開聞岳
しとしとと、朝から雨が降りこめていた。
さてどうするか。開聞岳は低い山なので急ぐ必要は無い。修三たちは朝風呂に浸かりながら、雨天を眺めた。雨具の準備はある。しかし求めて雨降り登山をしたくはない。眺望が悪ければ何も楽しくない。
あきらめて温泉に入って終わりという選択肢もあるが、さすがにもったいない。先輩と相談し、とりあえずタクシーで登山口まで向かう。途中のコンビニで弁当とおやつと飲料水を買う。
薩摩富士とも称えられる開聞岳が畑の向こうに見えてきた。3月に来たらその麓は一面の菜の花だという。今日はどんよりとした空色に包まれて不穏な表情で鎮座している。
朝9時半。開聞岳の登山口に着いた。森の表情が特徴的である。九州北部と違うのは勿論だが、昨日歩いた霧島連峰ともまた雰囲気が違う。明らかに南国風の草木に、雨露がしたる。
しばらく様子を見たが、雨脚はたいしたことない。無理は絶対しないということを前提に、修三と先輩は登ることにした。二人は雨具を着た。そこで修三は気づいた。
「先輩!なんですかそのカッパ」
それは地方の自転車通学の学生が着るような、クリーム色のゴワゴワと固い雨ガッパだった。修三も学生時代には着ていた。とても登山時に使うような代物ではない。
「えー、駄目かな?」
「うーん、うーん、駄目とは言いませんけど、歩きづらくないですか?」
「あー、大丈夫かな」
「はは、まあ先輩が良いなら良いですけど」
開聞岳は1000mにも満たない低山で、登山道はぬかるみから始まった。水溜りから奇怪な形の根が盛り上がっている。雨は次第に緩やかになった。湿度が高い。カッパの中が蒸れて仕方ない。
修三が先を行き、先輩はあたりを眺めながらのんびりと歩いてくる。樹々が茂り全く眺望が無い。鳥の声が聞こえる。海の臭いが時折する。
5合目。ベンチが置かれ、海側の樹々が切られて見下ろすことができる。いつしか雨はやんでいた。曇天で太陽は見えないが明るくなってきた。森の中は湿気が満ちて風も無い。何もかも濡れているからカッパはそのまま。
さらに進むと起伏が激しくなってきた。岩や幹を掴む場面が増えてきた。海の見える場所が増えてきた。
何度か休憩して先輩が先頭に立ち、修三は下から見上げて笑った。
「先輩!カッパの股のところが破れてますよ!」
「あー、ちょっと破れたな」
「あっはっは、カッパの意味が無いですよ。脱いだ方が良いんじゃないですか」
「あー、このままで大丈夫だよ」
「あっはっはっはっは。なかなか素敵な破れ方ですよ」
登山開始から2時間ほどして登頂できた。最後はかなりの急斜面だった。雨は止んだが曇天で、20キロ四方程度の視界しかないが眼下に海原が広がる。ゴツゴツした頂上の傍らには天皇陛下登頂記念の碑が建つ。予想外に多くの登山者がそこで休んでいた。緩やかな風が吹いている。
修三と先輩は記念撮影して昼食にした。しばらくすると先輩が紹興酒の小瓶を二つ取り出した。朝のコンビニでこっそりと買っておいたらしい。
「乾杯」
「乾杯、ありがとうございました」
下山後、海辺の砂蒸し温泉に入った。修三は2回目だが先輩は初めてだった。熱くて重い海岸の砂に埋もれてほっと一息。すべての汗が吸い取られ、新しい汗がまた吹き出してくる。海岸の向こうに先程登った開聞岳が見えた。
ところで砂蒸し温泉の後背、断崖上にも温泉がありこれも入浴。まさに断崖の露天温泉であった。湯船の周りには草原が広がり、裸の男たちが寝そべっている。ふむ、これが裸族の王国か。水平線が見える。はるか遠くにタンカーが見える。錦江湾の石油備蓄タンク群へ向かうのだろう。本当にこの風呂は素晴らしいな。
どぷん、と湯船に浸かり先輩がつぶやく。
「あー、これは良いなあ」
「御意」
「?、何のこと?」
「ああ、それはですね」
夕方の電車で、桜島を眺めながら鹿児島中央まで戻り、それから新幹線で北上、帰還した。




