鎖に繋がれた肉体
さて、これから私がするのは、とある少年にまつわる話だ、何、身構えることも、変に勘ぐることもしなくていい、バーの片隅で、冴えない男が酔いに任せて語る与太話、その場しのぎの笑い話さ。
と、前置きはこれくらいにして、そろそろ本題に入ろう。
その少年は、いつからか病理に繋がれていた。私が会った時にはもう手遅れなくらいにね、いや、本当に病気だったわけではないよ、ただの比喩だ。彼は本当に、鎖に繋がれていたのさ。しかしそれを苦にしている様子はなかった。それどころか、私に笑いかけるなんてことまでしたのだからね。
私は聞いたよ。
「辛くないのかい、君」
彼は答えた、
「いいえ、辛くはありません、体の自由が無いだけで」
「誰が君をここに繋いだんだい」
「僕を愛する一人の人間が」
「そうか、その人間は君の心の自由は奪えなかった、いや、奪わなかったのかな」
彼は、わからない、と言うように首を横に振った。彼を繋いだ人間は、もうこの場所にはいないようだった。ただ、彼の肉体に食い込むことはない鎖を見て、愛が歪んでこそいたが、優しい人物だったのだろうと思った。
「君は美しいね」
それは素直な感想だった。鎖に縛られ、移ろうことのない彼の肉体は傷一つなく、均整のとれた造形は誰をも魅了する。賛辞の言葉だったのだけれど、彼は首を振って否定の意を示した。
「人間は、僕の心を縛らなかった、果たして僕の心は、美しいまま変わらずにいられたでしょうか」
「私にはそれを肯定できないが、さっき君を美しいと言ったのは、客観的事実だけれど、私にはそれしか語れない、君の内面のことはわからないんだ」
君とは初対面だからね、と私は付け加えた。
「私には君の鎖を断ち切ることは出来ない、傍観者だからね、君は自由になるのを待つがいい、きっと相応しい人が現れるだろうから」
立ち上がると、彼は悲しそうな顔をした。彼をここに縛り付けた人間はひどい奴だったんだろうか、私には知る術は無い。だって、彼の傍らにある白骨死体は何も語ってくれないものね。
さ、これで話は終わりだ、え、その少年はどうなったのかだって、知らないよ、ただ、彼によく似た少年が、可愛らしい女の子に連れられて町を歩いているのは見たけどね。きっと別人さ、あんな希望に満ちた顔、私は見たことなかったもの。