order-14
「よし卓弥、部屋を移動するか」
風呂からあがり、あとはもう寝るくらいしかやることがないと思っていた時のことだった。
「いやいや何言ってるんだよ来斗、お前も見てただろ?抜け出したりしてみろ、先生の刀の錆になるのがオチだよ」
「もちろん知ってるさ。僕なんてさっきチビりかけたんだから」
「今も足震えてるもんな」
「そそんなことななな」
「落ち着け」
トラウマ植えつけられてんじゃねぇか。大丈夫じゃないのは明らかだ。
「やめとけって。どんだけ行きたいんだよ」
「いや、ここで諦めるわけにはいかない!男には、やらなければならない時がある!」
「少なくともそれは今じゃないと思う」
まったく止まる様子はない。そうこうしているうちに寮のフロント付近まで来てしまった。ここまで来たらいよいよ見つかってしまう。
「あれ?」
来斗の足は玄関とは反対方向へと向かっていた。
「なぁ来斗、これってどこにむかってるんだ?」
「確かオリエンテーション合宿のしおりにはこう書いてた、他の部屋への移動を禁止とする、って」
「…まさか」
「つまり!外に散歩しにいくことは禁止されていないのだ!」
苦しい理論だなぁ…。まあ、とりあえず寮の外には出れたわけだが。
心地よい夜風の吹く暗闇の中に彼女はいた。
「朝ぶり、ですね」
九条アリス、花壇が設置された開けた庭の真ん中で一人佇む。気づけばいつの間にか来斗はいなくなっていた。
「どうしてここに?」
「いえ、特には。ただ歩村につれられてきました」
辺りは暗く、端に設置された数本の外灯が薄暗く庭は照らすのみ。彼女の表情は読み取れない。
「あ、レクリエーション優勝おめでとうございます」
「いえいえ、あれは山下さんがのろまだったからで、私は何もしておりません。卓弥さんがのろまだっただけで」
「二回も言わなくていいです」
家だろうが外だろうが辛辣極まりないなこの人。
「…あの時」
「はい?」
「抱き合ってましたね。林檎さんと」
「いや、あれはほんの事故で…」
「そのわりには満更でもないって感じでしたね」
なぜ俺はアリスさんに怒られてる感じに…?
「だからその…罰としてわ、私を…抱きしめて…ください」
「え?」
「さあ」
そう言ってこっちに向かって腕を広げるアリスさん。私の胸に飛び込んでおいでー、といった感じに。
いやいや何でだ。何がどう罰なんだ。まったく意味がわからないぞ。
「ふっ、やっぱりヘタレの山下さんにはできないでしょうね」
鼻で笑われた。そこまで言うのなら…いやいやムリムリムリ!林檎から来られるのも結構きついのに自分からなんてなおさらだよ!
「…山下さん」
「なんでしょう」
「用事を思い出しました」
用事?まあ消灯時間ギリギリにわざわざこんなところにいるんだ、用事の一つくらいあると考えるのが普通か。
「弁当…」
「はい?」
「お弁当…どうでした?」
お弁当
その言葉を聞いて思い出すのはお昼のことだけではなく、ついさっき、腕を広げた彼女の指に貼ってあった絆創膏だった。
「不恰好で…あまり綺麗には出来なくて…その、すいません…やっぱり」
「アリスさん」
「はぃぃいっ!?」
「俺も一つ、言い忘れてました」
言われたとおり、アリスさんを抱きしめて言う。
「ごちそうさまでした」
「…!」
伝え忘れていたのは、そんなありきたりなセリフ。
絆創膏は朝からあった。普段なら料理で誤って手を切るようなミスはしない。しかし俺の荷物の準備で少し焦り、弁当を作る時に切ってしまったのだろう。
「あ、あああすいません!!」
ようやく我に返り手を離した。
「いや、そのですね、勢いでやっちゃったっていいますか、母さんが亡くなってから弁当なんて食べられてなくって嬉しかったといいますかですねその…!」
しどろもどろになる俺をよそにアリスさんは動かない。
やはり言われたからといって抱きつくのはよくなかったか。顔を真っ赤にしてご立腹。あと熱がすごい。
「あの…アリスさん?」
「山下さん」
「何でしょう!?」
「弁当…また作っていいですか…?毎日とはいかないですが…」
「は、はい。お願いします」
「わかりました」
アリスさんはいつもの無表情に戻っていた。謎の熱気は収まっている。
「とりあえず青酸カリ買ってきます」
「何に使う気ですか!?」
余計なノルマ達成を達成し、彼女は帰っていった。




