#21 カフェとこころ
「でねぇ……。この前、買ったミキサーがさぁーー」
杏華はさっきから一人で喋り続けている。テーブルの上にはコーヒーカップとチーズケーキ。僕が猫舌なので、自分のコーヒーはあまり減ってはないのだが、彼女はもうすでに二杯目のおかわりをしている。今日は天気予報通り、関東地方は気温が高くて今、僕達がいるここ南青山のカフェもまだ初夏だというのに微かに冷房がかかっている。
「それは大変だったね。じゃあ、買い替えるの?」
「それはある意味、あなた次第よ。で、『あの件』はまだなの?」
杏華は身を乗り出して僕にそう言った。
「奈都也君、前に六月の初めまでまでにはって言ってたわよね。もう六月の中旬なんですけど」
「あぁ、それは……」
彼女が言ってるのは『いつ私の両親に会ってくれるの?』ということだ。杏華と付き合い初めてもうすぐ二年。数ヵ月の遠距離を挟んだとはいえ、そろそろ二人は次のステップに進むべきなのだろう。
しかし、今の僕の気持ちは杏華からは離れている。そもそも、僕が彼女を好きになったのは、彩葉さんに何となく似ているからなのだ。もちろん、そんなことを杏華に言ったら思いっきりビンタされてしまうのだがーー。
「なぁ、杏華。今日は大切な話が……」
「ねぇ、このあとどこ行く? 先週、オープンした水族館に決定ね!」
「えっ、えぇ、水族館!?」
「そうよ。あなた、天気を読むのは得意なのに私のこころを読むのは苦手なのね」
「は、ははぁ……」
杏華はいつも以上に手厳しい。まぁ、ある意味それが彼女のもつ魅力ではあるのだけれど。
「せっかくお互いの休みが合ってまだ午前十時。今日はまだ始まったばかりでしょう」
そう言った後、彼女は三杯目のコーヒーをおかわりした。それにしてもコーヒーは熱くないのだろうか。いつも思っていることなのだが、今日はいつも以上に疑問に思う。
「コーヒー熱くないの?」
「えっ、別に。私、出来立ての天ぷらもすぐ食べれるよ」
「そ、それはすごいね」
「奈都也君、何か考え事をしてるでしょう?」
「へっ!?」
「あなた、正直者だもの。顔に出てる」
杏華はそう言いながらじろじろと僕の目を見てくる。
「まぁ、いっか。じゃあ水族館であなたの『考え事』聞かせてよね」
「は、ははぁ……」
僕は誤魔化しながらそう言った。
それにしても彼女に何て言えばいいのだろうか。他に好きな人がいるなんて。それを言ったら杏華は悲しむだろうか。それはそれでいやだ。
あぁ、考えれば考えるほど出口が見えなくなってしまう。人はなぜ人を好きになるのだろうか。
「ねぇ、杏華。好きっていう感情ってなんなんだろうね……?」
「何言ってるのーー。好きなものは好きなのよ。感情に正解なんてない。大切なのは自分に正直になることよ」
「な、なんかそれ杏華らしい答えだね」
「答えなんてないわよ。私だって正解なんか分かんないわよ」
「そ、そうか。なんかありがとう」
彼女のいうように自分に正直になればいいんだろう。でも、それがある意味難しいことだということを彼女は知っている。だから……。
そんなことを考えながら、僕はさっきよりも冷めたコーヒーにやっと口をつけた。




