誰もいなくても俺は穴を掘りつづけるぜ
俺はもう一週間、穴を掘りつづけている。
だんだんだんだん、深くなってきた。
真夏の昼さがり、木陰とはいえ、とてつもなく暑い。
「一体何だって、こんなことを始めちまったんだ」
ため息をついて、シャベルを土に突きさす。
俺は16歳。高校最初の夏休みを、孤独に穴掘りで費やそうとしている。
学校に友だちがいないわけじゃない。
でも休みにわざわざ会うほどの間柄じゃない。
それに、A市市内の学校まで遠く通っていたから、
中学時代の友だちたちとも切れてしまってる。
孤独だった。
友だちと出かけるふりをして家を出ては、
こうしてここで穴を掘っている。
ここは学校の裏手にある公園。
山がちなその周辺には、こうして誰の目にもつかない区画がたっぷりある。
「おお、いるね。やってる、やってる!」
木の葉の散らばった土の坂の下から、休み前に約束した通り、オカダショウタロウがやってくる。
オカダは彼女を連れている。
正直、羨ましい。
「お前これすげー掘ったな」
穴の際にしゃがみ込んでオカダは言った。彼女は少し離れたところに立って、でも、俺の掘った穴を見ている。
「馬鹿じゃねーの?」
はは、と小さく声を立てて俺は笑う。そんな言い方をされるとプライドが傷つくけれど、事実、自分だって馬鹿だと思ってやっているのだ。
「何か埋めるの?」
彼女が聞く。
俺は考える。俺は何かを埋めるつもりなのか?
「何で穴を掘ってるの?」
彼女は首をかしげてまた聞く。俺は制服を着て立っている。二人は私服で、とてもおしゃれにみえる。みじめな気分になってくる。俺は自分の持っている私服のことを考える。どれもこれも、街へ着てくるにはださすぎるのばかりだ。
「ね、謎だよな」
オカダショウタロウが言う。
「こいついきなり言いはじめたんだよ。確か、休み明けの文化祭かなんかについて話し合ってるとき。俺らやる気ねーからさ、うしろの方でだべったわけ。それでさ、何かお前ら役やれよって、NとかPとかが言ってきてさ、は、だるいし、やらねーよ、とか、はは、言ってたわけ。で、こいつも同じように聞かれてさ。やらねーよな、そんなんかったるいし、と思ってみてたの。でもさ、答えねーんだよ、こいつ。Pがその後ちかくにきてさ、ね、キワモノくん、○○を役、余ってるの、やってよ、やってよやってよ、って、言うんだよ。あほらし。そしたらさ、ふつーに無視すればいいのにこいつ、泣きはじめてさ」
オカダショウタロウが説明しているのを聞いていると、悲しくなってきて、遮りたかったが、できなかった。ちなみに、キワモノくんというのは俺のあだ名だ。とても悲しい悲しいバッドエピソードが由来のあだ名。
「めそめそ突然泣き始めてさ、やばいよ、どうしたって、がきかよって、思ったよね。なぜ泣く? 意味わからんべ? まあでもとにかく泣きまくってさ、もう発作だよね、止まらない。で、Pもなんかドン引きしてさ。結局役やらずに済んだんだけどね」
彼女はその話を聞いている間、穴の底の方をじっと見つめていた。
「でさ、よかったな、キワちゃん、役やらずに済んで。もう泣きやむべ? なんて言ってたらさ、こいつ、顔真っ赤なままで、言うの。
俺、穴を掘ることにした
ってさ」
そう、俺は穴を掘ることにした。あまりにもその日のことが、屈辱だったから。屈辱を返上するために、穴を掘ることにした。なぜそれが返上になるのかはわからないが、とにかく、何かをやらねばならないと思ったのだ。文化祭では、準備を積み重ねて、舞台へ上がり、脚光を浴びるやつがいる。クラスでは、NとYだ。俺は、悔しかった。でも、素直になって役を引き受けるなんて、キャラじゃなかった。みんながそれを受け入れなかっただろう。俺は友だちも少ないし、日陰ものなのだ。
でも日陰ものだって、何かをやらなければならない。俺は、部活もやっていない。勉強もできない。彼女どころか、友だちさえいない。趣味もない。全くの普通。個性がない。透明人間だ。しかも、みんなより遠いK市から、一人だけ電車に長時間乗って通ってくる。第一志望に落ちて、こっちにしか受からなかったから、めちゃくちゃ遠い道のりに甘んじているのである。くそだ。くそのような男。屈辱。それだけが俺の個性だ。
だから何かをやらなければならなかった。どうせ無個性の塊なら、本当の不毛を体現してやろう。不毛も不毛。宇宙飛行士が絵のないジグゾーパズルにひたすら取り組み続けるような虚無に、俺は憧れた。そして、みんなの前で立ちつくして、心のなかの葛藤に耐えきれずに涙したあと、俺の心に一つのアイデアが浮かんだのだ。
「俺は、穴を、掘る」
こうして真夏の公園で、穴を掘りつづけたらどうなるのだろう。オカダショウタロウと彼女はやがて、帰って行った。夕方になり、辺りが暗くなった。俺はふと思いついて、自分が掘った穴のなかで、体操座りになってみた。
その体勢になると、頭の高さまですっぽりと穴の内部に隠れるのだった。見上げても、空が丸く切りとられているようにみえた。空と言ってもすでに暗い空で、しかも多く見えるのはざわついた梢だった。風がざわざわと渡っていた。土は湿っていて、そこだけとても涼しかった。
俺はとっても寂しいと思った。孤独だった。
目を閉じた。
すると、俺の目の裏の暗闇で、色んな声が聞こえてくるのだった。
色んな姿かたちがみえてきた。
それは教室のみんなで、俺が掘った穴の周りに集まってきていた。俺が掘った穴を、みんなが褒めてくれるわけじゃない。やっぱり、不毛だとか、馬鹿じゃないのとか、言うやつもいるのだが、でも、こんなに頑張って穴を掘るなんてすごいよと、言っている声も聞こえた。そうかな、と俺は言った。じゃ、つまらないことだけど、つづけてみてよかったな。
目を開けると真っ暗な夜で、遠くから夕食時の家庭の物音が聞こえていた。
俺はぼろぼろ涙を流していた。
それから、穴を掘るのはもうやめた。
※実話です。