一話
昼休み。俺は友人である救太と、激論を交わしていた。
「つまり、だ。俺は未来ある若者として、決してブラック企業というものを許さないわけだ」
「はいはい」
「善良でクリーンな会社。それこそが社員のやる気を引き出し、ゆくゆくは大きな利益を生み出す会社になるんじゃないか?」
「ああ、そうかもね」
「何が言いたいかと言うと! パワハラなんか許してはならないということだ!!」
「───────結局、そこに行き着くわけだ」
決して、先日戦った魔王への八つ当たりではない。決して。
パワハラは駄目だ、うん。何が駄目って、もうただの犯罪じゃん。悪い悪い。犯罪はしちゃぁ、いけないよね。そもそも、何で同じ会社の部下をいじめるんだ! ラブ&ピース。これ、大事。
「あ〜、将来が心配だ。これじゃあ、安心して社畜になれないじゃないか」
「社畜になることは前提なのか?」
「そりゃあ、俺は社畜になるのは決まったようなものだからな」
そして、お前も。
末裔である限り、半世界のために、働くことになる。
魔王退治が終わった後は、LINKを経営する会社に従事するなり、なんらかの方向で俺達は末裔として動いていく。定年などというものは、無いに等しい。年をとり、働くことが困難になったのならば、若い末裔を鍛えればいいだけのこと。
「─────社畜という言い方は、良くないんじゃないか?」
眉間に僅かな皺を寄せて、救太は俺に言葉を向ける。それに秘められた感情を理解できなほど、俺はバカではない。
「……そうだな、決して、良い言い方ではなかったな。反省する」
沈黙が俺達の間に流れた。
これは、俺が全面的に悪い。
俺達は末裔。それ以上でもそれ以下でもなく。
己の意思で、動く。
「悪かった。どうやら、疲れてるみたいだ」
口の中がとても乾いていた。俺は用意していたお茶へと手を伸ばす。
「みたいだな。……話を変えよう。そうだ、文学少女の話でもしようか」
「ブフッ!」
友人の思わぬ発言に、口に含んでいたお茶を少しだけ零してしまった。
───────というか、何故知っている。いや、本をあまり読まないのに毎日図書室に通っていて、尚かつあの娘の顔をチラチラと見ていれば、端から見れば誰でも気がつくことか。
「実際、どこまで親密なんだ?」
救太は声を潜めながら俺に疑問をぶつけた。しかし、友人よ。お前は知っているだろう? こういう話題を口にした瞬間の、女性の地獄耳を。周りにいる同級生が聞き耳を立てていることに気が付いていやがるな?
「親密も糞もない。たまに、向こう側から挨拶をしてくれるだけだ」
残念ながら、失言をしてしまった今の俺に、答える意外の選択肢は無かった。
そしてこの友人は俺の情けない発言に対して、明様に呆れたという表情を浮かべた。
ああ、こいつを一発だけ殴る権利が俺にあったら!
「情けな。お前からは挨拶もろくにできないのかよ……」
「うるさい。余計なお世話だ。俺は読書に集中している彼女の邪魔をしたくないんだ」
「だからといって、それで仲良くなれなかったら元も子もないぞ?」
「ぐぅ」
こいつめ、自分が草食系男子なのを棚に上げやがって。
「ほら、最近通り魔とか増えているみたいだし、帰りに送ってあげたりしたらどうだ?」
「──────帰る時間が違う」
「そこは向こうに合わせてもらえば良いじゃないか。『通り魔とかが出てきて危険だから、早めに帰った方が良い。よかったら、俺が送ってあげようか?』とでも、言えばいいじゃないか」
救太のくせに、意外とまともで魅力的なアドバイスじゃないか。
しかし、だ。策士、策に溺れるとはよく言ったものだ。
「お前は、一つ致命的なミスをしている」
「ん?」
「俺には、彼女に話しかけられるような勇気は無い!!」
「えー」
何だその顔は、とても不愉快なんだが。
そして周囲の女性陣。貴女方はまるで関係ない上に、盗み聞きをしていたんだから、俺に冷たい目を向ける資格は無いと思うんだ。そうだろう? だからもう止めて下さい。駄目人間を見る目は止めてください。お願いします。
「そこは、勇気を出してさ」
「無理無理無理。絶対に無理。考えてみろ、おせっかいで鬱陶しいと思われたらどうする?」
「彼女はそんなことで、お前を鬱陶しいと思う人なのか?」
「それは断じて違うが、俺の通常よりも膨大な気持ち悪さが影響して唯一の例外に入るかもしれんだろうが!」
「ああもう! 面倒くさいなお前! 鬱陶しいわ!」
「ほら鬱陶しいって思うじゃないか! 彼女だって思う可能性は高いじゃないか!」
「ぁぁぁああああ! こいつを殴る権利が俺にあったらぁぁぁ!」