#16話 握れぬ右手
テーブルの上には熱々のホットコーヒーとホットケーキが二人分。それを僕は今、見つめている。彩葉さんは今さっきトイレに行き今この場には僕一人だ。
ーー彼女は今、何を考え何に期待しているのだろう……。
僕はそんなことばかり今考えている。僕達以外に客のいない店内は驚くほどの静寂に包まれていて物思いに耽るには絶好のコンディションだからなのも理由のひとつだ。
ーー僕には東京に彼女がいる。
ーー彩葉さんにもお付き合いしている男性がいてその男性にプロポーズされている。
もちろんこの事実に変わりはない。
でも、今の僕の気持ちはどうだろう。正直、今の僕は彩葉さんに惹かれている。十年ぶりに再会した彼女は大人の魅力に満ち溢れていていやが上にも僕の視線をひいてしまう。これは恋愛感情と呼べるものなのだろう。でもだからと言ってどうすればいいのか……。もう少し早く彼女と再開していたらなと思うがそれは贅沢な望みだろう。
今、自分にできること。
それはーー。
***
「ごめん、待ったーー。携帯がなっちゃって」
薄い赤色のポーチを右手に持って彼女は帰ってきた。急いで帰ってきた風を装ってはいるが、その表情はいつもと同じ落ち着いている。
「電話、誰から?」
「言わないとダメ?」
「いや、別に……」
言葉ではそう言ったがなぜだろう、とても気になってしまう。今の僕の感情は何と言葉で言い表せればいいのだろう。
「何か顔赤いよ。ダイジョウブ? 急な風邪?」
「だ、大丈夫だよ。考え事をしてたからだよきっと」
よくわからない言い訳をしながら僕は平然を装った。心の中で落ち着けと自分に言い聞かせながら。
「さぁ、食べましょうか。プラレタリウムが始まるの一時間後だって」
「う、うん。そうだね。その前に彩葉さんひとつだけ聞いて良い?」
「『ひとつだけ』なら良いよ」
「今のところはひとつだけ。また聞かせて欲しいんだ。彩葉さんの星の話」
「星の話ーー。部室でよくみんなで話してたやつ?」
「違う。彩葉さんの卒業式当日、最後に部室で僕に話してくれたあの話」
その時、僕は思い出していた。そして記憶が過去に戻る。あの懐かしい校舎の香りと共に。




