order-11
「あ、おはようございます」
高校生活二日目の朝。アリスさんが朝ご飯の支度をする音で目が覚める。
時刻は6:00、少し早めだが良い時間だ。
「起こしてしまったみたいですね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「やはり永遠に寝かせ何でもないです」
「今何を言おうとしたんですか…」
アリスさんは振り返りまた支度に戻る。
時間が時間だからだろうか?部屋には蒸気をあげる炊飯器と包丁の刻む音だけが響いている。やはりメイドのいる生活にはまだ馴れないが、その音には妙な安心感があった。
「それで今日、手芸部には行くのか?」
「そのつもりだけど?」
学校に着くと、教室にはすでに来斗が来ていた。
「君のとこに来てるっていうメイドさんは何て言ってた?」
「ああ…」
学校への通学路でのこと。
「部活…ですか」
「ええ。手芸っておもしろそうだなぁと思ったので」
「そうですか」
家から学校まではアリスさんと二人だ。これからは毎日こうして登校するのだろうか。
「確かに余った毛糸のカスみたいな山下さんにはぴったりですね」
「余った毛糸のカス!?」
これが毎日…。胃薬とか買っておこうかな…。
「ところで、その部活ってどんなメンバーが?」
「メンバーですか?」
「はい。どんな、女性の、メンバーが?」
なぜ女性の、に言い直したのだろうか?もしかして入部希望だろうか。きっとそうだ。
となると先輩が良い人だということを出来る限り伝えなくては。
「今は女性の先輩が一人だけですね。すごく良い人ですよ。魅力的で、部活に対して一生懸命な人です」
「今何と?」
「え?部活に対して一生懸命…」
「その前です」
「魅力的で?」
なぜだか妙に食い付きがいい。そんなに気になるなら今日、部活に行く時に一緒に
「ちっ」
「…」
「とまあ、最後はなぜか不機嫌だったんだよ。何でだろう」
「何でって君…そりゃあ…はぁ」
何だよその呆れたって感じの表情とため息は。
「みなさん席につきなさい。今日はそれぞれの係を決めます」
旗手先生が教室に現れると、教室はすぐに静かになった。
この学校は東側の本館、西側の別館という二つの校舎があり、1~3年の教室は本館にある。放課後、俺は別館1階のとある教室の前に来ていた。
手芸部と表札がかけられている。
「失礼します」
先輩はすでに来ていたが、やはり新入部員は俺だけのようだった。
「「あ」」
さっきまで体育だったのだろうか?先輩は体操服を着替えていた。厳密に言うと、着替えている真っ最中だった。
「…!!!!!」
「すすすみませ痛い痛い痛い!?」
ノックをしなかった俺に落ち度がある。
しかしせめて扉を閉めるのは俺が足を引っ込めてからにしてほしかった。
「本当に申し訳ありませんでした」
「そんな土下座までしなくても…」
故意ではないとはいえ覗いてしまった。俺も来斗のことを言えない。
「すみません…本当にすみません」
「いえ、いいんですもう!その…今日新入部員が来てくれるかなーって私が横着して教室で着替えないのが悪かったんです」
「あ、そういえば他の人は…」
「残念ながら…」
そういって目線を下にそらす長月先輩。
あの日集まったのはすべて来斗目当てだった。わかってはいたがやはり憤りを感じる。
「すみません、期待にそえず」
「大丈夫ですよ。それに、一人だって大切な部員です!一緒に部を盛り上げていきますよ!おー!」
「おー!」
しかし長月先輩はイキイキとしていた。たった一人だとしても新入部員が来るというのは嬉しいものなのだろうか。
「改めまして、ようこそ手芸部へ。部長の2年1組長月輝夜です。」
「1年2組の山下卓弥です。よろしくお願いします」
「よろしく、山下くん」
自己紹介の後、部屋全体にぐるっと目をやってみる。
カゴに入った二、三個ほどの毛糸、フェルトの小物、不自然に豪華な装飾をつけたテディベア
そして楽しそうに笑う少女達の写真。部室の中にはさまざまな思い出がつまっている。
「どうですか部室は?」
「その…何か良いですね。先輩達の様子が伝わってきます」
「良かったです」
長月先輩の何かを懐かしむようなその笑顔はこの部室が充実した空間だったということを物語っている。
「何だか二人きりで使うには広すぎる気がしますね」
「ふふ二人で…!?」
「あ、すいません。やっぱり部員は多いほうが、ですよね。もっと手芸部のことを知ってもらわないと…」
「いえいえいえ!そんなに焦らなくても、良いと思いますよ!?もうちょっとこのままでも…いや、部員は増えてほしくないってことじゃなくてその…」
「ど、どうかしました?顔を真っ赤ですよ!?」
「な、何でもないです…」