隠された真実の先。
妖美とも言える雰囲気を漂わせた目の前にいる女は確かに魔王と名乗った。
その姿形からは到底信じられないそれにアグニスは慄いていた。
覆面は何か力を抑える為の物だったのだろう。
それが無くなった今、魔王が放つ覇気はこれまでの物とは比べるのすらおこがましい程に凄まじく、異様であった。
魔王――人類に絶望を与える為に産まれた存在。
――人類の敵にして魔を総べる王。
人間に害を与える種族・勢力の頂点に立つ者。
己に仇なすモノには慈悲を与えず、無へと還す――絶対王者。
幾度となく、時代を代表する国々や、勇者を屠り続けてきた『絶望の象徴』
突如世界に君臨した魔王。
それを討つべくして人類の希望の象徴である勇者が現れ、魔王を滅ぼす。
――子供に聞かせる勇者の伝説など、人間達が考えた絵空物語であった。
その実態の真実は、勇者は魔王に破れ、希望が潰えた人類に絶望を与え続け、それは今も尚続いていた。
何故ならば、魔王は生きていたのだから。
アグニスの目の前にその神々しさも感じさせる絶対的な覇気を纏い、今この瞬間にも己に牙を向くモノに、制裁を下さんと立っているのだから。
「アグニス!」
恐れを抱き、如何にこの窮地を脱出する為に考えを巡らせていたアグニスに声を掛ける者。
それは、ルーファスだった。
その手には美しい蒼い剣を携え、それを追うアルエルとスレイブも各々の手には武器を持っている。
アグニスの元に駆け寄る三人。
魔王はそれを眺めているだけで、動こうとはしない。
「誰かと思えば、剣士ルーファスとその仲間達じゃないか。――久しいな」
手をぽん、と叩き、今この瞬間に思い出したとでもいうように魔王が言った。
「ガスト!貴様、遂に見つけたぞ。兄貴の仇、討たせてもらう!」
ルーファスは己の蒼剣を手に、叫ぶ。
しかし、魔王はそんな姿を気にした様子もなく言った。
「ふむ。お前達には名乗っていなかったな。ガストというのは偽りの名だ。――妾の真の名は、サテリナル・ガイウス・アスタロト。……そうだな。サテナとでも呼ぶが良い」
それは友人に接するかのように軽いものだった。
己を殺すと宣言する者達に向ける口調ではなかった。
「今更名前なんてどうでもいい! 貴様が魔王であれそんな事は俺には関係無い事だ!」
「相変わらず血の気が盛んだな、剣士ルーファス。そのような態度で妾に物申すとは……。――寿命が縮むぞ?」
サテナにとって、それは僅かな怒気のつもりであった。
しかし、人間であるルーファス達にとって、それは『死』を連想させてしまう程に凄まじい物だった。
「人間が妾に適うとでも? 冗談を言うには、尻が青いのでは無いか? ――剣士ルーファスよ」
「っく……」
サテナが放つ怒気が一瞬強まった。
それによって此処にいる者全員は耐え切れず、地面に膝を着く。
「そうだ。それで良い。人間など、妾の前に平伏せば良いのだ。妾に少しでも勝てるとなど、決して思い上がるなよ? 弱小な人間風情が」
サテナはアグニスとルーファス達の元にゆっくりと歩み寄る。
そして、ルーファスの隣まで移動すると、言った。
「――しかし、お前はその中でも少しはマシだと思っていたのだがな、ルーファス」
「……どういう意味だ」
訳が分からんとルーファスは魔王に問う。
それを鼻で笑いつつ、魔王サテナが答えた。
「妾に立てついた者は皆、殺した。しかし、貴様は『生き残った』――それは何故だ?」
「――!」
その言葉の意味を正しく理解したルーファス。
己がガストを追ってきた理由の中にそれは有った。
兄の仇である『ガスト』を追ってきたルーファス。
旅の仲間である、アルエルとスレイブにもそう説明していた。
その己の身勝手な目的に着いて来てくれた二人に、ルーファスは――
「貴様の兄が殺されたのは、貴様が『逃げた』からだ。ルーファス」
「――くれ」
「『ガスト』の目的は、本当なら『貴様』であった。……なぁルーファスよ、それでは何故『貴様』が生きているのだ?」
「――やめろ」
「それはな、ルーファスの仲間達よ。――自らが起こした魔族との戦争で敗北し、ルーファスが負う筈だった責任から『逃げた』からだ!」
「やめろォォォ!!」
「貴様達が敗北し、妾が戦を起こした張本人を討ち首にせよと命じると、この剣士ルーファスは姿を晦ましたのだ。そう。逃げ出したのだ。己のたった一人である家族――兄を残してな」
ルーファスは魔王の言葉に何も答えられずにいた。
それが事実であったから。
兄が殺された本当の理由は己自身が原因だったのだ。
それなのに、ルーファスは仇を討つと言っている。
――本当の兄の仇は己自身であるのに。
「誠に、都合の良き男であるな。剣士ルーファスという者は! お前達もそう思うだろう?」
アルエルとスレイブはルーファスを見る。
ルーファスを信じてここまで着いてきた二人は、魔王の言葉が真実なのか。それをルーファス本人の口から聞きたかったのだ。
「本当、なのか?」
スレイブが重たい口を開く。
口の中が乾いているのか、その声は弱々しい。
「……そんなの、嘘よね?」
アルエルもスレイブと同様にルーファスを問いただす。
その眼はまだルーファスを信じている。
「あぁ『嘘』だ――お前達に言っていた事がな……」
ルーファスのその言葉を聞いて、二人は息を呑んだ。
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