57.姉降臨
翌日、寝不足気味な目を擦りベッドから這い上がる。
なんでこんな寝不足なんだっけと、昨晩のことを思い浮かべすぐさまなかったことにする。
あのときは危なかった。
あの川向こうにいる女の子が走馬灯に現れてくれなかったら一線を越えるところだった。
……………走馬灯は死ぬ寸前の話じゃなかったっけ。
食堂で皆と朝食を食べる。
その時にアイリと何度か目が合ったが先に向こうが顔を赤くして目を背けてしまう。
もちろん俺も少し顔が赤くなりエリサたちが訝しげな目で何事かと訴えてきたが何もないと目で返す。
同棲するとアイコンタクトで意志疎通が可能になる。
これ豆知識。
「そういえばさ、ロネの実家もこの街にあるんじゃないのか?行かなくてよかったのか?」
ふと思い出しロネに尋ねてみた。
ロネはそれに対し
「大丈夫だよ。むしろなんでまた帰って来たんだ!て怒られちゃうよ」
方向音痴のせいで怒られることがわかっているのなら是非とも無理な行動は控えてほしい。
こっちが困る。
「それで今から行けばちょうどいいか?」
「何が?」
「試験に間に合うかどうかの話。1年に1回しかやってこないんだろ。その試験とやらは。ここで間に合わずにもう1年待てとか嫌だぞ俺」
「大丈夫よ。馬車を使って行くから間に合うわよ」
「でも怖いのが馬車が破損で使えなくなったりモンスター出没したり――」
そんなことを話していると近くのテーブルに座っている人たちの声が聞こえてきた。
『え、馬車壊れたのか?そりゃなんでまた』
『なんでもモンスターが出現したらしいぞ。どうせ金目当ての商人が欲張ってモンスターを捕らえたはいいが操りきれずに逃がしてしまったとかじゃねーの』
『たまにいるよなーそういう調子にのった商人』
『そんでモンスターに出会した不幸な馬車は襲撃を受けた、と。乗っていた人は無事だったからまだよかったもののしばらくは馬車使えねーな』
『あれ移動に便利だったんだけどなー』
皆で言い出しっぺのロネを見る。
「え?なんで皆私を見るの?偶然だよ。偶然だからね!?」
それにしても困ったな。
馬車が使えなくなるとかタイミング悪すぎだろ。
俺が見つけたら始末してやる!
『ちなみにどんなモンスターなんだ?』
『グリアフェルトらしいぞ。高さが2m全長5m越えで全身粘着質のムカデモンスター』
今回は見逃してやろう。手当たり次第殺すのもよくないよね。
「ところでオウマはさっきから何をしているの?」
ずっと気になっていたのかエルサが聞いてきた。
俺はというと端から見れば紙に落書きを書いているように見えるが毎度お馴染みの円を書いて合成の準備をしているだけだ。
「ちょうど目の前に材料が揃っているからラッキーとばかりに合成しているだけだぞ」
「いや、材料って………」
俺の目の前には茶色のドロドロとした物体と緑色の睡蓮に似た花が並べられている。
エルサはその片方の茶色のドロドロを見て顔をしかめていた。
「う○こ?」
「イーナぁ!周りに飯食ってる人たちがいるからそれはやめようか!」
俺たちはすでに食べ終えているからまだよかった。
だが近くにいて俺たちの会話、そして物体を見た人たちが顔を青ざめて今にも吐きそうにしていた。
堪えて!皆さん堪えて!
イーナは周りの青ざめて気分を悪くしている人たちを一瞥すると先程の表情から今度は少し変えて
「う○こ」
「やめろって言ってんだろぉがぁぁ!ついでにそのドヤ顔やめろ!」
「誰か!袋と雑巾持ってきて!」
イーナの一言が止めとなり一斉に吐き出した。
今回はイーナにしては珍しく精神的なヤンを見せた。
少し方向性は違うが皆の苦悶の表情がイーナのヤンを刺激したのだろうか。
「それで、この茶色の物体何なの?」
この状況になっても冷静に聞いてくるあたりが流石エルサだと思う。
けどおかしいな。この物体はエルサから貰ったんだけど。
「本当に心当たりない?」
「ない」
「それなら言うぞ。エルサが好物のシュークリームを食べたくなり自作で作ろうとしたが結局失敗に終わり処理に困った挙げ句予備に残していたストホルドに突っ込んで自分で管理してい」
「ちょっとぉ!?何でそのこと知ってるのよ!」
元々ストホルドは俺が持ってたんだからその数が減っていたら気づくだろ。
気づいたあとバレないようにコソコソっと奪取すれば完璧。
ちなみにストホルドというのは村にいたころに合成で作っておいた高性能四次元ボックスである。
覚えてる人は覚えてるよね?
「ちょっと、待って。それ、おかしい」
「うん確かに。【合成の書】って料理の失敗作とか曖昧な物は素材にならなかったんじゃ」
「ち、違うわよ!これは失敗作じゃなくて……そう!うん」
「エルサさん、事故を繰り返すのはやめましょう?」
エルサが禁句を口にする前にアイリが止めに入った。ナイス判断だ。
ロネの言う通り素材が曖昧な場合合成ができない。
例えばブライムを作成するために白石を素材にする。だがこのとき白石を粉々に砕いて粉状にした物を使用するとどうなるか。
答えは――合成できない。
そういった感じに素材が曖昧な物となった場合は合成がうまくいかないことが数多の検証でわかっている。
「大丈夫だ。これを見てみろ」
皆に【合成の書】のとあるページを指差す。
======
『シュークリームの失敗作』+『シュークリームの残骸』=【リバイース】
TEXT~
シュークリームを作ろうとしたらう○このような物体と緑色の花ができてしまった!よくありますよね?
そのような残りカスでも素材には成り得ます!
失われし人の魂を呼び覚ますこともこれでできるかも!
======
「え、こっちの緑色の花もシュークリームなの?芸術じゃないこれ」
「これ一体何を想定しているんでしょうか………」
「どれが失敗作と残骸よぉぉ!この本をつくったやつ出てきなさいっ!」
やっぱり驚くよな。この似ても似つかぬこのう○こと花両方ともシュークリームなんだぞ。奇跡に近い。
これらを合成してつくる物って何だろうか。
「とまあちょうどよく素材があったら合成をするぞー」
いつも通りパッとやってパッと完成。
目の前には赤色に輝いている宝石が出来上がっていた。
「オウマ君、これって………」
「そういえばアイリにはまだ説明していなかったか。これが俺の【合成の書】の力だよ」
「よくシュークリームのごみくずからこんな綺麗な宝石が出来たよね。これなんて名前?」
「【リバイース】て名前なんだけど使い道がよくわからんなこれ。『失われし人の魂を呼び覚ますこともこれでできるかも!』とか言われても意味がわからん」
「蘇生薬、とか」
「それはないよ。シュークリームのごみくずから蘇生薬とかどんな奇跡が起きたらそうなるの」
「ロネ?さっきからごみくずごみくずうるさいのだけれど一緒に向こうに行かない?大丈夫すぐ終わらせるから」
エルサが笑みを浮かべていたが目が笑っていなかった。ロネを引きずりながら奥に消えていく。
ご冥福を祈る。
「ま、使いたいと思って作ったわけじゃないから適当に保管しておくわ。そのうち需要があるだろたぶん」
「……………(考え中)」
「イーナが何を考えているかが容易に想像がつくからお前に渡す気は微塵もないからな」
「……………(ガーン)」
イーナがガックリと項垂れるが知ったこっちゃない。
ここ最近イーナの考えが読めるようになってきた自分が怖い。
『でもどうすっか。ウィードに用事あったんだぞ俺。馬車無しのうえモンスターが闊歩しているとかシャレにならん』
『誰か討伐してくんねーかな。既にギルドで依頼は発行されてるみたいだからあとはミドコンドリアを見つけるだけだな』
『んじゃ気長に待つか』
近くにいる人の会話を盗み聞きするがどうやら事態は終息に近づいてるらしい。
よかったよかった。
安堵しているともうすっかり昨晩のことを忘れたらしいアイリが尋ねてくる。
「そういえばオウマ君、その【合成の書】ってどんな物なの?」
「あぁ、これはな……」
まだ詳しい話をしていなかったアイリに説明しようとするとそこに横槍が入った。
「え、君オウマって言うの?」
「あ、はい。そうですけど」
突然話しかけられ思わず敬語で返す。
声をかけてきた張本人は恐らく年上の美人だった。
思わず見惚れてしまうが髪と目の色が緑色なのを見てどこかで見たことあるなーと考え込む。
この世界じゃ髪と目の色が同じというのは珍しいのだ。エルサも髪の色は淡い青色だが目は黄色である。
美人が身を乗り出してくる。
「君がオウマ君かー。シーちゃんが言ってた通り可愛いじゃない。私はシークスの姉のシーウェン。シークスがお世話になったわね」
「……………はい?」
あのロリコンシークスに……………姉が?




