50.浮世話
「いやぁ、楽ができるって有り難いね」
正面に座っているロネがそんなことを言った。
今俺たちは無事ビザノを出て馬車でタウネスを目指している。
「本当にお世話になります」
「いいよいいよ。ハンターを目指す子どもってのは応援したくなるからねぇ」
エルサがこの馬車を運転しているお婆さんにお礼を言う。
このお婆さんが輸送業をしている人でその帰りの馬車に有り難く乗せてもらっている。最初は運賃を出そうとしたがこのお婆さんは気前よくタダで乗せてくれた。
タダって素晴らしい。
「それにあの(・・)エルサが見られただけでも得したってもんさ」
「ん?それどういうことっスか?」
突然お婆さんがそんなことを言った。
あ、ちなみにこのお婆さんの名前はマーラと言うらしい。これからはマーラさんと呼ぼう。
しかしマーラさんのセリフには違和感を覚える。
まるでエルサのことを前々から知っているような口振りだけど………。
「エルサという名は少なくともマネニーじゃ知らない人はいない。他国でも恐れられるくらいの名なのさ」
「へー…………」
「な、なによ!」
思わずエルサを横目で見る。どうやらそれなりにエルサは自覚しているらしい。
というかエルサ有名人なのな。Sクラスにもなればそういうもんなのか?そんな俺の心境を呼んでかロネが捕捉する。
「Sクラスでも大事でも起こらない限り有名にはならないものだよ」
「しかも、他国、となると」
「うん。かなりすごいことだね」
この女性陣が心を読んでくることに関してはもう驚かん。
それにしても滅多にないこと、ということはエルサは何かしらやらかした、てことだよな………。
「マーラさん、その話もっと詳しく」
「あ、何も言わなくていいですよ!」
エルサが焦って止めようとするがマーラさんはむしろ饒舌に語りだした。運転しながらなので顔は見えないがきっとその顔は楽しげだろう。
「エルサは人類最強と言われているのよ」
「人類最強!?」
「それなら、Wクラス、は?」
「確かに。実力ではWクラスハンターのほうが上なんじゃ」
ハンターの実力は実にはっきりとしていてクラスでその強さがわかるためいくらエルサでもあくまでSクラス。Wクラスのハンターのほうが強いと思えるのだが………。
「Wクラスのハンターは5人全員が能力持ちなのは知ってるわよね」
「はい」
「でもエルサは能力は持ってないじゃない?それなのに数々の伝説を打ち立て、あらゆる記録を塗り替え、挙げ句の果てにはSクラストップとまで言わしめられる実力を誇る。純粋な能力無しの技術だけの勝負ならエルサの右に出る者はいない。だから人類最強と呼ばれている」
「生まれ持った才能かな?」
「エルサが打ち立てた伝説とかめっちゃ聞いてみたいんだけど」
どうやら想像していた以上にエルサは強かったらしい。
ほら見てみろ。当の本人は恥ずかしさのあまり耳を塞いで顔を伏せてるではないか。
自覚はしているようだからこれはこれで面白いのだけれども。
そしてそこへマーラさんの追い討ち。
「そうねぇ、伝説ねぇ。有名なところで言えば鬼神伝説というのが………」
「………………!」
エルサがマーラさんが発した言葉に体を震わせた。
なんかのトラウマでもあった?でもそれ以上に鬼神伝説ってのめっさ気になるんだけど!
マーラさん、続きをどうぞ!
「前、数ある盗賊ギルドの中でもトップを誇るギルドが2つあったの。滅す獣 (フラスト)と破壊竜」
「フラスコは知ってるぞ」
「オウマくん?フラスコじゃなくてフラストだよ?」
「オウマには、言っても、無駄」
「あ、そう……………」
フラスコ以外にも盗賊ギルドってあったのな。当然か。
それにしてもフラスコと肩を並べるほどのギルド、破壊竜、ね…………。
遭遇しなきゃいいなぁ………。俺は危険な道は歩みたくない。
「そしてそのうちの1つ、破壊竜と警界軍で大規模戦闘が行われた。今ではあの戦いを竜との境界戦と呼ばれているわ」
「盗賊ギルドなのに警界軍を襲ったの?」
「正確に言うと警界軍が破壊竜を襲撃したの。スパイを潜り込ませてアジトを突き詰めた、というわけ」
「お互いに、無事に、すまなかった、のでは?」
「そう。双方ともに甚大な被害が出てしまい警界軍が不利になったの。そこへ現れたのがそこの当時はまだGクラスハンターであった彼女なのよ」
「「「お~~~」」」
「やめて!恥ずかしくて死にそう!」
「まだGクラスハンターでありながら前線に参戦。その勢いのまま前線を押し返し単独で本拠地に潜入。そしてその結果ボスを討ち取り一人であれだけ苦戦を強いられた破壊竜を殲滅させた。これが一番有名な話かしらね」
思わず絶句して隣に座るエルサを見やる。
相変わらず耳を塞ぎ顔を見えないようにしている。
フラスコと肩を並べるギルドを壊滅?しかも単身特攻?
もう人間やめろや。
「エルサ………お前サ○ヤ人じゃないよな?」
「何よそれ!知らないわよ!というか話盛りすぎ!私がやったのは警界軍が前線を維持しているタイミングで敵本部に奇襲を仕掛けて速攻撃破しただけ!その際に数十人くらい倒したけど」
「それだけでも大したもんだな!過ごすぎるだろ!」
化け物や。化け物がおるで。
だがエルサの伝説はまだ止まらない。
「その際に盗賊に囲まれても倒し続け結果、120人倒したとか」
「数十人じゃねぇじゃん!端折りすぎだろエルサ!」
「その闘う様がまさしく『鬼』だった、と言われていてね。それでエルサの異名が『鬼神』になったのよ」
「鬼神って全国共通なん?」
てっきりミラノだけだと思ってた。皆様同様の感想を持っていたとは。すごい親近感が沸く。
「ちなみに異名は有名なハンターになれば自然と生まれるんだよね。私も欲しいなー」
「ロネの異名は『ピザっ子』でいいんじゃね?」
「それか、『行き倒れ』」
「できれば世間一般に晒しても恥ずかしくない異名がいいなぁ!」
なんだよ我が儘だな。
でも異名かー。まぁ本当にエルサ並にやらかさなければ異名なんてつかないだろうけど。
でもさ、すんげぇ中二心が疼く。刀使ってるから『侍』でもいいな。それか職業面で言うなら『合成師』とか?
夢が膨らみます。
「オウマなら、『バカ』で、決定」
「「同意」」
「ちょっと待てぇぇい!」
なんでそれになった!?というかエルサもロネも同意すんな!
「あと『金の亡者』とか?」
「君タチは異名が何のためにあると思ってるのかね?」
決して人を貶すためにある物ではないはずだ。
なんでそんなダサい異名を与えられなければならん。
「そういえばさ、さっきから気になってたんだけどいったい何の本読んでるの?」
「ん?これか?」
エルサが気になってたのかは知らないけどそんなことを聞いてきた。実を言うとさっきから俺は談笑しながら本を読んでいた。
やろうと思えばできるもんだよ。
「『自然の書』っていう本だよ」
「なんか装飾とか合成の書に似てるよね。そんな本今まで持っていたっけ?」
「あぁ、今朝村長の家でのことなんだけど―」
――――――
気になっていたことを聞き終わりさぁ帰ろうという時になって村長が突然思い出したかのように言ってきた。
「そうだ。ついでと言っちゃなんだがこれも持ってけ」
そう言うと同時に俺に放りなげてくる。顔面に。
見事に顔面にクリーンヒットし俺は右手で落ちた物を拾いながら左手で顔を抑える。
「いったい何してくれんじゃぁぁあ~~~!」
「いやーそこは受け止めるところだろう。カッコ悪いなぁ」
「そういう問題!?」
そう言いながらも拾った物を確認する。それは装飾が合成の書とほとんど相違がない本だった。タイトルは『自然の書』。違うと言えば色が合成の書が青色に対してこの自然の書とやらは緑色というくらいだろうか。
「…………これは?」
「秘伝書だ。前にアゼフから貰っていたんだが俺には宝の持ち腐れってやつだからな。受け取れ」
この瞬間俺の頭の中である考えが浮かんだ。
これは秘伝書を集めることでチート×無双が実現するのではないか、と。
キタコレぇ~~~~!俺の時代だぁ~~~!
俺が歓喜に浸っている中村長が言葉を続ける。
「とは言っても秘伝書はヴァースの人間でも一人1冊しか扱えないらしいからあんま意味ないけどな」
俺のチート×無双がぁぁあ~~~!?
俺の頭の中で思い描いた輝き未来が一瞬で崩壊する。
ダメじゃん!意味ねぇのかよ!
だがそのあと付け足すように「もしかしたらヴァースに戻る足掛かりになるかもしれない」と言われてしまいしょうがなく素直に受け取る。
その言い方はズルいと思います。
「あとはお前に得する情報と言えば『更新』くらいか?」
「更新って?」
「よくわからん。俺も曖昧にしか教えられなかったからな」
「興味が無かったの間違いじゃないか?」
「まあな」
こいつ認めやがった。
まあ自分が使えない物の説明されたって興味が出るわけがないよな。俺も絶対に聞き流すもん。
「確かある条件が揃えば秘伝書は強制的に更新されるとかなんとか………」
「Lvアップ的ななんか?」
「かもな」
どうやらそっちは期待できそうだ。
正直言って合成の書がLvアップしてもあんまり役に立つとは思えないんだけど………。
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「とな感じで?俺に得があまりなかった」
折角だから読んではみたもののこれはなんとも………
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【イシュトル】
TEXT~
これは驚きでっせ!
植えるだけであの回復薬の素材がたくさん取り放題!
品質は良とも言えないが悪とも言えない!万能型ですよ!
これは是非とも試してみるべき!
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羨ましいなぁあ!
まさかの植物系統だった!他にも固い壁になる植物や攻撃性のある植物等とかなりの万能型。合成の書より優秀やんけ。
植物を操るとかどこの漫画の能力だよぉ………。
結構な有名どころじゃねぇかよぉ…………。
しかし俺は既に合成の書を持っているため使用することはできない。
「これはまた便利な本ね………」
「燃やしてぇえ…………!」
「試しに燃やせば?」
「いや、無理」
村長が言うには秘伝書は燃やしたりすることは不可能。あらゆる手段を用いても破壊なり消失なりはできないそうだ。
実行(刀による渾身の一撃)してみたが確かに傷1つつけられなかった………。さすがに渾身の一撃をやったときは村長焦ってたけど。
合成の書で作る合成物も破壊(滅びの呪文を唱えない限り)は基本できないから同じ理屈だろうか。
「こうやってストレスは溜まっていくものなのだろうか」
「なぜ黄昏る」
黄昏なきゃやってらんないっス。
何故って?合成の書より数段優秀だからだよ。
こういうときはあれだ。俺と同レベルかそれ以下の人物を思い浮かべればいいんだ。俺より性格最低ならば少しは気も紛れるというもの。
誰がいいかな。…………………よしシークスだな。
あいつロリコンだし。それも重度の。
「そういえばシークス、今ごろどうしてんだろうな」




