二十二話
『ジングルベルッ!? ジングルベルッ!? 鈴が、鳴るッ!』
合唱。
凄く気持ち悪い。
『今日は、楽しいッ—————!?』
力が集まってソレが現れる。
『リア充狩りじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああ!』
真っ暗で、どす黒い、泥を固めて作ったようなキモいサンタが。
行事型の魔王、クリスマス。通称、平日。
クリスマスという一大行事に、一人でいる者達の歎きと悲しみと憎しみの結晶。
彼らは口を揃えて言う。
『クリスマス? 何それおいしいの?』
彼らの想いのエネルギーは強い。魔王が人間の言葉を喋り出すほどに。
もうなんか、悲しくて見てられない。
周りが幸せで包まれる分、その感情がより増幅されてしまうのだ。それに、人目を気にせずにイチャイチャするカップルという明確な憎しみの対象もある。そういう対象がある感情は生まれ易い。最近ではイルミネーションをクリスマスの一ヶ月前から設置する始末。もう憎しみが長い時間を掛けて蓄積されるのなんのって。
『失せろぉぉぉぉぉぉおおおおお!』
住民達を滅ぼすべき敵だと判断したのか、泥のようなサンタは持っている袋から、同じく泥団子のような汚らしいものを住民に向けて投げつける。
泥団子は空中で形を変えて魔物となると、鋭い牙で住民達を襲おうとする。
「おりゃっ!」
住民達は各々で、それらを呆気なく撃退していく。
魔物が弱いのもあるが、住民達が強いのもある。ギルド組員ほどではないが、魔法が使える彼らは基本的に戦闘可能なのである。
「みぎゃぁぁぁぁああああ!」
魔物は絶叫を上げて、体の中央から光を吹き出す。
弾けるようにその姿が消滅。すると、その場に光の球体が残る。住民がソレに手を触れると、それは子供の喜びそうな玩具へと姿を変えた。
「よし! 息子へのプレゼントゲット!」
手にした住民は、喜びの声を発する。これこそ、この『イベント』の内容。
『爆発しろっ! おらぁ、爆発しろやゴラぁ! ド畜生!』
もう何か涙を流して泥団子を投げつけている、泥サンタさん。
アレはクリスマスに関する負の感情が集まった結果、生まれた魔王。しかし当然、クリスマスに明るい正の感情を向ける者がいない訳が無い。寧ろ、そっちの方が多いくらいだ。
魔王が現れるためのゲージと、イベントが発生するためのゲージ。
それぞれが独立して、俺達の世界から感情の力を溜めている。
なら、もしも。それが同時に溜ったら、どうなるのか。
通常ならば、別々に発生する。ただし今回は殆どない例外。
同じものに向けて、それぞれ多くの人々が、同時に別々の感情を抱く。あまりあることではない。
そういう場合は、一緒になる。
「そりゃー! 娘のプレゼントは頂いたぁ!」
この辺に現れる『クリスマス』は、魔王の中にイベントが隠れる形。
魔王の分身でもある魔物はイベントの一部であり、負の感情の殻である魔物を倒せば、中からイベントが現れる。そのイベントの内容は、子供の喜ぶ玩具へと姿を変えること。
子供を持つ親御さんは、子供へこの現れた玩具をクリスマスプレゼントとして渡す。
現れる玩具は俺達の世界で子供達がサンタさんへ願った、心から欲しい玩具。だから大体喜ばれる。それも、倒す瞬間にその子供の姿と子供が欲しいと願った物を願うと、同じなることは少なくてもそれに似た玩具が現れてくれることもある。
だからこのイベントで、親御さんは本気で頑張る。子供の笑顔を見るために。
バラバラに散ったのは、お互いの戦闘の邪魔にならないようにである。
『うわぁぁぁぁぁぁあああああ! 童貞の何が悪いんだぁぁぁぁぁぁあああああ!』
おいコラ魔王。子供も聞いてんだぞ。
無邪気な子供が親に聞いて、気まずい雰囲気になったらどうしてくれる。
「お仕置きよ〜ん。なんつって」
魔力を集中。攻撃魔法を、制御魔法によって作り出した球の中に閉じ込める。
相変わらず、暴れる攻撃魔法。しかし暴走することはない。何故なら、ソレを覆う制御魔法が押さえきれない分の魔力を、無害なものに変えて常時外へ放出しているからだ。
正直バカみたいな魔法。
ゲームで言えば、最上の呪文を使用するための魔力で、最弱の魔法を使用するようなもの。それも、弱ければ弱いほど、魔力を放出するための長い時間が掛かる。
一応放出された魔力を俺の体に還元する作業を同時並行で行っているが、全部を回収は無理。
結局は呆れる魔法なのだが、俺には偉大な功績である。
「射出!」
俺の作り出した魔法は魔王へ飛んで、その顔にぶつかる。
爆音。
『ふぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!』
泥サンタは顔を押さえて悶える。
「ちょっと末裔様! 俺まだプレゼント取ってないんですけど!」
「あ、悪い」
近くにいる住民から苦情の声が上がる。
倒しちゃったら、同時にイベントも終わっちゃうんだよね。
俺の攻撃によって標的を俺に変更した魔王は、俺に向けて泥団子を放つ。
直ぐに杖に乗って飛行魔法を展開。躱して空を舞う。
『プレゼント手に入れていない人、フクロウあ〜げて!』
アナウンスでエリアの親御さん達に声を掛ける。声を聞いたのか、プレゼントを貰っていないであろう住民達の上空に、先程の青い光のフクロウが現れた。
俺は魔王に挑発魔法を発動。これによって、いつものように魔王は確実に俺を狙うようになる。
『ふざけんなぁぁぁぁああああ』
憤怒の表情を見せる魔王は、先程よりも遥かに早い速度で泥団子を投げ、俺を倒そうとする。俺はそれを、フクロウのある位置に向かうように避けていく。するとその場所のフクロウは、暫くすると姿を消した。
俺はそうやって攻撃を躱しながら、プレゼントを手に入れていない人々の元へ泥団子を誘導する。住民達はちょっと不満かもしれないが、確実に手に入るんだから子供のためにも我慢してほしい。うん、言い訳だな。
フクロウが次々と消えて行く。
そして最後の一匹が消える瞬間。俺は新たな攻撃魔法を完成させた。
「お前が毎年現れるせいで、俺は絶対に文月さんとクリスマスを楽しめないことが確定してんだよ—————ッ!」
魔法、射出。先程よりも、威力は増し増し。
………別に魔王が現れなくてもイベントは起きるだろうから、俺はどうせ楽しめないのだけれど。
ようは、八つ当たりである。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!』
制御魔法によって溢れ出る魔力が威嚇となって、魔王を怯えさせる。
爆音。
魔王が、弾けた。
「うおっ!」
魔物が玩具に変わるときの光とは、比べ物にならないほどの光量がエリアに溢れる。
思わず眩しさに瞳を閉じて、光がなくなった頃にゆっくりと開いた。
『おおおお!』
歓声。今回は、俺もそれに混ざる。
雪だ。
光の雪。真っ白で優しい、暖かい雪。
そんな雪が、空から降って来た。
「メリー、クリスマス」
『Merry Christmas!』
暖かい雪を見て、触って。楽しそうに騒ぐ住民達。
プレゼントを手に入れた親達は、子供達にそれを手渡す。
すると。子供達はこの雪よりも、もっと暖かい笑顔を見せてくれた。
———文月さんと一緒なら、もっと俺も楽しめたのに……。
そんなことを考えながらも。俺もまた住民達と同じように、終始笑顔のままであった。
「あら、貴方ってそんなに明るかったかしら?」
「—————成長したんだよ」
ギルド組員の演奏に乗って。
ゴブリン達が、ゴブゴブ、ゴブゴブと定番のクリスマスソングを歌い出す。
ヘタクソだけれど、非常に心地の良い歌であった。