order‐10
「おえりなさいませ」
チラシ配りを終え、明日長月先輩に部室の場所とそこで説明をうけることを約束し帰宅。
アリスさんが玄関で出迎えてくれた。いつの間にかメイド服に着替ている。
「た、ただいま」
ああ、そういえばこの部屋にはメイドがいるんだった。部屋を決めた時には全く想定していなかったことだけに馴れない。
「かけておきますので制服を脱いでください。いい加減に着られている制服がかわいそうです」
毎日か…。
涙で枕を濡らす日も近いかもしれない。
「あ、あの」
「はい?」
何か煮え切らない様子で口ごもるアリスさん。
いつだって飾り気のまったくない直球ど真ん中を投げ込んでくるアリスさんにしては珍しい。どうしたのだろうか?
「…ご、ごはんにされます?おふろにされます?そ、それともわ、わ、輪切り?」
何それこわい。
これはあれか、俺がごはんにされるってこと?ていうかそれまでは口ごもってたのになぜ輪切りのとこだけ急にいつもの感じに戻るんですか?
過去に俺はこの人に調理されかねないようなことをしたのだろうか。
「えと、じゃあごはんで」
「…わかりました」
「「いただきます」」
今日のメニューはカルボナーラ風スパゲッティだ。クリーミーなソースが食欲をそそる。
正直なところ、今まで何かしらひとつは超しょっぱい味のものがあったので少し身構えたが、スパゲッティは普通においしいものだった。
「お味はどうですか?」
「おいしいです。とても」
「よかった…」
ひと安心したようだった。ついでに罵倒が飛んで来ないことにこっちも安心した。
「アリスさん確か5組でしたよね?」
「そうですが」
「実は今日、5組に行ったんですがアリスさんは見あたらなかったんですよ」
「ああ、確かに謎の人だかりができていましたね」
「あれ、来斗いわくアリスさんを見に集まってたらしいですよ?」
「そうですか」
あれ?思っていたより反応が薄い。
来斗もそうだったが、美男美女にとっては当然のことなのだろうか。まあ来斗の場合、経緯が謎の二つ名のこともあるのだが。
「山下さんは」
「?」
「山下さんは…どう思いますか?」
「ど、どう思うかって何を」
「どう思いますか!?」
「ちょ、近い近い!」
急にどうしたのだろうか、さっきとは打って変わった様子で問い詰めてくる。
どう思うか?それは注目をあびることだろうか?
それとも
「俺がどう思うかですか?アリスさんについて?」
「はい!」
アリスさんについてどう思うか?
彼女の目からは必ず聞き出すというような必死さを感じた。なぜそんなことに興味があるのだろうか?
気づけばさらに距離をつめられていた。鼻がぶつかるくらい顔を近づけてきている。
まあ、アリスさんについての思いと言えば決まっている。ここまで近づかれる必要なく。
「すごく綺麗です。その…絵に描いたように」
「!!!」
正直、言葉の暴力性とどちらにしようか迷った。
がやはり第一印象はそれだったので。学校でもあんな感じだったし間違いはない。
「そ、そうですか」
「え、ええ…」
また何か罵倒が飛んでくるかもと一瞬身構えたがアリスさんはその後、元の位置に戻り、また黙々とスパゲッティを口に運び始めた。
「あの、アリスさん?」
「…なんでしょう?」
「なんかその、急に暑くなりましたね」
「ええ、少し喉が渇きますね」
そう言ってアリスさんが水の入ったコップを手に取ると、みるみると水が蒸発していった。
何この超常現象!?というか熱源この人!?
「水を…いれてきます」
「大丈夫ですか?熱がすごそうですけど…」
「問題ありません。ついでにすこし頭を冷やしてきます」
「そ、そうですか」
しかしなぜ俺の返答にそこまで興味があったのだろうか…。
いや、答えは簡単だ。
「さすがだなぁ」
思わず口からでたのは感心の言葉。おそらくアリスさんには聞こえないくらい小さなつぶやきだろう。
些細なことでも相手のことを知っておく。
これがプロのメイド精神か…。
アリス、という名前を改めて思い浮かべるとふと小さいころのことを思い出した。
あれは確か小学生のころ。
俺にはすごく仲のよかった女の子が二人ほどいた。一人とは違う校区だったが、ちょくちょく会うことがあった。一回か二回ほどだけだったが三人で遊ぶこともあった気がする。
名前は出てこなかった。昔のことだからか?全く思いだすことができない。
ただ彼女たちはそれぞれ転校して離れ離れになってしまったことだけは覚えている。
なんだか懐かしい気持ちになった。
「どうかしましたか?」
二人とも、今頃どこで何をしているのだろうか。
「聞いてます?やっぱり頭に脳みそがつまってないんですね…」
「つまってますよ!」
現実に引き戻された。