55.恐怖心
「アイリは日本人だったりする?」
俺はアイリに問いかけると驚いた表情を浮かべる。
そりゃあそうだよな。何の前触れもなくいきなりそんなことを言われたら俺だって驚く。
「段階を踏んで言うとまずゴメン。間違ってお前の部屋に入ったんだ」
あのときトイレを探してたときに入った部屋。あれはアイリの部屋だった。なぜそのような確証を持ったのかというと、物的証拠が見つかったのだ。
「そのときに見ちゃったんだけど暁高校の学生服が置いてあった。実を言うと俺も暁高校の生徒だからすぐわかったよ。だから本当のことを言ってほしい。俺ならお前の気持ちも理解できるから」
俺は返事を待つ。
そうしてしばらく待つとアイリは上を見上げて喋り出した。
「………私の本名は郷宮愛里。君が言った通り私は暁高校の一年生だったの。こっちに来たきっかけは、いつも通り過ごしていたある日に公園で休んでいたら誰かが前を通りすぎたの。その瞬間目の前が真っ白になって、そして気づいたときにはこの街にいたの」
アイリ、いや郷宮の言う通りなら俺の時と少し似ている。でも違うところもある。俺には合成の書が手元にあったのに対し郷宮は何も無しで来たことになる。いや、その前にどこか引っ掛かるところが………。
「何だ、何が引っ掛かかってるんだ………?」
「通り過ぎた男が怪しいとは考えないんだ………」
「それだ!」
「今気づいたの!?」
あーやっとスッキリしたー。
通りで何か引っ掛かると思ったんだよー。
「オウマってえーと、その………一般人より少し頭の回転が遅かったり……?」
「いいよ!頑張って誤魔化し半分で言わなくていいよ!わかってるから俺が絶望的にバカなことは!」
バカで何が悪い!別に将来的に苦労するわけじゃないし!
…………よく考えたら普通に苦労するな。うん頑張ろう。
しかし誰か、ね…………。確かに怪しいな明らかに。
「ま、それは置いといて」
「スルーした!?」
「まだ何か隠してないか?そうじゃなきゃそんなに根を詰まないだろうに」
俺が問うと再び沈黙する郷宮。
しばらくして聞いてきた。
「オウマはハンターになるの?」
「ん?なるよ。そのためにわざわざ村を飛び出してきたわけだし」
「…………怖くないの?」
「……………………」
郷宮の問いかけに俺はあえて答えなかった。
言わずとも郷宮が言いたいことが理解できた。
「今までこの世界より平和で安全で楽しく高校生活を過ごしていたのに。それなのにいきなり意味のわからない世界に来てモンスターとかハンターとか………嫌だよ。何でそんな命を賭けなくちゃいけないの?日本が平穏ならこの世界は正に弱肉強食………。立ち上がりたくもない………」
言葉の最後がかすれていた。
郷宮を横目で見るといつの間にかしゃがんで膝を抱えて踞っている。わずかに嗚咽も聞こえる。
弱肉強食………か。確かにそうだな。
きっと郷宮はずっと抱え込んでいたのだろう。誰にも相談できず想いを吐露することもできずに。
そっと俺はできるだけ優しく言葉を紡ぐ。
「俺も怖いよ。怖くないわけがない。俺だってただの一般人だから」
「だったらっ……どうして、」
「いつも誰かが俺の傍にいた」
1ヶ月間が思い返される。
この世界に来た時にはエルサの家に同居させてもらった。
シークスと一緒にダンジョンに行ったりもした。
村の皆と毎日騒ぎ遊び、一人がほとんど無かった。
自分が一人じゃないということがどれだけ楽でいられたか。
どれだけ周りに助けられていたか。
「一人じゃなかった。毎日が楽しくて……これでもいいと思えたんだ。でも、ある日を境に俺はこの日々を変えようと思った」
今でも思い出すときがある。村が盗賊に襲われた日、俺は何ができた?シークスたちは盗賊を相手に闘い抜いた。エルサは元凶まで倒した。でも俺は何もできなかった。
ただ見ているだけ。
そのときようやく気づいた。今までどれだけ皆に助けられていたのか。
「俺も皆の隣に立ちたい。一緒に闘いたい。もちろん怖い気持ちもあるけど」
もう見ているだけは嫌だ。自分でも闘えるということを証明したい。エルサの前では金がどうこうの言ったけど実際は違った。もちろん金が欲しくないわけじゃないけど弱いままが嫌だった。
「―けど不思議だよな。友達が傍にいると怖くねぇんだ」
俺はあえて郷宮に笑いかける。
恐怖なんて意味のないものだと、振り払うべきものなんだと教えるがために。
「…………いいよね。オウマ君は一人じゃなくて。私は一人だったから……」
「泣くぞ?俺は友達のつもりでいたのに」
「え?」
「俺だけじゃないさ。ロネやエルサにイーネ、皆お前の友達だよ。心配すんなって」
ここで初めて郷宮が顔をあげた。
その目は潤んでいながらもしかと俺の目を見ている。
「俺は強くはないけどお前の相談相手にもなれるし、話し相手にもなるから。誰にも言えない抱え込んでいた物を俺なら一緒に背負えるから」
「一緒に背負ってくれる?」
「もちろん」
「私と友達でいいの?」
「むしろ可愛い女の子と友達になれて光栄だね」
郷宮がここで初めて笑った。
立ち上がり俺の腕に縋るようにして顔を埋めてくる。
心臓の鼓動が速くなり顔が赤くなるのが自分でも分かるが郷宮が震えてるのを感じ冷静になる。
「ありがとう………ほんとに、ありがとぉ………」
郷宮は泣いた。隠しもせず大粒の涙を流して。
俺は郷宮を見ないようにして空を見上げた。
いつの間にか暗くなり星が広がる夜空。
この夜空は前にエルサの家の窓越しから見えていたあの夜空――絶対に生き抜いてやると決意したあの日の夜空に似ていた。




