order-18
「おはようございます」
連休明けの朝。一昨日ぶりに聞くアリスさんの声。
「あのアリスさん?起こしていただけるのはとてもありがたいんです」
「はい」
「何でまた包丁をもったまま…」
「察してください」
「刃物持ったままマウントポジションとられてるこの状況から何を察しろと」
「料理中なんです」
俺をだろうか。
放課後の職員室というのは賑やかなものだ。数多の生徒や教師たちがあわただしく動いている。
「失礼します」
俺は合宿も終わり、丁度いい区切りなので入部届けを提出しに来ていた。
「えーと、手芸部の顧問の先生は…」
「顧問の旗手です」
ウソだろ。
「先生手芸とかするんですか?」
「失礼ですね。これでも編み物は得意です」
黒光りする剣の鞘。
確かに裁断は得意そうだけども。というかこの人職員室でも帯刀したままなのか…
「校則と部費の範囲内で活動してください。主な活動内容は長月さんから説明があるでしょう」
「わかりました」
「困ったことがあれば言ってください。特に干渉はしませんが私も顧問です。不祥事の責任くらいはとりますよ」
「先生…」
視界にちらつく日本刀。職員室の空気が凍った。
前回の反省を踏まえ、今度はきちんとノックしてから扉を開ける。
「失礼します」
「わお、ほんとに来た」
「ほんとに来たって」
以前と違い、部室には先輩以外に女性がもう一人。
「長月先輩、この人は?」
「あ、紹介しますね。この子は大家章と言って私のクラスメートです」
「大家章って確かこの学校の…」
「生徒会長だよん」
「…」
緩めのリボン、はだけたブレザー、ボサボサのくせっ毛。生徒会長と聞いて誰しもが思い浮かべるそれとは大きく異なる。それもオシャレというよりは単に面倒くさいから着崩している感じだ。
本当に生徒会長なのだろうか…?
「山下くん、だよね?君は手芸部に入部したってことでいいのかな?」
「はい。入部届も出しました」
「…!」
嬉しそうに跳ねる先輩の姿を見ると何だかこっちまで嬉しくなる。
「良かったね、輝夜。あんた最近上の空だったもんね。ずっとこの子のこと気にし…」
「ああ章!」
「わかったわかった。わかった」
あわただしく出ていった。部長って忙しいんだな。
「いっちゃったね」
「そうですね」
「ところで山下くん」
「もう少し後ろに下がって、扉から離れて」
「?」
扉の向こうには妙な人だかりが出来ていた。
「入ってきなよ…『月の使者』!」
「「「やはり…気づいていたか」」」
その瞬間、扉がそっと丁寧に開けられると同時に数十人の男子生徒が部室に入ってきた。襟章は緑、長月先輩と同じ二年生だ。
何だこれ、何なんだこれ?開いた口がふさがらないとはこのことだ。状況がまったく飲み込めない。
「山下くん」
「…はい」
「自己紹介がまだでした。私は『月の使者』会長の林永八と言います。以後お見知りおきを」
物腰は丁寧だった。
「あの、何者なんですかこの人たちは?」
「まあ簡単に言えば、長月輝夜のファンクラブ、みたいなものだね」
「そんなものではない!我々はいわば自警団!下心丸見えの野郎から長月さんを守護する者だ!」
「「「「「「サー、イエッサー!」」」」」
気味が悪いほど統率された動き。もはやファンクラブというより。
「軍隊…」
「否定はできないね」
「ところで山下くん!君に話がある!」
嫌な予感しかしない。
「…手とかつないだ?」
何その質問!?
「いや、何でそうなるんですか…」
「だ、だって何かチラシ配ってる時いい雰囲気だったし、そういうことなのかなーって」
「勘違いですよ…俺はそういうつもりで長月先輩と接したことはありません」
「一度も?」
「一度も」
「「「君ちょっと変だね」」」
あなたたちだけには言われたくない。
「そんなに言うなら入りましょうよ手芸部に」
「え、いやそれはちょっと」
急にざわつき始める月の使者。
「あの長月さんと同じ部活…」
「恥ずかしくて一言もしゃべれねえよ…」
「冷えピタシートが足りねぇ」
なぜここまでアクティブに行動できて同じ部活ってだけでシャイになるのか。考え方の方向性がぶっとんでるよ。
「じゃあお前に下心はないんだな?」
「そうですよ」
「でも下着は見たよね」
「「「「処刑」」」」」
大家先輩ぃぃ!!!?
「ちょ、落ち着いてください!?」
「黙れ下郎。貴様に慈悲はない」
「どこから出したんですかその松明!?待って!学校で火炙りは良くない!」
「ちっ、やっぱりこうなるか」
「先輩どこからリボルバーなんて出したんですか!?ていうか予想出来たんなら何で言ったんですか!?」
「うっかり♪」
「うっかりじゃ済みませんよ!」
一触即発となったその時、
「お待たせしてすいません」
長月先輩が帰ってきた。