order‐8.5
その日は人生の中でトップ10に入る憂鬱な日だった。
そう、夏休み明けの始業式の日。
私にとって、学校は決して居心地の良い場所ではなかった。
昔から無愛想だ、とか何を考えてるかわからない、などと言われて煙たがられた私には学校に居場所なんてあるわけがない。
小学校から中学に上がったけれどクラスのメンバーや人間関係が大きく変わるということはないし、たとえガラリと変わっていたとしても私はやっぱりひとりぼっちであっただろう。
しかしその日は違った。いや、別にクラスにとっては大きな変化ではなかったのだが。
「~から来ました、九条アリスです。よろしくお願いします!」
転校生がやってきたのだ。
ずいぶんと綺麗な子だった。育ちの良さが一挙一動からにじみ出ていた。
きっとこの娘とは住んでいる世界が違うんだ。そうでなくても、どうせ私と話をすることはないだろう。そう思っていた。
「あなたは何て言うの?」
「…街瓜歩村」
「よろしく!歩村!」
「よろしく…九条さん」
「アリスでいいよ!」
たまたま席が隣だったからだろうか?いや、きっとそうではない。
たとえ席が離れていたとしても、彼女はいつだってひとりぼっちだった私に声をかけてくれただろう。
私、街瓜歩村はこの日初めて学校に居場所ができた。
そんな娘が恋をしていると知った時、私は応援したいと思っていたし、林檎のことだって今日知り合ったばかりだけど上手くいってほしいと心から思っていた。
「…」
でもまさかこんなことになろうとは…。
どうすんのよこの考えうる最悪の展開。まさかアリスと林檎が同じ人のことを言ってたなんて…。今改めて考えると確かに似通ったところがあったけれども。
「どうしたの歩村?顔色が悪いけど」
アリスが帰ってきた。職員室に呼ばれていたのが不幸中の幸いか。
「いや、そのね」
「聞いてくださいませアリスさん!」
「何かいいことでもあったの林檎ちゃん?」
「はい!つい先程、彼がきたんです!」
「彼って、さっき言ってた?」
「はい!」
「やったね!きっと林檎ちゃんに会いにきてくれたんだよ!」
「そそ、そうだといいのですけど…」
「もじもじしちゃってぇ!」
どうしよう、一緒になって喜んでるわ…。
「で、彼の反応は?」
「いえ、やはりまだ普通に戸惑うだけでした…」
「そう…」
「でも私は諦めませんわ!必ずや彼を振り向かせてみせますわ!」
「がんばって!林檎ちゃん!」
まずい。非常にまずい。あれよあれよと泥沼にはまってゆく。
どうしよう…。
ポポン、ポポン
私のスマートフォンが鳴ったのは、アリスと林檎が熱い握手をかわしたのと同時だった。
「ひさしぶりねライト」
「おひさーホムラ」
電話で呼び出されてやって来たのは屋上に入る扉の前。
この学校の屋上は漫画やアニメのように立ち入りができるところではなく、普通に鍵がかけられている。
だいたい二年ぶりぐらいだろうか。
源来斗、親同士の仲が良く、小さいころはお互いの家に遊びに行くこともちょくちょくあった、私がまともに話すことができる数少ない人物である。
「まったく、久し振りに会ったかと思えば顔面に右ストレート打ち込まれるとは思わなかったよ」
「悪かったわよ…」
「まあいいよ。慣れてるし」
「慣れてる…?」
どうやらしばらく会わない間に彼の身には、顔面への右ストレートが慣れで片付くほどのことがあったらしい。二年とは長い。
「何か隠したいことでもあったのか?」
「…何で?」
「お前が直情的に行動するのはめずらしいからな」
私のことをよく知っているというのもあるが、それにしたって昔から妙にするどいところがある。
そういえば、彼は教室に山下と一緒に来ていたということは仲はいいはず。
「ところでさ、ライト」
「どした?」
「相談があってね…」
「…」
すべて話し終えた時のライトの表情は特に意外なものではなかった。
「やっぱりか…!」
彼は林檎とアリスの過去以外はすべて知っていた。いや、気づいていた、というべきか。
「何で知ってるのよ」
何となくそんな気がしたがなぜかまではわからない。彼はエスパーか何かだろうか。
「九条アリスっていう名前は知ってたんだよ、んで、卓弥からメイドの話がちらっと出てきてな」
「じゃあ林檎のことは?」
「今日の朝、広音心公園で会った」
「実も蓋もない…」
さすがに林檎と会ったのはたまたまだろうが相変わらず鋭い。
しかしよくよく考えると、別にライトが鋭いとか関係なく山下が鈍いのもあるのではないだろうか?
メイド付きのアパートなんてあるわけないでしょ。まあアリスの言動も大概だけど。
「んで、あんたはどう思うの?」
「どうって?」
「この三角関係について」
「おもしろい話だなぁ…って」
ライトの目が輝く。
率直だなぁ。
「いや、おもしろいって」
「ホムラもそう思ってるだろ?」
「思うけど」
いや、正直思うよおもしろいって。でも友達が真剣になってるのにそれをおもしろがるのも…。
「そんなもんだと思うよ?」
「そんなもんって…」
「僕たちがとやかく言える問題じゃないんだし」
「…」
「ま、茶々をいれるくらいはするかもしれないけどね」
結局はそういうことなのだろう。私たちが無闇に介入してもしかたがない。
でも茶々はいれよう。
「そういえば、何で今日5組にあんなに男子生徒が集まってたの?」
あの不自然な人の集まりは一体何だったのか。
クラス全員…かどうかはわからないが、少なくとも私には理解不能だった。
「俺が5組に美少女がいるって噂流したから」
犯人あんたかい。
「じゃああんたも美人目当てに?」
「そうだけど…そうじゃないかな」
「どうしたの?こっちをじっと見つめて…私の顔に何かついてる?」
「…はぁ」
心の奥底からでたようなそのため息は一体何なのだろうか。