二十話
始まりがあれば、終わりが来る。
今日はその終わり。終わりという言葉は非常に重い雰囲気があるが、今日の終わりは学生にとっては嬉しい終わり。
つまりは、二学期の終業式。冬休みの到来。寒気なんて吹き飛ばすほどの興奮が、学校中を包み込んでいた。
校長先生の長い話だって余裕で聞ける。体育館はちょいと寒いけれど、全く問題はない。ただ、女子はかわいそうだと思う。この時期にスカートって、絶対にキツイだろう。スカートの下にジャージを履いたり、ズボンに変わったりしたら、それはそれで非常に寂しいものがあるのだけれど。俺だって男である。
「では、これにて終業式を終わります」
寒さのお陰で血管が引き締まりまくったからか、式の最中にバタリと倒れてしまう生徒はおらず無事に終了。と、思いきや。今度は長期休暇に関しての注意事項。見事なフェイント。一学期終了の際に一度その手口は経験しているものの、早く終わってほしい俺はまんまと策に嵌ってしまう。
取り合えず、その理不尽な気持ちを視線に乗せて先生を見てみた。効果なし。ベテランの力は偉大だ。
淡々と話を聞いて行く。休みだからって休んでないで勉強しろ的なことを喋っている。大丈夫。分かっていますよ先生。貴方の日々の努力は確実に生徒に届いています。教訓として頭の中に留まっています。
ただ、分かっているだけだけどな!
所詮は勉強なんて、高校一年生にとってはどうでもいい存在なのである。一応宿題はやるけど。
長い話を聞き流すと、ようやく終了。教室への道を歩き始める。
「あ、雪」
生徒の一人がそれに気付くと、学友達のテンションが上がり出す。
雪というのは非常に面倒くさい。積もったら雪かきをしなければいけないし、道路が凍ってしまったら事故の確率が上がるから大変だ。この辺では別に深刻なほど降る事はないものの、超寒くなる。それに町に降る雪なんて空気中のゴミが混ざっているから汚いし。
でもあんまり降らないから、ちょいと神秘的な物に思えてしまうのは仕方が無い。
真っ白で綺麗だし、顕微鏡などで拡大して見る雪の結晶は息を呑むほど美しい。この辺の学生にとっては貴重なイベントである。
「これならもしかしたら、ホワイトクリスマスになるかもねー!」
「天気予報ではなるって言ってたよ〜」
「えー! うそー!」
嘘じゃない。ちゃんと朝のニューズ番組でやっていました。
他の天気予報も色々と確認したけれど、全部雪確定。恐らくはこの辺では久しぶりのホワイトクリスマスとなるのだろう。
女生徒達は色めく。その中でも特に興奮しているのは、ボーイフレンドがいる者だろうか。彼氏とのクリスマスデートが輝かしいものになると信じて疑わずに、それを妄想している。別にデートをするのはいいが、盛り上がり過ぎて問題を起こすんじゃねぇぞ。
嫉妬じゃない。いや、本当に。
「———はぁ」
白い溜め息を漏らしたのは、俺。
同級生が冬休みの予定を立ててキャッキャウフフしている中、俺は早々に帰路に付いていた。用事があるのだ、当然、末裔に関する用事。つまりは、直ぐにやってくる『イベント』に関する用事である。
更新に関係する手続きなどは、末裔が殆どやるのは当然。それと同時に、やってくるイベントの準備も本来ならば末裔の仕事。しかし、時期が被ってしまうために時間が足りない。だからこの時期にやってくるイベントの準備は、その殆どを俺の担当するエリアのギルド組員達に任せていた。
毎年やってくるからギルド組員達も慣れたもので、エリア内のイルミネーションも大分前から設置していたし、準備は完璧かに思えた。俺もちょっと油断していて、完全に任せっきりになってしまったのは悪かった。でもこんなに近くなってから準備が終わっていないと聞かされるとは思わないじゃん?
ハロウィンに行われたように、ギルド組員はそれぞれ得意な楽器を用いて演奏を行う。彼らは毎日パトロールという名の遊びを行っているだけのように思えて、実は日々イベントの為にその練習をしている。普段の彼らの様子とは違って、練習風景はかなり真剣だ。ふざけた者には容赦なく罵声が浴びせられる。
どうやら今回は、その真剣さが裏目に出てしまったようだ。
練習をし過ぎて、仕事の時間を削ってしまったとのこと。任せてしまったのは俺だし、彼らに悪い所がないから逆にやるせない。
「———はぁ」
再び白い溜め息。
もうそれぐらは許してほしい。
俺の手元にあるのは、綺麗に包装されたプレゼント。渡そうと思っていた人は、当然あの娘。
ハロウィンに貰ったお菓子。そして絆創膏。
実は、俺はあの時以来彼女とまともに会っておらずそれらのお礼も満足に言えていない。更新の際の手続きが忙しかったのもあるが、俺がバカみたいに照れて言い淀んだのが本当の所。そのままズルズルと時間が経って、今更お礼とか言って良いのか的な感覚に陥ったのが運の尽き。何もすることは出来なかった。
そして近づくクリスマス。これだ! と思った。
そうクリスマスプレゼントとお礼の二つを合わせるのだ。
ここまで来るといっそ清々しいほどに自分が憎くなるのだが、まさか今日という日にその憎しみが強くなるとは思わなかった。
ああそうだよ。結局ビビって渡せなかったよ。
やっぱりクリスマスに出来るだけ近い日の方がいいよね。という言い訳に始まり、今日の忙しい理由があるから早く行かなくちゃならない。という言い訳。だから渡せなくっても仕方が無いという逃げ。本当に自分が憎い。そして自覚をしていながら、行動に移せない自分を更に嫌いになっていく。
「———はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああん!」
近くの電気店からアニメの宣伝映像の音が聞こえる。
『勇気を持つんだ! 魔王に立ち向かう勇気を!』
いやいや。そういう勇気は間に合っていますので、頼むから恋愛に立ち向かう勇気を下さい。