四話
「ヒャヒャヒャヒャャャャャャァァァァァァァ!」
コウモリの頭に厭らしい人の顔をくっ付けたかのような、気持ちが悪い魔物から放たれる、嘲笑のような怪音波。それが俺の頭をかき乱したて、魔法を練る集中力が保たない。そして俺の胃も保たない。
「クソウゼェ!」
俺の攻撃手段である爆発魔法をぶちかますものの、魔物はやたらすばしっこい動きでそれを避ける。
「ヒャヒャヒャ!」
そのたびに俺を罵倒するかのように周囲の魔物全てが笑い出すのだがら、たまったものではない。温厚な俺には堪え難い状況だ。誰かこいつらを一瞬で残酷に殺せる方法を教えてくれ。いくらでも金は払う。
「ヒャャャャャャァァァァァァァ!」
再び、怪音波。思わず飛行魔法を切ってしまった。
落下。魔法を再発動。空中で体制を立て直す。
「だぁぁぁぁああああ! うざいうざいうざいうざい!」
威力の制御ができなく、遠距離攻撃魔法という選択肢が無い俺とこいつらの相性はかなり悪い。
会社型、上司の嫌味。通称パワハラ。
権力を利用した上司によるネチネチとした陰険な嫌がらせによって、日夜サラリーマン達が感じているストレスによって生まれた魔王とその分身。
こいつは結構特殊な魔王で、魔王自体はとても弱い。新人の末裔でも余裕で倒せる弱さである。
問題は、分身である魔物だ。
俺の飛行魔法よりも早い移動速度に、遠距離からの怪音波による攻撃という名の嫌がらせ。攻撃力は一切なくとも、その怪音波は確実に俺の精神を狂わせて胃を傷つける。うん、そういう意味では攻撃力はあるな。胃限定の攻撃だが。
「ヒャヒャ!」
一匹、調子に乗った魔物が俺に直接攻撃を喰らわそうと、近づいてくる。
そういうヤツは、容赦なく、一瞬で爆殺。
全ての魔物が今のヤツのようならいいのだが、殆どの個体はかなり臆病で、少しでも近づくと急いで逃げていく。絶対に安全な距離を崩そうとしないのだ。そしてその距離から攻撃をネチネチとしてくるものだから、腹が立って仕方がない。
『末裔様〜。少し落ち着いたらどうですか〜?』
遠話魔法で、姿を見せないリッチが語りかけてくる。
『落ち着いていられるか! あ〜、ムカつく! というか、お前どこにいるんだよ!』
『いや、僕ビーストですよ? 聴力も高いので、音波攻撃とか無理なんですよ〜』
『逃げてんのかよ! ふざけんな!』
『違いますよ〜。東の方向を遠視の魔法で見てください』
『あぁ?』
眼球に魔力を流して、視力を強化。瞬間、視界が広がり多くの情報が脳に流れ込む。リッチに言われた通りに、東へ目を動かした。遠くを見ようと意識すると、情報が選択されて友人の姿が鮮明に映し出される。
豪華な店のテラス席で、優雅にステーキを食しているその姿が。
『夕飯を食べています』
「なんでだぁぁぁ!」
「ヒャヒッ!?」
思わず一匹、魔物を退治しちゃったじゃないか! あ、別に良いのか。
『ふざけてるだろ? お前、ふざけてるだろ? 何でこんな状況でステーキ食べてるの? 分かってるのかな? これ、一応世界を守る活動の一環なんだけど!』
『いや、お腹が空いたので』
『俺もだよ! 胃がボロボロで食べられないけどな!』
『安心してください。これで全力で動けますよ〜』
なんとも頼りがいのある友人である。涙が出てくる。
『それじゃあ、始めますよ』
リッチの気の向けた声を初めに、周囲の景色が歪み出す。
魔物達も気づいたようで、焦ったように羽を動かし始めた。特にガリガリに痩せているコウモリに、これまた痩せた人間の顔をくっ付けたかな肉体を持っている、貧弱な魔王の動きはそれが顕著だ。
『何をしたんだ?』
『いいから、末裔様は見ていてくださいな』
と言われても、魔物と魔王は相変わらず必死に逃げようと羽ばたいている。このまま逃げられてしまうと、とても困ることになるのだが。
───いや、逃げてなどいない。
正確には、逃げられていない。
魔王達はクルグルと一つの円を描くように移動しているだけだ。
『───お前の得意な幻覚か』
『ご名答』
奴らの姿はなんとも滑稽だ。逃げようとしても、逃げられず。我先にと飛ぶものだから、逆に仲間の翼を傷つける結果に終わる。なんとも愚かな魔王達。
俺は、ニヤリと笑った。
『じゃあ、後はお願いしますよ末裔様』
『了解』
杖に残りの魔力を集中。変換。
「お返しだ陰険野郎共!」
飛行魔法で飛翔。魔王どもが作る汚い円の中心で、爆発魔法を発動。
爆音。
「ヒギギギギギギギ!」
その中。魔王の断末魔を俺の耳が捉えた。体中に蓄積されていた黒い気持ちが抜けていくのを感じる。心は悟りを開いたかのように、爽やかだ。様を見ろ。
しかし、やりすぎた。
爆発の衝撃で周囲のビルの窓が割れてしまっている。それぐらいなら前と同じように魔法で治るのだが、ビルを守っていた結界が破ってしまったらしい。恐らく結界装置に影響が出ている。これは謝罪が必要だろう。
『はぁ、疲れた。協力ありがとう、リッチ』
『それほどでもないよ。───それより、大丈夫?』
『ん?』
杖を握ってた腕が爆発の影響を受けたのか、感覚がない。
あれ? というか右腕、無くね?
正確には、肘から先が無い。
どうやら爆発で魔王ごと吹き飛んだらしい。
傷口が熱で焼けているのが、不幸中の幸いか。そのおかげで出血は無い。
『……医者を呼んでくれ』
『もう、向かっているみたいだよ』
『じゃあもう、気絶しても大丈夫だな』
肉が焼ける臭い。それも自分の身体が焼ける臭い。
気持ち悪い。ボロボロになった胃から込み上げるものがある。
意識が、持たない。
「────────ッ!」