プロローグ~何も無かったそぶりをして~
四月も終わりに近付いた河川岸。美しく咲き誇っていた桜は散ってしまい、今は葉桜へと変化している。下を流れる河の流れはとても穏やかで、その場所で静かに時を刻んでいる。ちなみに天気は快晴。吸い込まれそうな青空が僕を見下ろしている。
――これが僕が見ているいつもの景色。
ちなみにこの細い道を利用している人は誰もいない。まぁ、狭いし危ないし正規の通学路ではないから当たり前と言えば当たり前だが――。
この道を少し進むと比較的広い空き地に出る。そして、その先には僕が通う高校があった。
「ふぅ――。休憩休憩」
リュックを下に置いてアスファルトの上に座る。後ろの傾斜が少々急ではあるが、今現在腰を痛めている僕にとっては逆にこれが楽な姿勢でもあった。むしろ逆に草がクッションになって気持ちいい。
「一時間目の授業サボろうかな……」
目を瞑ると蒼い世界が瞼の裏に映る。この世界には何も無い。ただ蒼い色が広がるばかり。ここは日々の喧騒を忘れられる貴重な場所。入学早々に授業をサボるのは印象が悪いなと心の底では思いながらも気が付くと僕は夢の世界へ旅立っていた。
***
どのくらいの時間がたったのだろうか。瞼は重くなかなか開くことができない。それにしてもなんだか良い香りがする。これは香水だろうか――。でも僕は香水なんてつけていない。
「あなたよくこんな場所で寝れるわね。逆に感心するわ」
「えっ!?」
僕の他には誰もいないはずなのに隣から声が聞こえた。不意な状況の変化に驚きながらも僕は視線を隣に移す。そこには一人の制服姿の女性が立っていた。一目見た時の印象は――色白だな。たぶんそんな感じだったと思う。
「私ここを通りたいの。のいてくれる?」
「あっ――。は、はい」
「あと、下に落ちないでね。私経験あるから」
「は、はい」
――この人、一応僕に気を使ってくれてるのかな。それにしてもまさか俺の他にこの道を使ってる人がいるなんて……。そんなことを考えながらも俺はこの先の空き地に向かって進んだ。
***
「のいてくれてありがとう。そう言えばあなた学校にものすごく遅刻してるわよ」
空き地に出て早々、彼女は手を組ながら僕に向かってそんなことを口にしてきた。腕時計を確認すると今の時刻は午前十時半すぎ。もう二時間目が始まってる時間帯だ。
「あぁ、本当だ。でも別にいいですよ」
「そうなんだ。度胸あるのね。二時間目の数学担当の鈴木先生ってものすごく恐いのよ」
まるで知っている風な口調で彼女はそう言った。そう言えば彼女の着ている制服は僕と同じ緒海商業高校のものだ。だとしたら彼女も遅刻しているのではないのか――。
「もしかして同じ高校ですよね?」
「だとしたらなんだって言うの?」
ヤバい。逆に質問をされた。まぁ、たしかに彼女の言ってることは部分的にではあるが正論である。
「いや……。ちょっと気になったもので」
「制服を見ればわかるでしょ?」
「あっ――。はい、その通りです」
彼女の切れのある鋭い眼差しに圧倒されながらも僕は何とか一言、言葉を返した。
これが僕の人生を変えた一人の女性――夏宮彩葉との唐突な出会いであった。