゅ、と唇を触れさせるだけのキスの後、試すように唇の端をぺろりと舐められ、それからゆっくりと舌が入って来て、だんだんと深くお互いの舌を絡めあう。
「いいの? せんせぇ。そんな風にしてくれると襲っちゃうよ?」
「ん」私は答えをキスで返す。「嬉しい」リオは滑らかな頬を幸せそうに薄く染めて微笑む。
「ねえせんせぇ、魔力回復してる?」
「少しはね。何?」
「雰囲気ぶち壊して悪いんだけど、オレ自分でち〇こ切るから治療頼んでいい? それで、くっつけるんじゃなくて新しく生やしてくれる?」
「ちょっと待てい!」
斜め上過ぎてちょっと理解が追い付きません!
「ほら、せんせぇの治療術って古い傷だろうが火傷だろうが綺麗に治るでしょ? せんせぇに会う前、オレの体には結構古い傷が沢山あったのに今じゃもう全身ぴかぴか。
治療されてせんせぇに生やしてもらった部位はせんせぇに貰ったものだって感じるっていうのは前言ったじゃん? 綺麗に生まれ変わったような気になれる。オレの全身はもう殆どせんせぇから貰ったものだよね、でもここはまだなんだよね。
オレ、孤児だったから 弱かったガキの頃は生き残るために何でもして、男娼して体売って色々汚いからさ、そんなものを女神様に使うのは後ろめたいって言うかー。
だからちょんぎって新しく生やして貰えばオレがオレを許せるんじゃないかなーなんて。オレ腕とか足とかよく無くすけど流石にちんこ無くした事ないし……駄目?」
「あんたそんな事考えてたのっ!?」
がばっ、と私は勢いよく起き上がってリオの上に馬乗りになる。驚いてだるさがふっとんだわ!
「汚い訳ないでしょう! あんたは全人類を守っている切り込み部隊の最強の狂戦士でしょうが! あんたは偉いの尊いの! 体売るのが何よ! あんたがそうして生き残らなきゃ今頃この砦は魔物に負けて陥落して全人類いなくなってたかもよ!? そうしてまで生き残った自分を自分で愛してあげてよ!」
あーもうこの子は! この子はぁっ!
リオは目をまん丸気味にして驚き固まっている。
「え、でもでも、オレ、ガキの頃は夕飯食いたいが為に男と寝たり、盗賊に攫われて全員の相手する羽目になったり、ここの軍にも一人昔の客がいたりさそいつもう死んだけど。色々凄い汚いよ肉便器だよ、嫌でしょせんせぇ」
「汚くない、嫌じゃない」
無理矢理キスをして黙らせる。
「二度と肉便器とか言わないで」
「っうわ、駄目、せんせ」
「あたしだって、あんたが好きなんだからねっ!」
じたばたもがいていたリオの抵抗がぴた、と止まる。
「え、うそ、嬉しい」
「リオは綺麗だよ、いつも素っ気なくしててごめん、優しくしてくれてありがとう。好きだよ、大好き」
そこまで言って、くらりと眩暈がおき、リオの上にまたがったままくたりとくずおれる。むかついたから私からリオを襲おうと思ったのに治療術後の疲労に勝てなかったようだ。
「ああせんせぇ、治療の後なのに無理するから」
リオが私を寝台に横たえて見下ろす。影になって表情が見えない。
「大丈夫? せんせぇ」
「大丈夫」
「じゃあ、せんせぇ」
「ん」
「遠慮なくいただきます」
結局、リオにおいしくいただかれた。
* * *
――朝。
「おはよう、せんせぇ、リツカ」
律花。
「……私の名前」
この世界で、誰にも発音してもらえた事のない私の名前を呼ばれた。
「ずっと練習してたの?」
「好きな人の名前はそりゃあ呼びたくて何度も練習するよねぇ」
ベッドの上で二人で寝転がりながら、恥ずかしさを伴うくすぐったさで笑いあう。私の名前はこっちの人が発音するとリッカとかリカとかになってしまっていまいち悲しかったので、ついたあだ名の『先生』で通していたのだけれど。
一生懸命練習してくれたみたいで、それがとっても嬉しい。たかが名前だけど、されど私の名前なんだなあ。読んで貰えて嬉しいと伝えて、リオに顔を寄せくっつけて、お互いの暖かさを感じながら幸せに浸っていた。
「……子供、出来ちゃうかもね、せんせぇ」 なんてったって随分美味しくいただかれたからね!
「いいよ、子供が出来たら独りで育ててあげる。治療術士は需要があるもの、それ位は出来るよ」
「待って、なんでオレがいない設定なの」
「悪いほうに考えていれば自分を守れるから?」
「分かるよ、でもオレはずっとせんせぇの側にいたい。いるからね」
「リツカ、リツカが好き、オレと結婚して。前何かで言ったみたいに家を買おうよ。屋根が赤いやつ。で、犬を飼って、子供を沢山作りたい」
「……私もリオが好きだよ、でも、でもあんまりリアルじゃない」
討伐数一番君はそれが出来るだけのお金があるんだろうが、やっぱり、この子はそのうち死んでしまうと考えてしまう。
「もう! オレは死なないよ、せんせぇを見つけたから」
分かった今はそれでいいよリツカ。でもすぐに信じさせてあげる。リオはそう呟いて、何かを企むような悪戯な笑みを浮かべてから私にちゅっとキスを落として、朝の稽古に向かう準備を始めた。
++++
それから数日後、私に何も言わずにリオが消えた。他にも正規軍の実力派何人かと筆頭魔術師様も。治療術士の一番総合能力のある男性もいない。
リオと仲のいいタングルを問い詰めたら何かの任務だって聞き出せたけど、なんで傭兵のリオが軍の任務に駆り出されるのよ。しかも狂戦士なんて絶対任務向きじゃないでしょ。戦場本体で多数を狩る役でしょ。だいたいなんで何も言わず行ってしまうのあの子は! 普段はしつこい位にまとわりついてくるくせに!
心配と寂しさを紛らわすためにぶちぶちぶちぶち、他の治療術士さんに愚痴ってみたりして。
そしてそれから。
筆頭魔術師様が、魔物が産まれ出て来る『闇の渦』を消し去ったという知らせが届き、砦が湧いた。それどころかこれから全人類が湧くだろう。凱旋する英雄たちを盛大に迎えるために砦全体が忙しい。けれどみんなとても感激していて浮きたっている。だって、これでもう大規模な魔物の襲撃は無くなるのだ。
筆頭魔術師様ご一行が凱旋し、その一団にリオの姿を見つけてリオも私を見つけてくれて。凱旋なんだから一団と一緒にいなきゃいけないだろうにリオは笑ってこちらにやって来る。
どうしよう、まず何を言おう、頭の中がぐるぐるしてたけど、笑顔でふわりと抱きしめられて。
「ねえせんせぇ。オレ、貴族になるんだって。今回の褒章で男爵位を賜るんだ。領地とかはないけどお屋敷も賜れるみたい。それで国軍に所属して騎士になるんだって。オレがだよ、笑っちゃうよね」
人前だから言わないけど、オレがだよ、の言葉には元男娼のオレがだよ、という自虐が込められていると思う。
「……それだけ頑張ったんでしょ?」私はリオを見上げて答える。リオはちょっと痩せた。
「うん」
そして青い目が私を真っ直ぐに捉えて。
「もう魔物はほとんど出なくして来た、これでもうオレは死なないよ、愛してる、結婚してくれる? リツカ」
私はぽろぽろと鳴きながら頷き、愛してると彼に告げると長い長い口付けをされた。
――お帰りなさい、リオ――
――ただいま、リツカ――
リオの耳のピアスの片割れは陽の光を浴びて輝いていた。
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