35.終戦後
チッ………。
マウルは思わず心の中で舌打ちをする。
だから言ったんだ。珍しく名刀が手に入ったからって使い慣れてない武器はやめておいたほうがいいと。それなのに忠告を無視して闘った結果がこれだ。話にならない。
それにエルサが想像以上に強かった。まさかこれほどの実力を持っているとは予想だにしなかった。
自分の娘だとたかをくくってたと認めざるをえない。
床に気絶した男を見やる。
こいつは実力は確かだった。その力で幹部の座につけたのだからそれは間違いない。
ただ少しでも調子に乗ればこうだ。
情けない。こんな男のせいで全てが終わると思うと。
ふざけるな。こんなところで。
やがてそれらの憎悪は形と成す。
ザクッ。
何かが突き刺さる音がした。
それと同時に鮮血が飛び散る。
――――――
「ッッ!」
思わず顔を背ける。
あいつ……味方を殺しやがった!
どんなに敵とは言え、味方ぐらいは大切にするものだと思った。
だが現実は違った。
いらなくなったら捨てる。それは理解しがたいことだった。
エルサのほうを見れば信じられない物を見たような顔をして歪ませる。
その腕は微かに震える。
エルサは今まで我慢していた。
何か理由があったのではないか?しょうがなかったのではないか?
きっとそうだろうと信じていたのだろう。
でもこれではっきりとした。
やつも、所詮は盗賊だった。
「………………味方に対して随分なことをするんだな」
自然を装い言葉を出す。
村長はというとさっきの出来事で気絶していた。もしかして血が苦手だったのか?
とりあえず今はやつらの目的を知らなければならない。
そうじゃなければ全てが無駄になる。
「こんなやつは消えて当然だ。価値が無いやつは生きることが許されるか?」
俺は少しだけ目を見張る。
もうそこには最初に見た表情はなかった。全てが壊れたかのような面持ちになっている。
「生きるかどうはお前が決めんなよ。他人に決められて俺らは生きてるんじゃねぇんだぞ」
エルサは殺さなかった。最初の鬼気迫る表情と勢いが死を与えるものかと思っていたがしなかった。
それなのにこの男はそれも無にする。
理解したくもない。
「うるさいうるさいうるさい!そもそもお前がここにいなければこんなことにもならなかった!なぜ貴様はここへ来た!ふざけるなふざけるなふざけるな!」
男は絶叫している。八つ当たりとも言えるが何故か本当のことを言っているようにも聞こえた。
「ここへ来たって、あれか?力もないくせにこんなところにいるなって話か?悪かったな。でもお前にそんなことを言われる筋合いはない」
「違う!とぼえるな!なぜこの世界に来た!」
………………………なんだと?
男が錯乱しているだけにも思えた。だがその目は真実味を帯びている。さらに過去にあったことがこの言葉に信憑性を持たせた。
「なんでお前がそれを知ってる!?」
「当たり前だろう。この村を襲撃したのも俺が盗賊になったのもそれが目的だったからだ!」
今までの会話から中身を整理する。
この男はどうやってか知らないが俺が別の世界から来たのを知った。いや盗賊たちが知ったのか。
そしてこいつらはそれを理由に村を襲った。
正直言って全く繋がらない話だった。
「あのダンジョンに可能性があったんだ。あそこの最深部に到達さえしてれば終わるはずだった。なのにお前がいた。お前の存在が全てを無駄にしたんだ!」
男は未だ狂い続けている。
ダンジョンの最深部?そこに何かあるとでも?
だが俺には心当たりがあった。
異世界への転送。
ドラゴンの存在。
俺は最近はあまり考えないようにしていた。考えたらこの世界で生きていくことができなくなりそうで、動くことさえできなくなりそうで。
それと同時にいつかは戻らなくちゃとも思った。俺はこの世界の住人じゃない。居続けることはできない。
でも、今の自分にできたのは己の欲望を満たすこと、日々を生きることだけだった。
「お前が!お前が!」
男の絶叫はそこで止まった。
背後から攻撃を受け気絶してしまったからだ。
倒れた男を見下ろして目の前にいる者は口にした。
「とりあえず、ウザいから黙ってろ」
「……………シークス」
――――――
「…………終わった、のか?」
「終わったんだろう。謎は残ったけどな」
俺とシークスは並んで外で家の壁に背中を預けていた。
目の前では連行されてく盗賊たちと、それを連行していく人たち。
そうやって眺めていると一人の男が近づいてきた。
あの騙されやすい男だ。
「今回は迷惑をかけた」
「いや、いいよ。それにしても驚いたよ。まさかあんたが《界警軍》のスパイだったとはな。気づかなくてスマン」
「いや、こちらとしても説明が不十分だったからな。申し訳ない」
シークスが言った《界警軍》。
簡単にかいつまんで説明すれば日本で言う警察みたいなものだ。
国を超えて取り締まる機関で世界の治安を維持する役割を担っているらしい。
今回の場合は盗賊ギルドへの潜入捜査。スパイとして潜入し、行動を見るのが目的で、偶然盗賊の配属先でこの村に来ることになったのだとか。
「…………(ジー)」
「どうした?」
「いや、普通だなと」
「??」
良かったぁ。
心の底からすごく安堵する。
だってね、俺の周りの皆イケメンもいるし、イケメンとまではいかなくとも顔がそれなりにいいやつばかりだったから正直不安だったんだよー。よかった仲間がいて。
「それにしてもなんでガイジュさんはそのこと知ってたんだ?なんというか尊敬の目で見てたけど」
「それに異常な強さだぞあれは。斧を持って振り回す度に人が散っては投げて散っては投げての繰り返しだった」
うはっマジか。でもあの筋肉隆々の人がやれば確かに容易に無双してそうだ。羨ましい。
「あぁ、あの人は元《界警軍》大将だからね。あの強さは当然だよ」
大将?なんか凄そうな響き。
隣のシークスを見ると絶句していた。
何があった?
「え?ガイジュさんが大将?マジで?」
「そんなにすげぇの?」
俺は正直ピンとこない。
あれか、ワ○ピースの海軍と同じだと考えればいいのか?うん。そっちのほうが分かりやすい。
「大将は《界警軍》トップの地位なんだよ。つまりガイジュさんは《界警軍》トップだったということ」
「へぇ~~」
あれ?元師はいないの?まぁいいか、大将がトップということで。
「で、ゼンは俺たちに用があるのか?」
いつの間にか馴れ馴れしい口調になってるぞ。たぶんこいつ同年代なら誰ふり構わず馴れ馴れしいんだろうな。
「まぁ、お前らというよりオウマに用があるんだけど」
「へ?俺?」
「それいったいどうした?」
ゼンは俺の腰を呼び指す。俺の右腰には剣が吊ってありこれは最初からそうだったが今では新たに左腰に刀も吊っていた。
「戦利品」
「もとい?」
「幹部と思わしき盗賊から奪った物」
「はい没収」
「なんだと!?」
「いやそこ驚くところじゃねぇぞオウマ!犯罪者の所持品は《界警軍》が預かって当然なんだぞ!」
「普通の物なら特に問題はないが今回は物が物なんだよ。刀は世界に数本しか残されてない。さらにそこから名刀は3本しか存在しないんだよ。だから回収」
「あ、これ銘柄彫ってある。《不知火》?」
「人の話を聞けや!」
嫌だね!元から俺は戦利品と報酬金のために戦ってたんだ!これは俺が見つけたから俺のモンだ!
しょうがない。早速だが奥の手を使わせてもらおう。
「実はな………これは俺の父さんの形見なんだ、それを盗賊に盗まれて……!ようやく見つけた刀だ!もう誰にも渡したくない!」
「そ、そうだったのか……それは悪いな。スマン」
「オウマ、お前…………」
「なんだね?シークスくんやい」
「もういいや…」
騙されやすいやつは扱いやすい。
「それともう1つ報酬金についてなんだが」
「お!マジか!来ました報酬金!」
「やっぱりお前それが目的だったか!」
「最大盗賊ギルド《滅す獣》(フラスコ)の幹部も含めて賞金首が何人かいるからな………。合計850M200L。《界警軍》から迷惑をかけたということで色をつけてあるぞ」
「おぉ!いいね!分配しようぜ!」
「いや、俺たちはいいよ。それよりもこの村の修繕費に当ててくれ」
「………………」
「そんな露骨で嫌そうな顔すんな。村に結構被害が出てるんだからな。主に村長の家に」
「うぐっ」
そういえば屋根爆破したんだよな。
あれはやっちゃったな~。
「ま、村長も同じこと言ってたから聞くまでもなかったけどな。ただオウマが欲しそうな顔してたから」
「だってよ。お前分かりやすいんだよ」
「断固認めんぞそれは!」
「あとガイジュさんのことについてなんだが、あの話は内密にしてほしい」
「なんでだ?」
「いろいろマズイんだよ。公になると」
「それを言われると暴露したくなるのが人間の性」
「頼むからするなよ!?」
どんな理由があるかは知らんが今は内緒にしてやろう。
弱みを握れたということで。
「そんじゃまた会おうな」
「え、めんどくさ」
「そこは素直に頷いておけよ!?」
――――――
「うい、ただいま~」
シークスとも別れてエルサの家に戻る。
こちらには被害はほとんど及んでないから無事だった。
リビングを覗けばエルサが椅子に座っていた。
「いや~報酬金貰いそびれちまったよ。折角金が手に入ると思ったのに」
「……………………」
「そのかわり戦利品は手に入れたがな。これだけは渡さん!」
「……………………」
「え~~と、エルサさん?」
「……………………」
この空気やだ!エルサの気持ちも分からないでもないよ?
自分の父親が盗賊だったんだから!
でもなんかエルサらしくねぇよ!それに俺こういう空気苦手なんだよ!シリアス嫌い!
それでも食い下がるようにしてテーブルを挟んでエルサの向かいの椅子に座る。
「ま、あれだよな。結果皆無事で良かったよな。俺がバカみたいな作戦を立てたから不安だったけど……」
「オウマ」
とうとうエルサがその口を開いた。
さあなんだ!?「まさかお父様が……」か?それとも「あの男許さん!」か?なんでもこいや!バッチこい!
「オウマさ、いったい何者なの?」
思わず息を呑む。
一瞬で空気が重くなった。
その言葉は俺が今まで隠し通してきた真実を吐け、ということだった。




