殺すか、殺さないか。
アグニスはガストの力の全てを手に入れると、途端に己の感情が冷めていくのに気付いた。
あれ程の『死』を身近に感じさせたガストが最早、アグニスには脅威に値しなくなったのだ。
(こんなに呆気ない物なのか)
まるで自分がズルをしているかのような気持ちになる。
魔人として生まれ変わった自分の力を認識し、今までの己の修行とはなんだったのかと、思いに耽る。
それと同時にガストの後始末をどうするかという点も考えねばならない。
殺すのが一番手っ取り早いだろう。
しかし、これ程の実力を持つガストを、アグニスが屠れるとなると、余計な勘繰りをされてしまう恐れが有る。
アグニスの考えでは、今この瞬間にもルーファス達が此処に向かっているであろうと推測していた。
それには確信があった。
訓練所でアルエルに魔法を学んでいた時、アグニスとロイはアルエルが、森に用があってこの村に来たといっていた。
ギルドから依頼された盗賊の捕縛を目的にこの村にやってきた彼らは、現地での情報収集の為に村に滞在していたという訳だ。
アグニスはそれを聞いていたから、盗賊団に襲われた時、抵抗もせず素直に捕まった。
その際、アグニスは自分の力を過信し過ぎていた。
盗賊団程度ならば、己の持つ力が通用する。
ルーファスに恩を売って剣を教えてもらおうという打算的行動だった。
それは大いに間違っていた。
己の力が及ばない存在がいる事を万が一にも考えていなかったアグニスは、実際にガストに適わず、いい様にされてしまった。
一歩でも間違えていれば殺されてしまうという状況にまで陥った。
もしかしたら、今のこの瞬間にはそこに横たわる己の姿が有ったかもしれないのだ。
「大人しく捕まってくれないか、先輩」
故に、アグニスは殺すという選択肢を選ぶのは悪手であると考えた。
ルーファス達にアグニスが魔人になった事を知られるのも不味い。
それならば、譲歩するしか選択肢は無かった。
「ふっ、私がそれに従うとでも思ったか?」
「殺してしまえば、それを誰が殺したと、疑問に思われてしまう。この状況を見ればそれは僕しかいないとなる。盗賊団は口が緩いだろうし、……そこで見ているエルフも分からない」
(いっそのこと、全員殺すか?)
到底今までのアグニスでは至らないその思考。
(いや、それは『僕』が許さないだろうな)
ならばどうするか。
ガストとの戦闘を引き伸ばして、ルーファス達が来るのを待ち、共闘した上で隙をついてガストを殺す。
――これが最善なのでは無いか?
(いや、待て。それではガストが僕を魔人だと明かしてしまう恐れがある)
八方塞りであった。
アグニスは頭を抱えた。
何故こんな事で悩まなければいけないのか。
人を殺す、殺さないという問答をする己自身に嫌悪感を抱かずにいられなかった。
しかし、考えるのが許された猶予も少ない。
――タイムリミットはすぐ其処まで迫っていた。
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