二十六話
「灯路! 灯路!」
「ごめん………父さん。迷惑、掛けちゃって」
「大丈夫だ、この位、偉い人に謝り倒せば何て事はない!」
ああこの人、俺の父親だ。そんなことを、朦朧とし始めた意識で思った。
「直ぐに病院に連れて行ってやるからな!」
強制的に体が動かされる。
気付けば父さんのに背負われていた。体温が伝わり、暖かい。
力の入っていない成人男性の体を動かすのは非常に困難なはずだが、父さんは救急隊が身に付けているような、倒れている人をこうやって簡単に背負う技術を持ち合わせていたらしい。いつでも、誰かを助けられるように。
「皆、私は先に行く。後は頼んだ!」
「はい!」
父さんの部下らしき人物達から、返事が飛ぶ。彼らもまた、父さんと同じく引退した末裔。
「半世界経由で病院に飛ぶ! 移動を合わせろ、いいな!?」
倉庫のにある一つの小さな部屋。机があり、書類作業を行えるようになっている。
ここならば、誰からも見られることはない。
「行くぞ……3、2、1!」
父さんの号令。それに合わせて、俺は僅かに残る力を振り絞って半世界へ移動した。
世界が変わると、直ぐに父さんは救世の武器を展開。僅かな違いはあるものの、俺のと同じく杖の形。魔力の暖かい風を感じると、フワリと体が浮き上がるような感覚。父さんが杖の上に乗り、自動車よりも遥かに速い速度で空を突き進む。速度に反比例して、その速さは感じない。後ろから、窓ガラスの砕ける音が聞こえた。
「待っていろよ……直ぐに着く!」
空には当然信号も他の車も存在せず、病院まで一直線。
俺達末裔は、この世界において自動車よりも遥かに素早く移動を行う事が出来る。そして末裔は、本来ならば何処でも世界の移動が可能。末裔だからこそ通れる、近道。
「だから———ッ!」
『─────頑張れ、灯路』
「———うん」
通信が、終わる。
プライベートな会話は終了。ここからは、上司と部下。
エリアを担当する末裔としての、職務を果たそう。
『それでは、箱船を起動して下さい』
響く俺の声。魔法によってエリア中に轟く俺の声は、住民達全員に伝わったようだ。それを合図として、感じる複数の大きな力。皆を守る、箱船の力。
暗い暗い仮初めの空に、光が溢れる。あの球状の光一つ一つこそ、箱船。
『何かトラブルがあった方はいらっしゃいますか?』
返事はない。点検に次ぐ点検を行っているため、今まで異常事態が起きたことはないが、仮に何かがあった場合魔法によって俺に状況が伝えられる。今年もまた、無事に箱船は機能したようだ。
俺は、父さんにその旨を伝える。あの暖かい声からは考えられないほどに簡素な返答が帰って来て、そのギャップに苦笑しながらも俺は時計を見た。
そろそろだ。
『ゴーン』
鐘の音。
重く妖しいその音は、俺の脳を溶かそうとでもするように、鼓膜を震わせる。
『更新の時刻までに、必ず倒すように』
「はい」
救世の武器を展開。木のような感覚を確かめる。
魔力を通し、魔法を形成。空中に展開。そして、魔力球として待機。制御用魔法の外殻は必要ない。例え町を完全に壊そうが、そのままの形を維持しようが、どうせ作り替える。だからまるで問題はない。
本気の本気。周囲の破壊は気にしない。
最初っから、全力。
ある意味でこの戦闘は、自分が一年でどれほど成長したのか判断する場でもあった。
『ああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああ』
『ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああ』
『おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』
悲鳴、奇声、怒声。
様々な声がエリアに響く。
その声の主は、魔王。
パッと見て判断するだけでも、十体はいるだろうか?
「やってやるさ……」
倒して見せる。出来るだけ、華々しくな。