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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
五章 「末裔の年末は忙しい」
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二十七話

 『年に一度の厄災』それが、目の前に存在する魔王達の総称。


 人というのは、後ろを見る生き物だ。過去を見て、自らの行いを反省し、学習する。好い事なのか悪い事なのか。その議論は俺の中でも尽きないが、それは一旦置いておく。


 とにかく人は目の前の出来事にのみストレスを感じるのではなく、過去の記憶にもストレスを感じることが多い。俺なんかにも、中学時代の黒歴史が存在していて、それを思い出すためにストレスを感じる。人間としては、一部の例外を除いて当然と言っても良い現象。恥じる過去を持っていない人間なんて、いるのか疑問だ。


 つまり、それもまた魔王の現れる要因となる。


 特に年越しともなれば、その影響は顕著なものとなる。

 それは、日本特有の文化である『除夜の鐘』もまた関係するのだ。


 別に思い出したくないのなら、目を背けばいい。前を向いていればいい。

 けれども、耳にその音は届く。近くの寺から、またテレビ向こうから。あるいは、心の底から。


 音を聞いた人間達は、否応無しに『新年が始まり』と同時に、『今年の終わり』を自覚する。煩悩を払うと言われる鐘の音は、確かに人の煩悩を呼び起こすのだ。そして人は、同じ過ちを繰り返さぬと誓う。ある意味それは、『払う』と言えるのかもしれない。


 ただ、半世界としては困ったことに。


 その影響で、魔王が現れる一定値のストレスが急激に溜る。


 そのストレスの種類は、当然多種多様。今年も捨てられたゴミが多かったと怒ることもあれば、上司のパワハラが酷かったと嘆くこともある。当然それに比例して、多種多様な魔王が何体も現れることとなる。


 つまり俺は住民達に見守られながら、それらの相手を同時に行わなければならないのだ。


「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!」


 魔法を射出。エリア中の各所で発動。


 建物が崩壊、瓦礫が浮遊。その全てを、操作。


「ぶちあたれぇ!」


 ただの操作魔法ではない。壊れた瓦礫全てを核とした、攻撃魔法。


 その一つ一つが爆弾。


『ひぎゃぁぁぁぁぁあああああ!』


 爆音。


 悲鳴。


 まるで地獄絵図だ。


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 攻撃を逃れた魔王が、俺に攻撃をしかける。

 当然、回避。飛行魔法によって、上空へと非難する。


 そして、追撃。


 爆音。破壊。


 回避、爆破。その繰り返し。


「きききききき!」


 しかし数が多い。


 エリア毎に数は現れる魔王の数は違うものの、限界数は百七体と決まっている。周囲に存在していた当初の魔王達の数は、もしかしたらそれに近いかもしれない。今年はそんなに嫌な事でもありましたかこの野郎。不景気だもんね!


 魔法を更に展開。イメージは、できるだけ派手に。











 時間にして、凡そ三十分。とうとう傷口開いた。正直予想よりも長くもった方である。傷口から感じる痛みに悲鳴を上げそうになるものの、耐える。見苦しい姿は見せられない。


 周囲を見渡すと、数は減ったものの未だに多い魔王の姿。大体、二十位かな? 叫びたい。助けてくれ。でも、終わりは見えてきた。なら、頑張らないと。


「グッ!」


 一体の魔王の腕に吹き飛ばされる。とっさに防御したものの、ダメージは重い。


 あ、頭から血が出て来た。


 直ぐに魔法で治療。脇の怪我も、同じように治せたら良いのに。

 いやいや。そんなに上手いことばかりではないか。


「――――――――――――――――――って、マジかよ……」


 先程の魔王達が現れた時とはまったく違う、大きな力が一点に集まる。どうやら俺の運は底辺に近いもののようである。


『ヴぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!』


 怒号。エリア中を震わせるような重音が、俺の耳を襲った。思わず耳を抑えながら、声を吐き出す。


「クソッ……!」


 俺の心境を一言で表すなら、『最悪』だ。



 ――――――『百八魔王』が現れた。



 最悪。即ち、百八魔王。『年に一度の厄災』において現れる、一体の強力な魔王。除夜の鐘によって生じる、ありとあらゆるストレスが混ざりあって生まれた魔王。


 特徴、強い。


 他の魔王達が、その怒号のみで恐怖から体を竦めるほどに。その魔王は、圧倒的な力を有していた。


「ああああぁぁぁぁ! くそったれ!」


 ありったけの魔力を込めて、瓦礫を核にした爆撃魔法を射出。狙いは体を硬直させた、通常の魔王達。

 その隙に、少しでもその数を減らさせてもらう。


 爆音。


 残りの数、八と一。


 残り魔力、僅か。脇の傷、更に悪化。


 痛み、クソ痛い。苦しみ、最悪。


「うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!」


 無駄に大声を捻り出す。

 それによって、心に活力を注入。


 飛行魔法、前進。


 これからはもっと効率的に倒さないといけない。

 更新の準備として、世界の形が失われつつある。もはや瓦礫の弾丸も使用出来ないため、魔力の節約を行えないのだ。


 右手に魔法球を形成。

 それと同士平行で、魔王の攻撃を避けて誘導。魔王達を一点に集めて行く。


『ヴぉぉぉぉぉぉ!』


 夜の闇よりも、真っ暗な腕が俺に迫る。巨体に似合わぬ、高速の一撃。


 魔法によって動体視力を跳ね上げている俺に、見えない攻撃はない。俺の移動魔法ならば、避けれぬ一撃ではないだろう。しかし俺はそれを、甘んじて受け入れた。


 雑魚の魔王達を一斉に倒すには、このタイミングで攻撃を放つしかなかったのだ。当然その結果、回避は不可能になるが、仕方がないだろう?


「ガッ!」


 肺の中の空気が、完全に外に出てしまった。

 バキバキバキという、音が体内から伝わる。完全に逝った。恐らくそれが刺さって、内蔵も。


 意識が飛びそうになる瞬間、ギリギリで治癒魔法を展開。何とか踏みとどまる。

 しかし、吹き飛んだ先。そこに衝突した衝撃も加わり、俺は指先一つ動かせなくなってしまった。


「―――ひぃ、―――ひぃ、―――」


 虫の息とはこのことか。肺どころか気道も損傷したらしい。


 まったく、何なんだ。


 凄い痛いじゃないか。苦しいじゃないか。




 ――――――何でだ?




 何で俺は、こんなに辛い思いをしなければならない?


 そもそも、俺は本来なら一高校生として、普通に暮らしていたはずだ。

 異世界なんか知らない。魔法なんて使えない。それでも楽しく、暮らしていたはずだ。



 末裔なんて知るか。


 何で俺が、他人のために命を掛けなければならない。


 俺は死にたくなんかないぞ。


 文月さんに、告白もしていないんだ。



 ―――ん?



 ―――――そうだ。本を読んでいない。文月さんの読んでいた、本。



 あれはどんな内容だっただろうか。


 確か、ヒーローが、世界を救う、単純な物語。


 彼に導かれて、皆が笑顔になる物語。



『がんばれー! 末裔様ぁー!』

『お主なら、その程度どうとでも出来るぞ!』

『末裔様~。さっさと倒して年越しソバでも食べましょう~』

『オラッ、何してんだよ! 情けねぇぞこのクソ餓鬼!』

『馬鹿! どんだけ怪我してんのよ! 早く治してあげるから、ちゃっちゃと終わらせなさいッ!』



 最初は、俺の友人。



『がんばれよー、末裔様!』

『ここで出してくれよ、真の力!』

『封印されし右腕の力を解放するんだ!』

『な、なんだと……。末裔様は、呪われし魔族の生き残りだったのか―――!』



 ギルド組員。



『いけぇぇぇぇぇぇぇ! 末裔様ぁぁぁぁぁ!』



 そして、皆。



 箱船からこのエリアに住む住民全てが、俺に声援を送っている。



 ――――非常に、腹の立つ話だ。


 こちとら頑張ってんだ。お前達のために頑張ってんだ。


 なのに暢気に声援なんて送りやがって。少しは俺の苦しみを理解してから物を言えよ。



「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」



 そして何より腹が立つのが、全ての住民が、俺の勝利を欠片も疑っていないこと。



 ―――――――――――やらざるを、得ないじゃないか。



 ああ、出してやるよ。空っぽでも捻り出す。


 お前達の望み道理に、頑張るさ。



『さぁ、さぁ、皆さん。その目を見開いて、ご覧下さい!』



 世界と俺を繋げる。


 本来ならば集中が必須な魔力供給。本来ならば戦闘中には行えない。――――――――――――だが、やってやる。それが必要ならば。


 マナの供給と、魔力の消費の同時酷使。


 『魔法使い』の末裔のみが行えるという、究極の技。いくら練習しても使えた試しがないが、使ってみせる。そうじゃなきゃ、『末裔』なんて名乗れない。



『俺の俺による俺ための華麗な逆転劇! 網膜に焼き付けなくちゃ、勿体ねぇぞこの野郎ぉ!』


『おおおおおおおおおおおおおおお!』



 クソッ! 俺はどんだけ単純なんだ。


 自分が憎たらしい。だから、変わろう。


 明日が、来年が、俺にはあるさ。



『ヴぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!』



 常に供給される魔力。その魔力を供給された瞬間から治癒魔法に変換。無理をした影響からか、体中に激痛が走り続けているものの、体は動く。問題ない。


 クリアになった視界で、しっかりと百八魔王を見据える。

 鎧のような黒に包まれた魔王は、牛のような角を持ち、此方を荒い息で見返す。瞳は赤で、まるで地獄の業火。


 対する俺は治癒魔法による高速治癒が効いたお陰で多少はマシになったものの、脇からは絶えず血が流れ続ける。ボロボロで、ヒーローとは程遠い。


 まぁ、それでも。住民を楽しませるために、ヒーローを演じてみよう。


 名前も、『ひろ』だしな。


 ——————————くっだらねぇぇぇぇえええ。


 自分で考えたことだけど、とんでもなく寒いんだけどッ!


 でも。


「偽者には、適任だろ?」


 魔法球を複数展開。無理をした反動で、体中に激痛が走る。けど我慢だ。


 百八魔王が高速で俺に接近してくる。


 右ストレート、回避。

 左フック、回避。


 右回し蹴り、回避失敗。


『ああッ!』


 吹き飛ぶ身体。空中で何とか体勢を整える。

 ダメージは極大。それでも、高速治癒で回復して、何とか持ち直す。


 血反吐が出た。内臓を重点的に治癒。


 中々治らなくなってきた。身体の損傷が激しすぎるんだ。


「じゃあ、短期決戦で」


 何か、ちょっと楽しくなってきたな。


『ヴぉヴぉヴぉヴぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお』



 魔法を使うための、魔法を発動。


 空中で待機させていた魔法球。それが種となり、互いに干渉し合って、一つの魔法陣を形成する。


 ただ、『女の敵』に使用した魔法陣とは、難易度もその複雑さも桁違い。



 ――――――何せ、ドラゴンの一撃を、再現する魔法だから。



『―――――――――』



 魔王の怒声は、最早言葉にすらなっていない。しかし、少し焦りが見えたのが笑える。



『見とけよ皆ぁ! 俺の必殺技じゃぁぁぁぁぁああああああああああ!』

『いぇぇぇぇぇぇえええええええい!』




 魔法陣。完成。


 発動、『ドラゴンフレア』


 ドラゴンが口から放つ、紅蓮の炎。その、再現。




「消え去れ。煩悩」


 新年には、お前なんかいらないんだよ。

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