奇跡の霊薬。
ルーファスの元に戻ったアグニスは、アルエルに光魅の草を渡した。
「これの使い方は分かるな。ルーファスの傷口が少しでも縮まればそれだけ時間に猶予が生まれる。何としてでも死なせるな」
アグニスはそういうと、アルエルの肩に手を置く。
「大丈夫。ルーファスは強い。戦闘は勿論、人としての強さはアルエルも知っているだろう?」
「ええ、そうね。ルーファスの強さは私も知ってるわ。アグニス、お願い。ルーファスの為に、霊薬を……」
「うん、任せてくれ。足の速さには少し自身があるんだ」
アグニスはそういうと、エルフを抱き上げ、エルフの里に向け歩き出す。
「この先、魔物に出会す事もあるだろうけど、一々相手にはしていられない。その時は僕をしっかり掴んでてくれないか。落ちないように」
魔物の相手はしていられない。
しかし、それを突き進むには、アグニスが全速力で疾走しなくてはならなかった。
エルフの娘はその意味を理解したのか、力強く頷いてアグニスに言った。
「私なら平気です。アグニスさんのこと信じていますから」
どうやらすっかりアグニスに気を許しているようだ。
頬を赤くしているが、それはアグニスの顔が近いせいだろう。
「それじゃあ、行くぞ。道案内を頼む」
「はい!」
アグニスはエルフの里へ向かう為、駆け出した。
――
「ここがエルフの里か……」
森の奥地を更に進み、里を覆う結界を抜けた先に見えた集落。
「私の家はこの集落の中心にある一番大きな家です。ほら、あれです」
指が示す方向を見れば、確かにそこには周りの家よりも二周りも大きい程の家が建っていた。
集落に入ってすらいないこの場所からも、その大きな建物はよく見えた。
「もしかして、君って結構偉い人の娘だったりするのかな?」
「はい! 私の父は集落の長を勤めております。祖父もエルフの長老の一人です」
「な、成る程ね……」
盗賊団が何故このエルフを攫ったのかが何となく分かった。
長老の孫であり、長の娘を攫えば、エルフとの交渉材料にもなるし、彼女単体でも、美しい耳長族であるから、相当な値打ちになるだろう。
「まぁ良い。とにかく、霊薬だ」
「エリクサーは祖父が管理しておりますの。一度確認して許可を頂かないと……」
「そりゃそうだ。霊薬なんて高価な代物を易々と渡せないものな……」
――
「ならぬ」
「どうしてですか、お爺様! このお方は私の命の恩人ですのよ!?」
「ならぬと言っている。確かにお前が生きて戻って来れたのはそちらの人間の助けが有ったからというのは分かる。しかし、それだけでは信用には些か足らぬ」
「そんな! その様な言い方あんまりです!」
「人間の方、孫を助けていただいた事は感謝しております。ありがとうございます。 しかし、霊薬の話となると話は別でございます」
お爺様と呼ばれた男性は、人間でいうと初老にしか見えない程の若々しい姿をしていた。
確かに感じる雰囲気には貫禄を漂わせているし、霊薬を易々と渡せない理由も分かる。
アグニスは背中に掛けた『それ』を長老の前に出した。
「こ、これは……?」
禍々しい魔力を纏う漆黒の剣。
――魔王サテリナルの剣だ。
「俺の仲間はこれで切られた。負った傷は深い。それに加えて、貴方も見て分かるだろうが、これには呪いが掛けられている」
「ふぅむ……」
「俺達だって、ただの裂傷程度ならば霊薬なんて代物を求める事はしないさ。だけどな、俺達の仲間は長老、貴方のお孫さんを救おうとして傷を、呪いを受けたんだ」
ここまで言えば流石に分かるだろう。
「……この剣は、一体誰が持っていたと……?」
恐る恐るという様子で長老が聞いてきた。
どうやら、思い当たる節があるようだ。
「――魔王だ」
「――! や、やはり……」
「お爺様、お願いです。霊薬を彼に渡してください。こうしている間にも彼の仲間は生死の境を彷徨っています。傷を治すには霊薬しか他にないのです」
瞳に涙を浮かべ、長老に祈願するエルフの娘。
「――この剣での傷には、霊薬では効かぬ」
苦虫を噛んだような表情でそう呟いた長老。
数瞬、その言葉の意味を理解出来なかったアグニスは聞き返してしまった。
「……何?どういう事だ」
「この剣に掛けられております呪いは、強力な物です。普通の呪いとは比較に成らない程の凶悪な呪いでございます。魔王の剣と聞いてまさかとは思いましたが……」
「では、俺の仲間は助からない。――そういう事か?」
アグニスから漏れる僅かな殺気。
しかし、アグニスは長老の次の言葉を聞いてそれを収めた。
「霊薬では効きませぬが。我が家に伝わる秘薬――奇跡の霊薬ならば治せるやもしれませぬ」
「それは、どこにある?」
冷静になり、長老に問いただす。
奇跡の霊薬など、それこそ伝説上の代物だ。
霊薬さえ貰えるか分からないのに、そんな代物を渡してもらえる訳が無い。
「此処にあります……」
長老はエルフの娘を指差して言った。
「な、何を言っている。ふざけているのか?」
示された本人すら頭に?を浮かべているのだ。
この長老はどうやら俺に殺されたいらしい。
「奇跡の霊薬というのは、代々私の家系に継がれる
てきた秘伝でありますじゃ。孫にはまだその自覚が無いようですが……」
「それでは、どうすればそれは使えるようになる?」
「本人が心から救いたいと思った時、初めてそれは発現し得るのです。こればっかりは私もなんとも言えませぬ」
結局どうすればいいのか分からないというのだ。
この娘に秘められた力を解放しなければ、ルーファスは救えない。
アグニスは考えるが、解決法は見つからない。
「……一か八かだな」
――アグニスは漆黒の剣で己の左腕を切り裂いた。
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