order‐9
「用事終わった?」
「ああ」
まさか離れて暮らす昔からの友人が同じ学校だったとは。事実は小説より奇なりとはよくいったものだ。
しかしよくよく考えると、下宿先の大家さんがガンナー、部屋がメイド付き物件、公園に裸族、帯刀した先生など、相当に奇妙な状況だった。
これから大丈夫か改めて不安になるな…。
「じゃあ、帰ろうか」
「そうだな」
外は部活動の勧誘でとてもにぎやかだ。校舎の玄関から正門まで一直線の道に人がひしめいていた。
ユニフォームを着た運動部や、凝った看板をこしらえた文化部も新入部員獲得に躍起になっている。
「チアリーディング部です!よろしくお願いします!」
「…」
「どうしたんだ来斗?むずかしい顔して」
「ありだな」
「何が!?」
あまりの人の多さにライトとはぐれてしまった。どこを見ても本当ににぎやかである。
順調に部員を獲得している部、今この場で部の概要を説明する部など、そこかしこで活気にあふれた声が聞こえる。
しかし、いまいちその活気についていけない人もいるわけで。
「あの…すいませ…キャッ!」
「ああ、ごめんごめん」
あれは何部だろうか?人ごみにもみくちゃにされているようだ。
混雑の中、おそらくアメフトの選手であろう人にぶつかり地面に大量のチラシを落としてしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、どうもすいません…」
とりあえず散らばったチラシを拾う。
見るからにおとなしそうな眼鏡をかけた女の子だった。襟章を見るにおそらく2年生だろう。
「どうぞ」
「ありがとうございます…ではこれで」
チラシには手芸部と書いてあった。そして見たところほかに部員はいなさそうだった。
「あの!」
「はい?」
「手伝いましょうか?チラシを配るの」
「そ、そんな、迷惑じゃ…」
「いえいえ、どうせ帰ってやることもないので。というか、人が多すぎて出るに出られないので」
「そ、それじゃあ…お願いします」
「しっかり全部配りますよ!」
「は、はい!」
この人ごみの中、一人ではとてもさばききれないだろう。
来斗ともはぐれてしまったし、探すついでだ。
「減らない…」
チラシを受け取ってもらおうにも目の前のアメフト部の人数と体積が大きすぎる。
かといって、この混雑具合では場所を移動しようにもなかなかできたものではない。どうしたものか…。
「ここにいたのか…さがしたぞ」
しばらく配っていると、むこうから来斗がやってきた。
「ていうか何でお前がチラシを配ってるんだ?」
「いや、ここの部の人が困ってたから…」
「部の人ってもしかしてむこうの木陰で横になってる女の人?」
「ああ。この人ごみの中、ずっと一人で立ちっぱなしだったみたいだしな。俺が来てからしばらくしたら倒れこんじゃったよ」
「なるほど。大変そうだな」
「まあな。悪いけど先に帰っててくれ。まだ人はいるし、全部配るにはまだまだ時間がかかりそうだ」
しかし段々と人の流れが落ち着いてきた。このままでは一人にもチラシを受け取ってもらえずに終わってしまう。
全部配る、などと言ってしまった手前さすがにそれは申し訳ない。
「みずくさいことを言うなよ卓弥。僕も手伝うよ」
「来斗…ありがとう」
しかし手伝ってくれるのは嬉しいがどうやってこの数のチラシをさばくか…。
ところが、問題はすぐに解決した。
「はい、どうぞ、手芸部をよろしくお願いします」
「…」
来斗がチラシを配りはじめると、ズラリと長い行列ができた(女子率100%)。
「ねえ、今の人チョーカッコよかったよね!私、手芸部に入部しようかな!」
「でもあの人、別に部員とかじゃないらしいよ」
「え、そうなの?じゃあやめとくー」
「何よそれー!」
…これで良かったのかはわからないが、とにかくすべてのチラシを配ることができた。
とりあえず先輩が起きるのを待とう。
「ん…」
「気がつきましたか」
「そうだ!チラシは!?」
「なんとか全部配り終えました。まあ、ほとんど来斗のおかげですけど」
「そんなことないさ。きっかけを作ったのはお前だよ」
「そうですか…よかったぁ」
ひと安心、といった感じに座り込む先輩。立ったり座ったりと忙しい。
「でもあの感じだと正直、新入生部員はあんまり集まらないだろうな」
「ちょ、来斗…」
しかしそのセリフは来斗が代弁しただけのもの。
俺も、おそらく先輩もなんとなくわかっていた。
「この部活はね…」
「?」
「この部活は…別に強豪だとか伝統があるとかではないんです。人数だって卒業していった先輩方を除けば私一人です。でも、先輩たちに任されたんです。楽しかった私たちの部を、居場所をよろしくって…!」
そう語る先輩の目には涙がうかぶ。
「先輩」
「…はい?」
「入部届ってあります?」
「卓弥…お前」
「いいんですか?こんな人のいない地味な部に…」
「地味なんかじゃないですよ」
「!」
「たとえ部員の人数が少なくたって、強豪じゃなくたって、部のために必死になれる部員のいる部活動が地味なんかじゃない!」
「そう…でしょうか」
「そうです!俺は今日、倒れるほど懸命な先輩に感動しました!この部に入部したいと心から思いました!」
「…ありがとうございます」
今日これまでで、始めて見る先輩の笑顔。涙ぐんで少し紅くなった表情はとても魅力的だった。
「それでは歓迎します!ええっと、」
「山下卓弥です」
「手芸部部長の長月輝夜です!山下くん、明日からよろしくね!」
「はい!」