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「荷物は…これで全部だな」
3月某日、ついにこの時がきた。二階建ての古びたアパートで。
この春、高校生となる山下卓弥こと俺は学校に近いこのアパートに下宿する。かねてからの念願であった一人暮らし。我が新居の真ん中に寝転んで辺りを見回す。未開封のままの段ボールはそこかしこに置かれている。開けっぱなしの窓から近所の公園で遊ぶ子供の声が聞こえる。
「俺は…自由だ」
これは喜びなのか?期待なのか?顔がにやける。無性に叫びたくなる。
「自由だぁぁぁぁ!!!」
ドンドン!
「うるっさい!」
「す、すいません!」
お隣さんにしかられた。挨拶しに行く時にあらためて謝罪しよう。
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「すいませーん」
手土産を片手に隣の部屋を挨拶と謝罪をかねて訪ねる。
「はいはい、今出ますよーっと…」
そんな声がすると間もなく、その部屋の住人らしき若い女性が出て来た。
ボサボサの髪、着ているものは長めのTシャツと下着のみ。彼女は、平日の昼間から何ともだらしない姿だった。
「ん?どうしたのさ黙っちゃって?」
「…」
「ははーん、さてはいきなり美人なお姉さんに会って戸惑ってるんだなぁ?」
ふふん、と鼻をならすお隣さん。
いや(身なりを整えれば)美人ではあるのだろうが違うんですよ。俺が言葉を失った理由は別にあった。
「あのー?」
「ん?どうかした?」
「その背中に背負ってるやつって…」
「ショットガンだけど?」
はやくも心の折れる音がした。
「…」
「ふふふ、お姉さんの色気に惹かれて目のやり場に困ってるって感じね?」
こっちは血の気が引く思いなんですお姉さん。
「まあ冗談はおいといて…」
何かを横にどけておくしぐさをするお隣さん。ショットガンをどける様子はない。
「ようこそ季栄荘へ、新進気鋭のキエイ荘へ!君は」
「ねえねえよっちゃん、あれがこの間言ってたとこ?」
アパートの前の道路から小学生ぐらいの二人の子どもの話し声が聞こえる。
「そうそう!消えそうって名前のアパートだよ!」
瞬間、周囲に鳴り響く銃声が二回。音がした横に目をやると、ショットガンから煙が出ている。
どうやらお隣さんは銃を構え、目にも止まらぬ早業で子供たちの足下を正確に撃ち抜いていたようだ。
「キエイ荘だ!二度と間違えんじゃねぇクソガキども!」
容赦無さすぎだろ!怖いよこの人!子供たち恐怖を通り越して失神しちゃってるよ!
「さ、先ほどはすすすいませんでした大声出して」
「どうしたの?顔が真っ青だけど」
「これはあれです、つ、罪の意識です」
「いいよいいよそんなこと気にしなくて!君はきちんと謝ったしね!」
快活に笑うお隣さん。よ、良かった(ショットガンに目をつぶれば)いい人っぽいぞ。
お隣さんがどんな人かわかったし、そろそろ大家さんやもう片方の隣の部屋にも挨拶に行かなくては。
「これ、つまらないものですが」
「ご丁寧にどうも」
「それではこれで…」
「ちなみに君の隣は空き部屋だ。あと大家は私だからあらためて挨拶は不要だよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。だからさっさと荷物の整理を済ませちまいな」
この人大家さんだったのか。そう思いつつ、言われた通りに部屋に戻る。扉を開けたままにしていたので部屋に入るなりきちんとしめ、
「死に直結するなぁ…」
言葉には気を付けることを誓った。
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「ふぅ…」
ようやく全ての荷物の整理が終わった。元々多く物を持っていたわけでもないし、重たい家具は業者の人が運び入れてくれたのでさほど時間はかからなかった。がしかし、三時間ぶっ通しはやっぱりしんどいわけで。
「晩飯どうしよう…」
当然、今すぐ何か作る気力はないし、そもそも食材がない。出前とるほど余裕もない。
「こんな時、家政婦さんでもいればなぁ」
そんなもん雇う金ないなと乾いた笑いだけが出てくる。
「ごめんください」
二回、扉をノックする音とともに聞こえる女性の声。
誰だこんな時間に?大家さん?いや、女性の声だが大家さんじゃないな。新聞の勧誘かな?あいにく、俺に新聞をとるほどの余裕はないのだ。ここは丁重にお断りしよう。
「あのーすいません新聞は…」
「今日からお世話になります。メイドの九条アリスです」