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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
エピローグ 「新年」
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最終話

 冬。


 真っ白な雪を、窓越しに確認出来る。そんな、静かな日。


 私は相変わらず、本を読んでいた。


「………?」 


 静かな部屋の中に現れる、小さな音。


 着信音。友達からの、電話だった。


「―――もしもし」

『あ、もしもし彩ぁ? 今電話しても大丈夫だったぁ~?』

「大丈夫」

『なら、ちょっと話そうよー!』


 相変わらず、元気。

 一緒にいると、自分も元気になってくる。そういう所が、彼女の良い所だ。


『―――ああ、そうそう。彩知っている?』

「何、が?」


 でもたまに、会話に主語がないのが悪い所だと思う。


『ほら、香木原君っていたでしょ?』

「――――え」


 いた?


『何か、彼って転校するんだってさ』


 このときの自分は、マヌケな顔をしていたはず。


 私は小さい頃から知り合いが転校をするという経験がない。だから私にとって電話の向こうの友人がもたらしたニュースは、非常に親しみがなく、まるでフィクションの世界にやって来てしまったかのような感覚に陥っていた。


「なんで?」

『家庭の事情だってさ。でも私調べでは、引越しをする訳ではないみたいなんだよね。変だと思わない?』

「――うん、変」


 転校の理由で考えられるのは、なんらかの事情で引越しを行わなければならなくなり、それによって転校を余儀なくされる。というのが殆どではないだろうか。しかしそれもまた高校という環境では、僅かな例しかないはずだ。


 中学生ならまだしも、高校生なら電車通学なんてものは当たり前。


 確かに料金と時間は掛かるものの、自宅から遠い学校に通うことも可能。例え引越しを行ったとしても、あまりにも遠い場合を除いて転校は行わないのが普通だろう。


 自宅から通うならば、転校する必要なんて無いはずなのに。


 いったい、どんな『家庭の事情』なのだろうか。


「でも。それは私達が、知ろうとして、良いものじゃ、ない」


 他人の家庭を探ろうとするのは、よくない。他人が出来るのは、話してくれるのを待つだけ。


『まっ、そうだね』


 ああ、そうだ。言うのを忘れていた。


「―――あけまして、おめでとう」

『あ、そうだったそうだった。……あけまして、おめでとう』











「あ、あけ、あけまして、おめでっ、とう」


 噂をすれば。とは、このことか。


 新年のセールを行っているはずの、古本屋に行こうとした所。


 私は、彼に出合った。何という偶然なのだろう。


「あけまして、おめでとう」


 人と会話するのが苦手なのか、忙しなく動く彼の名前は、香木原灯路。


 唐突に校内清掃に張り切ったり、ダイエットの危険性についてのポスターを製作したりと、真面目というか少し変な行動が目立つ人。本を読むのが苦手なようで、毎日のように同じ本を開いて、ゆっくりと文字の羅列を閲覧する。そして前半の内容を忘れたのか、いつの間にか読んでいるページが巻き戻っていることが多くあった。


「あの、その、これ――――」


 手に持っていたのは綺麗なリボンによる装飾が施された袋。

 何故かクリスマスっぽい袋なのが、少し気になる。


「えっと、あれなんだ。そう、ハロウィンの、クッキー。そ、それと絆創膏のお礼なんだ。―――本当は、クリスマス前に、渡したかったんだけど。でも、その、受け取ってほしいんだ」

「―――――え?」


 ハロウィン。その記憶を呼び起こしてみる。何せ二ヶ月ほど前のこと、中々思い出せない。


 クッキー。確かに私はそれを焼いた記憶がある。

 そして友人と交換して、食べた記憶も。


 ――――そういえば、ちょっと残ったはずだ。


 そう、それを、私は香木原君に渡したんだった。でも、絆創膏とはなんのことだろうか。覚えていないが、もしかしたらそそっかしい彼のこと。どこかで怪我をした彼に、私は絆創膏を渡したことがあるのかもしれない。


 何て律儀な人なんだろうか、この人は。


 そんな小さなプレゼントのお礼を、赤の他人である私にするなんて。いや、お礼をするのは多いかもしれないが、これほどに立派なプレゼントを渡されるとは思いもしなかった。


 確かにクリスマスはとっくに過ぎているが、それでも転校で忙しいはずなのに、私にお礼をしに来てくれたのは嬉しかった。


「ありが、とう」

「……う、うん。ブックカバーだから、良かったら使ってほしい―――」


 受け取ったプレゼント。是非とも、これから愛用させて貰おう。


「そ、それでさ、あの、伝えたいことが、あるんだけど」

「―――転校の、話?」

「え!? 知ってるの!?」

「うん」

「そ、そっか。なら、その、話は、早いのかな」


 身体が冷えてしまっているのか、顔が赤い。

 確かに今日は寒いから、早く話しを聞いて古本屋に行こう。


 そうだ。せっかくだから、今日は予定を変更して新書を買いに行こうか。


 財布が軽くなってしまうから、私は基本的に本を古本でしか買わないのだが、今日くらいは買ってみよう。そしてその本を、新しいブックカバーで包むのだ。



「―――好きですッ!」



 ん?



 え?



 はい?



「その……俺、転校するからさ。引っ越さないけど、会うことはないと思うから。だから、言わせて、頂きました」


 いや、ちょっ。


「最後だから、伝えたかった」

 

 待ってって。


「そ、それじゃあ! よいお年を!」


 顔を先程よりも真っ赤にして、香木原君は去ろうとする。



「だゃから待っひぇよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!」



 私は噛みまくるという悪癖を曝け出しながら、必死でそれを呼び止めるのだった。 











「あははははは! だからあんなに無口だったんだね!」

「うぅぅ。にゃんで、そんなにわりゃうのよ!」


 最悪だ。もう本当に最悪だ。


 人生において、最初の異性からの告白という大イベントを、自らの悪癖によってフルスイングでぶちこわすことになろうとは。


 ああああああああああああ、最悪だッ!


「う、うんッ!———だからッ! こうやって、少しずつ、治しているの!」

「別に噛んでも良いのに」

「嫌! 恥ずかしい、の!」


 何なんだその微笑ましい物を見るような、慈愛の瞳は!

 私は動物園のパンダじゃないんだよ! ふざけんな!


「でも嬉しいな。好きな人の、新しい一面が見れて」

「う、うぐっ」


 なんだよ! なんでさっきまでオドオドしてたのに、そんなクサい台詞が言えるんだ!

 そして何だよ!? その無駄に爽やかな笑みは!

 

 凄い負けた気分。何かに負けた気分だ。






「あのさ、やっぱり俺、会えなくなるのは嫌だ」

「———だから?」


 ちょっと声がやさぐれているのは、仕方の無い事だと思う。


「だから、友達になってほしんだ。ちょくちょくメールをし合うような、そんな友達に」


 おい。貴方は、いやお前は、私と付き合いたいんじゃないのか?


 —————付き合いたいと言われても、凄く困るけど。


「分かってるよ。好きな人が実は、俺を好きでいてくれた。なんて、甘い話は無いってこと。文月さんが俺を好きになる理由なんて、まったく無いからね」


 私のそんな心を察したのか、目の前の男は、返事をし辛いコメント。

 けれども返事を返すのが、今の私がやらなくてはならないことだ。


「異性として、好きじゃない。———でも、私は、香木原君のことを、嫌いじゃないよ」

「———そっか。それは、凄く嬉しいな」


 照れたように、頬を掻く。



 改めて考えると、この人は私の事を好きなのだ。



 それは、とっても不思議な感覚だ。味わったことのない、暖かさだ。




「まずは、話をしましょう。友達というのは、そこから生まれるから」


「うん。そうだね」




 新年。新しい年。


 この日、私を愛してくれる人が現れた。


 それから交わした会話の中で見えて来る、彼の姿はとっても変。


 人間味に溢れていながら、まるで物語の中にいる人のように、人間味がない。そんな人。




「ねぇ。あの本は、読み終わった?」


「……え? ———うん、ようやく。最近読み終わったよ」


「感想は、どうですか?」


「そうだなぁ—————」




 やっぱり、良いな。……誰かを、守るのって。




「それだけ」

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