少年、駄々をこねる。
一話一話短いですが、1000字を目安に執筆しております。
今後勢いによっては増減するやもしれません。
朝起きたら、まずは井戸に水汲みをしに行く。
東の大陸の辺境にあるこの村は北のほうに位置している為、大陸の中央とは気候に少しずれがある。中央の秋は最早この村では既に冬なのだ。
汲み上げた水は酷く冷たい。既に手は真っ赤になってしまっている。
顔を洗って、汲み上げた水を桶に汲みなおしてからその小さな手で家に運んでいく。
大人からしてみれば大したことのない重さも、幼い少年にとってはとても重たく感じた。
家に着くと母親にそれを渡す。母は朝食を作っていた。
並んだ食事は贅沢とはいえないものだ。しかし他の家の事をまだ知らない少年は大層美味しそうにそれを平らげた。
「今日はね、アグ。お父さんが帰ってくる日よ」
母親のその言葉にアグニスは喜んだ。それはもう飛び跳ねるくらいに。
「ほんとに!? お昼頃には帰ってくる? それとも夕方かな? お父さんが帰ってきたら剣の修行を見てもらうんだ!」
アグニスの父親は今は商人をしているが元冒険者だ。
しかし、職業は魔法使い。剣は専門外なのだが、護身術くらいは扱えた。
少年にとってはそれで十分だった。
「駄目よ? お父さん長旅で疲れてるんだから今日はやめときなさい」
その言葉に不機嫌そうに、うーん。と唸るアグニス。
父親は帰ってきても二週間程経つと再び町へと商売をしに村を発ってしまうのだ。
一日の修行は長くても三時間。
これは父親との決め事で、まだ体の成長が未熟なアグニスを心配して設けられた約束であるし、少年はその意味を正しく理解してもいた。
だからこそ時間が惜しいのだ。
「お願いだよ母さん、今日の修行は僕の素振りを見てもらうだけにするから! それなら父さんはそこまで疲れないだろうし、良いでしょう?」
母親は駄々を捏ねる息子に溜息を吐いたが、毎日家事の手伝いをし、空いた時間を見つけては剣の修行をするアグニスに思うところがあったのか、
「ったくもう……、素振りだけよ? 但し、夕方までにお父さんが帰らなかったら諦めなさい」
「うん、そうするよ!」
少年は笑顔で答えると薪割りをする為に家の裏に向かった。
「まったく……誰に似たのかしらね?」
そんな呟きを零しつつ、アグニスが運んできた水を使い今度は洗濯をする母であった。
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