第9話 図書室と遠回り
B号棟二階にある図書室へは渡り廊下を使って向かう。ふと外を見るとあれだけ晴れていた空は雲に覆われ今にも雨が降りそうな空模様になっている。
僕の右手にはパックのコーヒー牛乳。緑谷さんへの贈答用だ。大のコーヒー好きである彼女にこれをプレゼントして部員になってくれるよう頼む。浅はかな作戦ではあるが、この計画にはそれなりの勝算があった。
「ねぇ、奈都也君。緑谷さんってどんな人?」
「一言で言うと活動的な女性ですね。夏にはキャンプに行くこともあるみたいですし」
「そう。なんだか図書委員らしくないわね」
「僕もそう思います。あっそう言えば――」
こんな感じで図書室までの道中、僕達の話題は尽きることがなかった。
***
最終下校時刻が近づいた図書室内は閑散としている。いや、むしろ誰もいない。
「あれ、誰もいないのかしら」
キョトンとした表情を浮かべながら彩葉さんはそう言う。
「あれ、変ですね。図書委員はいるはずなのに」
もう帰ってしまったのだろうか。いや、それにしてはおかしい。電気もついたままだし……。
「私、奥の準備室を見てくるわね」
「わかりました。僕は一通り室内を調べてみます」
こうして僕達は手分けして探すことになった。
比較的広くて本棚によって細かく区切られた室内はまるで迷路のようになっている。このあたりで蔵書の入れ替え作業をしているという可能性もあるなと思いながら俺は一歩一歩先へと進む。
棚から次の棚へ。緑谷さんはいるだろうか――。
しかし、残念ながら彼女の姿はなかった。
***
「ふぅ――。いない」
一通り室内を調べた後、僕は一言そうつぶやいた。どうやら予想は外れたようだ。
「奈都也君。残念だけど彼女は今日この場所にはいないわ」
振り向くとそこには悲しげな表情を浮かべた彩葉さんがいた。
「えっ――。じゃあ緑谷さんはいまどこに?」
「今日はバイトですって。奥にいた図書担当の綾川先生がそう言ってたわ」
「そう……。ですか」
緑谷さんは図書委員とバイトの掛け持ちか。なら天体観測研究部に入部は難しそうだ。
「奈都也君。残念だけど……」
「そうですね。でも、仕方がないです。他を当たって見ましょう」
こうして僕達二人は図書室を後にした。
***
「あ……。雨降ってきたわね」
ため息をつきながら彩葉さんはそう言った。
今日はもう帰ろうと決めてエントランスまで来たのはいいがその時、大粒の雨が降ってきてしまった。周りを見渡すと生徒の姿はない。どうやらほとんどの人達は帰ってしまったようだ。
「そうですね。天気予報外れましたね」
「ちなみに奈都也君は傘持ってきてるの?」
「折り畳み傘があります」
「そう。なら駅までエスコートしてくださる?」
「えっ……。あぁ、いいですよ」
こういう時はお互い様だ。家に帰るには少し遠回りになるが。
「相合い傘みたいな感じになるけどいいの?」
「別に……。いいんじゃないですか」
「そう。なら行きましょうか」
明日は明日の風が吹く。でも……。果たして明日までに一人の新部員を入部させることができるのだろうか。
その時、漠然とした不安が初めて心の中で生まれた。