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ファンタジーは意外と近くにある  作者: くさぶえ
五章 「末裔の年末は忙しい」
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二十四話

「はぁ、はぁ、はぁ――――くそッ!」


 脇が痛い。凄く痛いぞ、この野郎。


 全力疾走だから、傷口がドンドン開いてくる。


 更にそこから流れる血。最悪なことに、空から冷たい雪が降り始めた。その二つの要因が合わさって、体温が急激に下がってくる。身体を動かしているものの、流れる汗が冷えてそれも殆ど無意味だ。


「はい。ざんね~ん! こっちは行き止まりで~す」

「―――ッ!」


 先回りをしてきた通り魔達の一人が道を邪魔する。

 俺は直ぐに脚の向きを切り替えて、別の道を走る。通り魔が伸ばした手は回避。


 どうやら通り魔達は俺を追いかけることに楽しみを覚えたようだ。

 つまりは鬼ごっこ。なに童心に帰ってんだよクソ!


 腹は立つが、残念ながら悪い事ではない。そのお陰で、捕まらずに済んでいる。そして、誘導も完璧。


「チッ! また逃がしちまったぜ」

「意外とすばしっこいな!」


 ゲラゲラと下品に笑う通り魔共。


 笑い声は結構大きいのだが、恐らく誰かが気にかけることは無いだろう。そういう場所を、俺は今走っている。辺りには入居者の殆どいないマンション。当初は入居者が多く増え、この町の人口を増やそうとする取り組みが行われたらしいのだが、計画は失敗。しかし一応入居者はいるために赤字にもならず、現在もスカスカなマンションがここら一帯には多く存在する。


 半世界では多くの住民で賑わうこの地帯も、この世界では人があまりいないものだから、大した金も掛かっておらず。街灯も切れかけている物が多い。


 暗い場所には、何故か素行の悪い者達が集まる傾向がある。コイツらのように、夜に馬鹿笑いする者は珍しくないのだ。


 にしても、コイツらは分かっているのだろうか。俺の脇腹からは今もまだ血が出ていて、通路に積もり始めた雪を真っ赤に染めているのだ。いくらその上から雪が積もることになるとしても、その痕跡はハッキリと残るだろう。それを知っていながら、俺との鬼ごっこを楽しんでいるのだ。バカとしか思えない。本当に何故捕まらなかったのか。


 いや、理由は分かっている。


 コイツらの言っていた、リーダー。

 その彼が、優秀だったのだ。警察すら騙せたその手腕。何故通り魔なんかにその力を使ってしまったのか。残念でならない。


 そんな男ならば、考えることを放棄して快楽を優先するようなコイツらは簡単に操れたのだろう。彼の想定外だった所は、コイツらが彼の予想以上にバカだったということ。


 ざまぁみろ。


 お前が檻の中でほくそ笑んでいる間に、司法の刃はお前に近づいている。


 俺がお前の、疫病神だ。


「そろそろ疲れてきた」

「終わらせるか―――」


 ─────終わるのは、お前達だよ。


 雪が降り積もっていく。世界が真っ白に染まっていく。


 美しいはずのその景色が、なんとも憎々しく思えた。











 道を進んでいると、更に人の住む気配が無くなっていく。


 雪の量もまた多くなっており、周りの街灯も少なくて非常に薄暗い。冬は月明かりが夜をよく照らしているが、生憎今夜は雪。月は雲に覆われてしまっている。視界はとても悪かった。


「いたぞ! この中だ!」


 周囲の風景に空き地が増え、また人の住む場所が無くなった場所。


 そんな場所にポツンと存在する、広く古い倉庫。使用されずに随分と時が経っていて、鍵も掛かっておらず内部には盗まれる物も何もない。ここに人が訪れたのはいつのことか。淀んだ空気が俺の肺を犯していくのを感じた。


「ざんね~ん。見つかっちゃいました~」

「いい場所に逃げ込んだな。ここならお前の悲鳴も誰にも聞かれないだろうよ」


 頭がクラクラとし始める。血が流れ過ぎたのだ。

 倉庫の窓に映る自分は、明らかに異常なほど青白い。体温が下がっていることもあり、唇も真っ青だ。


「———お前らの、逮捕劇も、誰にも気付かれないだろうよ」

「あん?」


 俺が取り出したのは、携帯電話。

 画面に映っているのは、送信完了の文字。


 宛先は、父さん。刑事である、父さんだ。


「何だぁ? いつのまにメールなんて打ったんだぁ?」


 仮にも高校生である俺。画面を見ずに携帯を操作することなど、動作も無い。


 傷口を抑えながら走る途中。抑える手がそのままであるように見せ掛けて、ポケットの中の携帯を操作する。それだけで、俺をただただ追う事にご執心だったコイツらは騙せる。馬鹿だしな。


「不味くないか?」

「はっはっはっは! こんな雪道で、助けなんか直ぐに来れるかよ!」


 一人が不安そうな声を出すものの、多少は頭の回る男がそれを笑い飛ばす。

 確かに既に雪は積もり、車を走り回すのは危険極まりない。それに、ここはもう町から外れているため、距離もある。


「———知らない、のかよ? 正義の、味方は、絶対に、来てくれるんだぜ?」


 ついに体に力が入らなくなってしまった。

 ガクンと倒れかけて、何とか膝で耐える。


「ひゃははは! 何言ってんだよコイツ! マジでウケんだけど!」


 冷えている空気に、通り魔達の笑い声が良く響く。非常に不愉快だが、俺の顔は笑っている。


 ああ、おかしい。


 空元気じゃない。本心からの笑いだ。

 体に力が入れば、俺は大笑いをしていたことだろう。


「現実、じゃあ。最後に勝つのは、悪だと、言うヤツがいる」


 足音。複数の足音。


 通り魔達もソレに気が付く。ソレが自分達の仲間によるものではないことを。


「———安心しろ。それは、嘘だ」



『確保ぉぉぉぉぉおおおおお!』



「正義は、絶対に勝ってくれる」

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