リーシアの思い。
漆黒の剣の切れ味は驚くほどにアグニスの腕を容易に切り裂いた。
軽く切り傷を作る程度に済ませるはずが、加減を失敗したために、大きな裂傷となってしまう。
「っぐ……」
呪いの効果が相まって、通常の切り傷よりも痛覚が増していた。
まるで腕が焼かれるような痛みだ。
「な、何をしてますのじゃ!」
「アグニスさん!?」
エルフの二人は、その行動に理解が出来ないと悲鳴をあげた。
「リーシア!急いで霊薬を取ってくるのじゃ!」
「はい! お爺様!」
しかし、アグニスは痛みなど微塵にも感じさせない声色で語りかけるように囁く。
「待ってくれ、霊薬では俺の傷は治らないのだろう?リーシアだったか?俺のこの傷はお前にしか治せない。この意味、分かるよな……?」
霊薬を渡してくれると言ってくれたエルフの長老の言葉。
しかし、それではルーファスの状況も、アグニスの傷すらも打破することはできない。
この呪いを浄化出来、傷を塞ぐ事が出来るのは、リーシアのみだ。
「そ、そんな。私、奇跡の霊薬の使い方なんてわかりません……」
「リーシア、心を澄ますんだ。自分の心に語り掛けろ。俺を救いたいという気持ちが少しでもあるのなら、きっと大丈夫。お前は俺を信じるといってくれた。だから俺もそう言ってくれたお前を信じて自らの腕を切った。――お前なら大丈夫だ」
「……心を、澄ます?」
「そうだ、自分の心に語り掛けるには、己と向き合わなくちゃいけない。この状況の中、冷静でいられないんじゃ心と言葉を交わすなど到底出来ない」
「私は、私を助け出してくれたアグニスさんを救いたい……」
リーシアは思い出す。
盗賊に攫われ、絶望の淵に瀕していた自分に語りかけてくれたアグニスの言葉を。
『――僕が皆を守る』
リーシアよりも二周りも小さい身体で、凶悪な敵に立ち向かってくれたその姿を。
自分達の為に傷つく事を恐れずに戦ってくれたその勇気を。
(お願い、どうか私にアグニスさんを癒す力を!)
リーシアが瞳を閉じ、己の心に語りかけたその瞬間だった。
部屋中を優しい光が迸る。
それは力強くもあり、慈愛に満ちたリーシアの心を映し出したかのような光だった。
「――おぉ!」
漆黒の剣で切り裂いた腕の傷が塞がっていく。
リーシアは遂に奇跡の霊薬を発現する事が出来たのだ。
「よくやったな、リーシア。ありがとう」
アグニスはつい極まって、リーシアを抱きしめた。
「あっ……」
短い言葉にもならない声を上げるリーシア。
アグニスを心から思わなければ傷は治せない。
赤髪の少年はそうまで思ってくれたリーシアに感謝の念を抱かずにはいられなかった。
「お爺様、私……」
アグニスの腕の中から離れ、リーシアは長老に呟く。
「よいよい、お前の言いたい事は分かった」
そんなリーシアの様子に微笑を含めつつも縦に首を振る長老。
アグニスはこの一連の様子の意味がイマイチ分からなかった。
「ん? あぁ……」
しかし、アグニスは自分の傷のことだろうとその思考を放棄した。
「早速で悪いんだが、ルーファスの元に急行する。長老殿、世話になった。礼を言う」
「なに、私は特に何も出来ませんでした。礼を言うならリーシアに」
「それもそうか……。リーシア、本当にありがとう」
「お礼なんて……。そんな事よりもアグニス様! 急ぎましょう」
一瞬、リーシアの様付けの呼び方に違和感を覚えたアグニスだが、リーシアの言葉に力強く首を縦に振った。
「あぁ、行こうか!」
これで、ルーファスの命を救える!
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