#2 テーブルとコーヒーと
「でねぇ――。そこで上司の鈴木が……」
杏華はオーダーしたアイスコーヒーに口をつけながら日頃の鬱憤を俺にぶつけてくる。よっぽど腹の立つことがあったのだろう。僕はそんな彼女の一言一言に然り気無く相づちをうちながら答えている。
「それは大変だったね。でもそれほどまでに杏華は魅力的なんだよ」
「なによそれ。フォローになってないわよ」
「ははっ……。ごめんごめん」
落ち着いた時間が僕達を包み込む。こういう一時を過ごすのは久しぶりだ。
「奈都也君は少し前まで南椿島にいたんでしょ。その時の話とか聞かせてよ。なんだか私ばかりが話してばっかりじゃない」
「うーん、気象局の仕事で行ってただけだから。とりあえず一年を通じて暑いとこだよ。冬がない」
僕は手元に来たばかりの紅茶をガブリと飲み干した後、杏華の問いに答えた。
彼女は自己主張が強く一方的に話し出すことが多い。しかしあまり自分から話さない僕からすると逆にそれがありがたく感じる。今日、こうして南青山にあるカフェに来ているのも杏華に誘われたからだ。
「ところで奈都也君、『あの件』のことしっかり考えておいてよ」
さっきまで楽しそうに話していた杏華は急に真剣な瞳を輝かせながら僕にそう言ってくる。もちろんなんのことか百も承知だ。
「――。もう少し待ってくれないか。せめて六月の初めくらいまで。僕はけじめをつけないといけないことがあるんだ」
「その『けじめ』が何なのかは聞かないわ。でも私、これ以上は待てないから」
その時、杏華のグラスに入っていた大きな氷が溶けて二つに割れた。その光景がなんだかとても印象的だった。
***
杏華を駅まで送った後、僕は下宿先のアパートへと向かった。駅に近いこともあってそんなに時間はかからない。それに勤め先が借り上げているということもあり家賃も安い。個人的には良いことばかりだと思う。
――奈都也、地元に帰って来ないのか。
昨日、話した父さんとの会話を思い出す。たぶんここら辺が決め時なのだろう。
「ふぅ――」
わざとらしい深呼吸をした後、僕はポケットから携帯を取り出した。
「おぉ、奈都也か。二日連続でお前から電話をかけてくるなんて珍しいこともあるもんだ」
数コール後に出た父さんはいつものテンションで僕に話しかけてくる。その声がなんだか僕の気持ちを落ち着かせた。




