二十五話
「まぁ、そんな感じで。俺の超カッコいい一言が決まった所で、父さん率いる正義の味方が駆けつけてくれた訳だ!」
「すごーい!」
「ふふふ。そうだろ、そうだろう!」
「でも、どうやって来てくれたのぉ?」
「『緊急ポイント』ってのがあってな? あの時みたいに緊急の事態が起きたとき、LINK以外でも世界の移動をしてもいい場所なんだ。当然色々と条件はあるんだけど、俺は全てを計算して、通り魔共を誘導してやったって訳だ!」
「すごーい! ハーン様すごーい!」
「はっはっはっは! そうだろ、そうだろう!」
鼻高々。
俺はエルフの少年である、フォトの賞賛の声を心地良く浴びていた。
ちょっと。うん、ちょっと脚色はしているものの、一応真実。結構辛い思いをしたんだから、自慢くらいはしてもいいじゃないか。
「じゃあ『百八魔王』も、ハーン様なら簡単に倒せちゃうんだね!?」
「え。―――お、おう。ちょっと。……うん、ちょっと苦戦しちゃうかもしれないけれど。ら、楽勝さ!」
「すごーい!」
「そ、そうだろ?」
苦戦するのに楽勝とは、どういうことか。言ってて俺も分からん。
フォトの純粋なキラキラとした目が痛い。心が痛い。怪我の残る脇よりも。
「フォトー! 末裔様にご迷惑掛けてないで、早く帰って『更新』の準備をするわよ~!」
「はーい!」
遠くから声を掛けきたのは、フォトの母。
エルフの母親らしく、フォトと出合った当初は非常に過保護であった彼女だが、現在はそれも和らいでいる。末裔という無条件で信頼されてしまうような肩書きがある俺が側にいたからだろう。フォトは俺によく懐いていた。
彼がこの町に遊びに来るときは、大概が俺と共にいるらしい。どうやら、母である彼女がその条件で一人でいることを許可したのだとか。
「それじゃあ末裔様。更新、頑張って下さい!」
「おう。安心して方舟で寛いでいてくれ」
フォトは身体全体を使って、大きく手を振って母と帰っていく。
ソッと彼の頭を撫でた彼女は、此方に一礼だけして去った。
年越しまで、後半日。
住民達は更新に際しての準備で最後の追い込みがある。ここまで来ると最早プライベートなことであるので、俺達末裔は手伝うことがない。この時間にやることといえば、最終確認。でもそれも先程終了した。
つまり俺は今、暇だ。
「よっこいしょっ、と」
本当にここで子供が遊べるのかと疑うほどに小さな公園。そこに申し訳程度に設置してあるベンチに、俺は座った。
実はこのベンチ。地震などの災害が起こった際、トイレに変身する優れもの。しかし凄いのだけれど、トイレに座って休んでいるって何か人に見られたくない気分。今はベンチだけど。
「はぁ~」
困った。本当にどうしよう。
「なんで現れんのかなぁ――」
年末と言えば、除夜の鐘。
百八の煩悩を祓うため、年末に突き鳴らす。日本の恒例行事。
その年末に更新が行われるのだが、実は除夜の鐘の影響で丁度その時期に、魔王が現れてしまう。
それも、とんでもなく厄介な部類の。
別に現れることが問題ではない。仮にも俺は、ここを担当している末裔。
ちょいと疲れるけれど、毎年倒すことが出来ていた。けれど、あくまでそれは万全の状態だったらの話。
「脇イテー」
取りあえず、縫った。そして塞がった。
でも痛い。
痛みが残っている。鎮痛はしたものの、効果は薄かったようだ。
激しい運動なんかしたら、再び血がプシャー。一体俺は、どうすればいいのか。魔王との戦闘なんて、激しいなんてもんじゃない。
俺達の世界で負った傷は、決して魔法では治せないのだ。自然治癒に任せるしかない。ならば自然治癒を加速させる魔法でも掛ければいい話なのだが、何故だかそれも効果がなく、鎮痛すら出来ない。
その状態での戦闘。難易度が高くないか?
医者からも安静にしているように言われたし。と言うか、本来なら現在も入院生活を送っているはずなのである。その医師も末裔としての先輩で、俺に役目があるために融通を利かせてもらった。
他の末裔に助けてもらう訳にはいかない。これは俺の役目だ。
やるしかない。覚悟も決めているし、心は真っ直ぐに前を見ている。
でも痛い。
だから多少は弱音を吐いたって良いと思う。いいじゃないか、今だけは。
「こ〜ん。にちわ〜」
「何だよその挨拶は」
目の前に現れたのは、リッチ。魔法で無駄に演出を施している。背後に移るデフォルメされた狐のキャラクターがやたらと可愛くて腹立たしい。
「え〜本日は〜、このエリアのギルド組員を代表して〜、ご挨拶に参りました〜」
「で?」
「準備は完璧なんで、後はよろしく〜」
そして相変わらずの笑顔が憎たらしい。
「魔王とのガチバトルも、期待して見てますんで〜」
「簡単に言ってくれるなぁ……」
年末に格闘技の試合を見るように、方舟から住民達は俺の魔王との戦いを観戦する。何か毎年好評らしい。魔法使いの末裔である俺の戦闘は、他の末裔にくらべて無駄に派手だから分からないこともないのだけれど。
「大丈夫だ。灯路なら」
なんだよその、無駄に信用しきった目は。
ちょっと元気が出ちゃったじゃないか。