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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
一章 「半世界の友人」
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五話

 ないなー。ないなー。


 暗闇の中で、そんな気の抜けた幼い声が聞こえる。どこかで耳にした声だ。

 

 ないなー。ないなー。


 ああ、そうか。聞いたことがあるにきまっている。これは、幼いころの、俺の声なのだから。


 ないなー。ないなー。

 

 昔を思い出して懐かしくなってきた俺は、声に向かって話しかける。

 

 どうしたんだい?

 ───え? お兄ちゃん誰?

 僕は、君だよ。

 そっか、なら話してもいいかな。


 暗闇の中で、一人の体が映し出される。


 ─────────見つからないんだ、僕の、右腕が。


 全身が焼けただれた、幼い俺の姿が。











「ホラァァァァァァァァアアアアアア!」

「きゃあ!」


 全身の毛穴という毛穴から冷や汗を垂れ流して、俺は眠りから覚めた。

 周囲を見渡すと、そこは暗闇では決して、決してなく。白い清潔な病室であった。

 

 右腕を確認。ある。

 動作を確認。動く。

 

 良かった。本当に良かった。あって良かった。だからもう、夢には出ないでね!


「あー、怖い夢見た。焼けた自分を見るって、どういう状況だよ」

「それはこっちが聞きたいわね」

「あ?」


 声をかけられたことで、ようやく俺は左隣に長身の女がいることに気がつく。


 彼女の足は長く、スラッとしていて出る所は出ている。まつ毛は長くて切れ目の目はとてもクール。ブロンドの肩まで伸びている髪は、窓から差し込む光に反射してキラキラと輝いている。その見た目の総評は、紛うことなき美女だ。


 そんな美女は、何故かはしならないが尻餅を付いていたようで、ズボンに付いていた埃を払いながら立ち上がっている。青い瞳は俺を向いていて、その先には非難の色が映し出されていた。


「ベティか。何をしているんだ?」

「自分の体を労らない誰かさんの治療に決まっているでしょう。そしたら、急に叫び出して─────どうやら、あなたには脳の治療も必要なようね」

「それは心配無用だ。自分の頭が悪いのは十分に理解している」

「そう。なら早く改善することね」


 魔王を退治することが決められた末裔には、一人につき一人の担当医師がいる。


 全ての末裔が治癒魔法を上手く使えるわけではなく、昔は戦闘の傷が原因で死にいたることが多くあった。末裔が死んでしまえばその末裔が担当していたエリアは、魔王に対する防衛が困難になる。それを防ぐために、半世界の住人が有志で末裔に治療行為を行ったことが始まりとなり、半世界の住人が、それが義務だというように俺達末裔に医師を割り当てるようになった。


 そしてベティ・ジュエルは、俺に割り当てられた担当医師。


 決して無傷での戦闘を行えない俺にとっては、彼女は生命線のような存在である。治癒魔法は使えるが、残念ながら無くなった体を復活させることは出来ない。俺達の世界で普通の生活を送るためにも、彼女は絶対的に必要な存在であった。

 

「相変わらず、いい腕だな。完全に元通りだ。ありだとう」

「ふふん。そうでしょう」


 ベティは誇らしげに胸を張った。豊満そうに見える胸が強調される。

 なんとなく鼻についたので、俺は反撃を企てる。


「今日も綺麗だな。大人の女性って感じだ」

「そうでしょう。そうでしょう!」


 

「───────本当に、綺麗な幻覚魔法だな」

 


「な、なんのことかしら?」


 一転。誇らしげだった表情とは打って変わって、整った顔は焦燥を映す。


「いい加減、現実を見たらどうだ?」

「わからないわね〜。ヒロが何を言っているのか、全くわからないわ〜」

「お前の姿を知っている俺の前で化けても仕方がないだろうに」

「ちょ〜と、言っている意味が理解できないわ〜。大丈夫、ヒロ? 頭も治療しましょうか?」


 ムカついたので、実力行使。

 体内の魔力は微量だが、この位の幻覚なら簡単に打ち払える。


 集中。発動。


「ちょ、やめっ─────」






 そして次の瞬間に俺の目の前に現れたのは、子供と疑うほどに小さな女。


 丸くクリクリとした茶色い瞳に、フワフワとした天然パーマの黒髪。着ている服装は先程の美女と同じだが、着ている本人に合わせて全体的にサイズが小さい。

 

 ホビット。彼らは小さな種族である。


 半世界に生きる住人の中で、背が低い種族に入るドワーフよりも更に背が小さく、遠目で見れば子供との区別はし辛い。彼らはとても手先が器用で、精密な作業を行わせたら右に出る種族は無い。よって半世界での彼らの仕事も、自ずと決まった。


 例えば、半世界に形成された機械の整備。ドワーフの技術はすばらしいが、その豪快な性格からチマチマとした細かい作業を嫌う者も多い。よって自然と仕事が分担され、機械類の管理はドワーフとホビットによる共同の仕事となっていった。


 そして、医療。


 俺達の世界にこの世界が繋がったあと、医療技術を率先して学んだのは、優しいホビットであった。


 当初は治癒魔法がある以上、そんなものを学ぶ必要な無いと言われていたが、ホビット達、そして数名の賢いエルフ達はそんな周囲の声を無視して、その技術を学び続けた。後に、彼らは医療と魔法を融合させる。それは半世界の住人が、怪我や病気で死亡する可能性を、著しくゼロに近づけることを意味していた。


「なにするのよ!」

「本来の姿に戻したまでだが?」

「よけいなお世話!」


 ベティは小さい体の全身を使って、怒りと俺への抗議を表明すると、改めて幻覚魔法を使用した。目の前には再び美女が現れるものの、本来の姿を知っている分、非常に残念である。


 ホビットは、自身の身長にコンプレックスを抱いている者が多い。


 俺としてはそういう種族なのだから、コンプレックスを抱いたとしても仕方のないことだと思う。


 けれども、ベティは自分の小さな体を嫌っている。指摘したら、今のように怒るほどに。もしやホビットが積極的に医療を学んだのは、自分の身長を伸ばす方法を知りたかっただけなのかもしれない。コイツを見ていると、そんなことを思ってしまう毎日である。


「貴方は人のことより、自分のことを考えていなさい! 毎回のように怪我ばかりして、本当にやる気はあるのかしら!? たまには無傷で倒してみなさいよ!」


 耳が痛い。

 正論すぎて、何も言い返すことはできない。


「それとも何? 貴方は痛みを感じることに、特殊な快感を得る人種なのかしら?」

「それは違う」


 と、思いたい。

 もう自分でも心配なんだ。いや、しかし。興奮はしていないはずだ。

 痛いのは嫌いだし。苦しいのも大嫌いだ。


「やっぱり、その方が早く終わると考えると、つい」


 勝敗を、急いでしまう。


「本当に、バカで不器用な末裔様だこと。貴方のお父さんとは大違いね」

「不肖の息子だよ、俺は」


 いったい、何時になったらあの領域まで行けるのやら。

 少なくとも、精神的に成長するまでは無理なのだろう。理解はしているのだが。

 

「もう、いっそ─────────」


 無意識に言葉が漏れた。


「─────ヒロ?」

 

 声をかけられて、ハッと気がつく。

 自分は、なんと言うことを言おうとしていたのだろう。

 

「すまん、今のことは、直ぐに、忘れてくれ。頼む」

「……わかったわ」


 深呼吸を、繰り返すほど三度。

 

 俺は、末裔だ。そう、末裔なのだ。


 自己暗示をかけるかのように、そう頭の中で繰り返す。

 すると段々と、心が落ち着いた。


「頭も治療した方がいいかしら?」

「自覚はしているが、一度してもらった方が良いかもな」


 俺は苦笑すら、出来なかった。

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